シャッターアイランド:「この島は、何かがおかしい。」――狂っているのは、誰だ?

『シャッターアイランド』は、同名のミステリー小説を原作とするアメリカ映画。マーティン・スコセッシ監督と主演のレオナルド・ディカプリオは本作が4度目のタッグとなる。映画のいたるところに散りばめられた伏線や、意味ありげに交わされる視線などが話題を呼び、アメリカのオープニング興行成績では約37億円という大ヒットを記録した。この記事ではそんな『シャッターアイランド』の魅力に迫る。

まずはじめに

2010年に公開されたアメリカ映画『シャッターアイランド』。2004年の『アビエイター』でゴールデングローブ賞を受賞したレオナルド・ディカプリオとマーティン・スコセッシ監督が四度目のタッグを組むということで、公開前から大きな話題を呼んでいました。
同名のミステリー小説を原作とする『シャッターアイランド』には、いくつもの伏線が散りばめられています。たとえ謎解きの名手といえども、きっとこの映画を一度で完全に理解することは難しいでしょう。その伏線の多さゆえに、日本の映画館では「二度見キャンペーン」が開催されていたほどです。

興行面でも大成功を収め、主演のレオナルド・ディカプリオを2010年の興行成績No.1俳優へと押し上げたヒット作『シャッターアイランド』。
今回の記事では、終始陰鬱な雰囲気で描かれたこの映画の魅力に迫ります。

記事の後半にはネタバレを多分に含みますが、核心部分に触れる前にはワンクッションを挟みますのでご安心を。
これから『シャッターアイランド』を観ようとお考えの人も、ぜひこの記事を導入の手引きにしてください

暗い色彩の孤島、シャッターアイランド

・映画のあらすじ

時は1954年、ボストンハーバーに浮かぶ孤島に建てられたアッシュクリフ精神病院。この病院から、ひとりの女性入院患者が忽然と姿を消した。
断崖絶壁の孤島で起きた失踪事件を解決すべく、連邦保安官のテディ・ダニエルズと部下のチャック・オールが島を訪れる。嵐の中、失踪したレイチェル・ソランドーの部屋を捜索していたテディは、「The law of 4; who is 67?(4の法則、67は誰?)」と書かれたメモを発見する。
関係者の取り調べを進めるテディだったが、関係者らの不可解な言動、密やかに交わされる視線、姿を見せない担当医師――「この島は、何かがおかしい。」――テディは、島に何かが隠されていると疑い始めるが……。

物語は、霧の中を進む船のシーンから始まります。
まるで白い壁かのような濃霧を突っ切って現れる、大きな鉄の塊。その船内には手錠がぶら下げられ、物々しい雰囲気が漂っています。暗く沈んだ色彩の画面と、不安感を煽るコントラバスの音色に、あなたはきっと心を鷲掴みにされることでしょう。これから始まる不穏な物語への期待感に、胸がうずくのを感じるはずです。

船の上で、新しい相棒である部下・チャックと出会うテディ。
船は静かに海の上を滑っていき、やがて島の唯一の出入り口である桟橋へと近付いていきます。
すべてを断崖絶壁に囲まれた完全な孤島、シャッターアイランドへと。

映画を彩る音楽たち

『シャッターアイランド』には、クラシック音楽を中心としたさまざまな音楽が使われています。その選曲の素晴らしさも『シャッターアイランド』を素晴らしい映画たらしめている理由のひとつといえるでしょう。
この段落では、なかでも印象的な二曲をご紹介します。

〈グスタフ・マーラー:ピアノ四重奏 断章 イ短調〉

オーストリア人作家グスタフ・マーラーによる室内楽曲。この曲が1876年に作曲されたとき、マーラーはウィーン音楽院に通う16歳の若き学生でした。
物悲しくも美しい旋律は、ブラームスやシューマンといった、いわゆる“ロマン派音楽の王道”を彷彿とさせます。

映画のなかでこの曲が登場するのは、テディとチャックがアッシュクリフ精神病院の院長の自宅に招かれたときのこと。南北戦争時代に建てられた荘厳な邸宅内でかかっていたのが、この曲のレコードでした。
(実は、マーラーの『ピアノ四重奏 断章 イ短調』が世に知られるのは1960年代に入ってからなので、映画の舞台である1954年にこの曲のレコードは存在しないはずなのですが、それはさておき)
レコードを聴き、「ブラームスか?」と呟くチャックに、テディは「マーラーだ」と答えます。そう、テディはこの曲を以前にも聴いたことがあったのです――かつてダッハウ強制収容所に踏み込んだときに。

ダッハウ強制収容所は、ドイツ・バイエルン州に実在したナチス・ドイツの強制収容所です。1945年、アメリカ軍によって開放されるまでの間に、ユダヤ人を中心に20万人以上の囚人が送り込まれ、3万人以上が所内で死亡したといわれています。

ダッハウ強制収容所開放の現場に居合わせたテディは、アメリカ軍に抵抗すべく拳銃自殺をはかったものの、失敗して死にきれなかったナチス司令官を見つけます。
銃弾によって顔面を破壊され、血まみれになった司令官。周囲にはアメリカ軍兵士が撒き散らした数々の書類が宙を舞っています。
そのおぞましい光景のなかでかかっていたのが、『ピアノ四重奏 断章 イ短調』なのです。

自決を完遂させようと、震える手で拳銃へと手を伸ばす司令官。それを見下ろしていたテディは、足で拳銃をゆっくりと踏みつけ、司令官の手に届かないよう蹴り飛ばしてしまいます。その回想シーンに台詞はいっさい登場しませんが、司令官に向けられたテディの冷ややかな眼差しは、ありありとこう語っています――「最期まで苦しみ抜いて死ね」と。
『ピアノ四重奏 断章 イ短調』の叙情的なメロディーと、旋律の盛り上がりが、このシーンをより壮絶に彩っています。

〈マックス・リヒター:On the Nature of Daylight〉

イギリス人作曲家マックス・リヒターによる楽曲。
5つの弦楽器とミニムーグのみというシンプルな編成で演奏されるこの曲は、『シャッターアイランド』だけでなく、『メッセージ』や『主人公は僕だった』、『天使が消えた街』など、さまざまな映画で使用されています。

リヒターは、この曲についてこう語っています。
「暴力、そして暴力が及ぼす影響への熟考。のしかかるイラク戦争の暗い影、そして私自身の経験の両方にインスパイアされて作りました」
静謐さをたたえた旋律のなかに、狂おしく、身悶えするほどの激情を内包しているこの曲の成り立ちとして、この言葉以上にしっくりとくるものはないでしょう。

そんな『On the Nature of Daylight』が登場するのは、夢のなかでテディが亡妻・ドロレスを抱きしめるシーン。
現実の世界が陰鬱な彩度で描かれているのに対し、鮮やかな原色カラーで描かれた夢の世界。部屋中に舞う大小の灰の欠片。醜く背中を焼けただれさせたドロレスを抱きしめるテディ。二度と彼女を離したくないと願うテディですが、やがてドロレスは大きな灰の塊と化し、テディの腕のなかで崩れ去ってしまいます。

どちらのシーンも胸に迫ること間違いなしのシーンですが、背後に流れる楽曲が、より映像を印象的に仕立て上げています。『シャッターアイランド』がこうも心に深く爪痕を残すのは、こうした選曲の妙もあってのことでしょう。
ぜひ、楽曲にも目を向けながら『シャッターアイランド』をお楽しみください。

さて、次の段落からは映画の伏線と、そのネタバレを多分に含みます。
映画を未視聴で、テディとともにシャッターアイランドの秘密に迫りたいとお考えの方は、この先の閲覧をお控えください。

二度見必須!伏線・視線の理由を徹底解説

意味ありげな視線や奇妙な緊張など、一度見ただけでは真意の読み取りが難しい伏線が多数散りばめられている『シャッターアイランド』。
物語には、終盤に大きなどんでん返しが隠されています。そのどんでん返しを知ったうえで見ると、あちこちで引っかかっていた小さな謎が解けていくことでしょう。
この段落では、そのうちのいくつかについて取り上げていきます。

・島内の厳戒な警備態勢と、職員らの異様な緊張

シャッターアイランドに到着したテディとチャックは、物々しく武装した警備員らに出迎えられます。また、取調べ中に口を濁した職員のもとへとテディが歩み寄ると、その場にいた職員ら全員に異様なまでの緊張が走ります。
これらはすべて、テディの正体が、恐ろしく暴力的な一面を持つ精神病院患者アンドリュー・レディスであるため。つい先日、同じ患者であるジョージ・ノイスを半殺しにするまで殴り続けたテディを警戒しているのです。
特に、島に上陸した直後のテディは拳銃を携帯していますから、警備員らが厳戒態勢を敷いているのも無理はありません。

・シーアン医師の話題が出たときに見せる周囲の妙な反応

取調べ中などにシーアン医師について問いかけると、質問された人間が妙な目配せを送ったり、含みのある表情を見たりすることがあります。
これは、テディの隣にいるチャックこそが、テディ(=アンドリュー・レディス)の主治医シーアン医師であるためです。テディの妄想の世界に付き合いながら、何かあったときにすぐ対処できるよう、シーアン医師自身がテディの部下としてロールプレイングに参加していたのです。
何年も保安官として務めているはずのチャックが拳銃の取り扱いに慣れていなかったのは、こうした理由だったのですね。

・テディが初対面のはずのピーターの弱点を知っていた理由

取調べ中、ピーターという入院患者の暴言を受けて、テディは紙に鉛筆を強くこすりつけ始めます。この音はピーターの弱点であり、それを聞いたピーターはひどく怯えてしまいます。
初対面のはずのピーターの弱点を、なぜテディは把握していたのか。もちろん、テディも同じ入院患者だからです。
このシーンは、謎解きのヒントとしては分かりやすい方ではないでしょうか。私はこのシーンを見て、テディ自身も入院患者であるという確信を抱くことができました。

ちなみに、テディがピーターの弱点を攻めたのは、ピーターが「子殺しの女なんてガスで殺してしまえ!」と暴言を吐いたため。この台詞が、テディ(=レディス)の妻・ドロレスに向かって吐かれたことは明らかです。
テディは自らを「保安官テディ」と思い込んでいるため、その台詞はレイチェル・ソランドーに向けたものと捉えているはずですが、心のどこかではドロレスへの非難であることを理解していたのでしょう。その報復措置として、ピーターの嫌がる音をたてたのです。

・「The law of 4; who is 67?(4の法則、67は誰?)」の意味

「4の法則」というのは、以下に挙げる4人の名前がアナグラムになっていること。
レディス(ANDREW LAEDDIS)=テディ(EDWARD DANIELS(Edward “Teddy” Daniels))
ドロレス(DOLORES CHANAL)=レイチェル(RACHEL SOLANDO)
「67は誰?」というのは、アッシュクリフ精神病院には入院患者が66名いると説明されたが、実は67番目の患者=アンドリュー・レディスがいることを指しています。

実はタイトルの『シャッターアイランド(SHUTTER ISLAND)』自体も2通りのアナグラムになっていることをご存知でしょうか。
SHUTTER ISLAND=TRUTHS AND LIES(真実と嘘)=TRUTHS / DENIALS(真実を拒絶)
どちらのアナグラムも、事実を歪めた妄想ばかりを追いかけ、現実から目を背け続けているテディを表しているのでしょう。

・「モンスターのまま生きるか、善人として死ぬか」

これは、映画内でテディが放つ最後の台詞です。
これを聞くためだけに2時間超を捧げても無駄ではないといえるほど、強い余韻を残す台詞ではないでしょうか。

物語の終盤、院長から現実を突きつけられたテディは、ついに事実と向き合って自らの罪を認め、エドワード・テディという人格など存在しないと認めます。
しかし、その後テディは再びシーアン医師を「チャック」と呼び、島から脱出しようと持ちかけます。この言動により、ついに妄想の世界から抜け出すことができなかったのだと判断されたテディは、最終手段であるロボトミー手術を受けることになります。
しかし、連れ去られようとする直前、最後にテディはシーアン医師にこう言うのです。
「どっちがマシなんだろうな。モンスターのまま生きるか、善人として死ぬか」

モンスターのまま生きるというのは、今のまま――つまり、癒えないトラウマを胸に、暴力的な衝動を抑えることもできず、レディスとテディの人格が不確かに入れ替わる恐れを抱きながら生き続けるということ。
善人として死ぬというのは、ロボトミー手術を受けて廃人同様に成り下がるということと取れます。

この言葉は、もしテディが本当に「エドワード・テディ保安官」の人格のままだったとしたら、決して出てこないはずです。
つまりテディは、いえ、アンドリュー・レディスは、レディスとしての人格を取り戻していたにも関わらず、あえてテディ保安官として振る舞うことにより、「善人として死ぬ」道を選択したのです。

レディスの言葉を聞いたシーアン医師は、おそらくそのことに気付いたのでしょう。怪訝そうな顔で「テディ?」と呼びかけています。
しかし、結局シーアン医師はレディスを見送ることしかできませんでした。たとえ事実に気付けたのだとしても、レディスの悲壮な決意を止めることなどできなかったのでしょう。

さいごに

今回は映画『シャッターアイランド』についてまとめました。
いかがでしょうか。散りばめられていた伏線の意味を知り、もう一度『シャッターアイランド』を観たくなったのではないでしょうか。
すべてを知ったうえで改めて映画を見直してみると、最初とはまた違った捉え方ができるかもしれません。その時は、ぜひ映画内で流れる楽曲にも着目してみてくださいね。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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