若きウェルテルの悩み:ゲーテの名作が起こした悲劇の話

・若きウェルテルの悩み:
かの文豪ゲーテが書いた傑作の恋愛小説。世界中でさまざまな言語に翻訳されており、今でも多くの人に愛されている。発表当時に多くの賛否の意見が出たことでも知られる当時の文学会に大きな衝撃を与えた名作。

・はじめに

『若きウェルテルの悩み』はその誕生から約300年以上も愛され続ける名作です。
「永遠の恋愛小説」「一大旋風を巻き起こした傑作」など、その作品の素晴らしさを表現した言葉は多くあり、なんとなく名作なのだなと頭の片隅では知っている人も多いでしょう。
しかし、そんな中で実際に作品を読んだことがあるという人はどのくらいいるのでしょうか。筆者の経験上、その数はあまり多くありません。読もうと本を手にとってはみたものの、結局最後まで読めずにホコリをかぶっているなんてパターンも多いようです。
今回は初めてこの作品を読む人や、途中で読むのを諦めた人にも本作に興味を持ってもらえるように、ゲーテの傑作が起こした当時の恐ろしくも悲しい流行についてお話しします。

・恋をした少年の悲しいお話

まずはこの作品がどんな内容の話なのかを説明していきます。
物語は、主人公ウェルテルの友人であるウィルヘルムが、「ウェルテルから送られて来た手紙をまとめて公開することにした」という文言で始まります。そのため物語は全て手紙の形式で進んでいくので、日付がたくさん入っているのです。
ある時、すでに婚約者がいるシャルロッテ(以下愛称であるロッテ)という女性に心を奪われてしまった主人公のウェルテルは、どうしようもなく恋い焦がれるようになってしまいます。彼女がどれだけ美しく聡明な女性であるかをウェルテルは手紙にしたため、友人であるウィルヘルムに送り続けるのです。ロッテの方もウェルテルを無下にすることなく、むしろ親身な態度で接していました。しかし、婚約している彼女をウェルテルにはどうすることもできません。思い悩んだ末にウェルテルはロッテのいない土地へと引っ越すことに決め、そこで仕事に没頭します。
しかし職場で受けた侮辱が心に突き刺さったまま傷ついたウェルテルは仕事を辞めてしまい、結局ロッテのいる土地に戻ってくるのです。ところが戻って来たウェルテルに対し、すでに結婚していたロッテは冷たい態度を取ります。傷ついたウェルテルに対するロッテの態度は、彼を失意の底へ叩き落とすことになったのです。そうして絶望の淵に立たされたウェルテルはそのまま闇に身を委ねるように拳銃で自殺してしまうのでした。そうして死んでしまった彼の葬儀にはロッテもアルベルトも、そして牧師などの聖職者も参加しませんでした。

・当時にしては衝撃の展開

この『若きウェルテルの悩み』が発表された当時、瞬く間に賛否が分かれる衝撃の話題作になりました。
というのも、当時は文学作品というものは「享楽のためにある」と考えられていたからです。
小説しかり、旅行記しかり「人を楽しい気持ちにさせて教訓を与えるもの」という価値観が当たり前であったのに対し、本作において読者はどうしても「ウェルテルはなぜ自殺してしまったか?」という問いにぶつからざるを得ません。
ということは、作品を享受するだけではなく自らの頭で考え、物語を何度も心で反芻させる必要があります。「面白かった」というたった一言の感想のみで次の日には忘れてしまうような作品とは一線を画したのが、この『若きウェルテルの悩み』でした。

当時の文学会や社会にとって本作がどれほどセンセーショナルなものであったかは言うまでもないでしょう。愛とは何か、恋とは何か、そしてひいては人間とは何かと言う哲学的な問いを投げかける本作は、「自殺を肯定する小説である」といったような批判も受けました。
青春時代の恋といえば苦々しいものもあるにせよ、多くは美しいものとして描かれます。しかし本作でゲーテが描きたかったのは、もっと生々しく体温を感じるドロリとした感情や苦悩だったのです。愛や恋といった一見美しいものの陰に潜む死に至るほどの苦悩。愛と死が結びつくことなどあり得なかった時代に、ゲーテは表面的には美しいものの裏側に見え隠れする闇の存在を世に知らしめることに成功したのです。
そしてこの言葉にするのが難しい感情の動きなどを的確な言葉で表現した本作は、見事に多くの人の心をつかんだのでした。

・大ヒット作が生んだ恐ろしい流行

先ほど述べた「自殺を肯定する小説である」という批判、実はあながち間違っていたわけではありませんでした。
この強烈なインパクトのある小説は、当時の若者に強く支持されました。なぜならゲーテ自身が実際に青年期に体験した恋煩いがモデルになって書かれた小説だったからです。青春時代に苦い恋を経験するのは多くの人が通る道。つまり、まさにその渦中にいる若者たちにとっては「自分が主人公なのでは?」と錯覚してしまうほどに気持ちや状況に共感できるような作品だったのです。
そしてこの共感と支持のもと何が起こったかというと、多くの若者が本の結末と同じく自殺する事件が多発するようになりました。それも作中でウェルテルが身につけている、青い燕尾服と黄色いベストを着用して自殺するというのが流行になってしまったのです。
コスプレをしてアニメや映画の一場面を再現して楽しむということは現代でも良くあることですが、当時はこの再現される場面がこともあろうにラストの自殺シーン。こうして俯瞰で見ると「なんて馬鹿らしい」と思うかもしれませんが、当時の若者は本当に自殺してしまっていたのです。

・「厭世観」と「死」

国や時代に関係なく、「死」そのものが流行になることは割とよくあることなのですが、そこには必ず世の中や自分のおかれた状況を憂う「厭世観」という価値観が背景に存在します。
その多くは戦争や飢饉、ペストなどの病気といった危機が訪れた際に定期的にぶり返してくるのですが、『若きウェルテルの悩み』にも厭世観が強く表現されています。
職場での侮辱、私生活での孤独、そして想いを寄せる女性からの予想外の冷たい態度。ウェルテルが生きているコミュニティの中に彼を癒すものは何一つありませんでした。自分の生きている小さな世界に嫌気がさし、絶望したウェルテルが可能だったのは死者の世界という別次元に飛び込むことだけだったのです。
そして彼と同じく自分のコミュニティに嫌気がさした若者や、本作に傾倒した若者はウェルテルと同じく厭世を味わった末に死を選択していきました。

・おわりに

『若きウェルテルの悩み』が不朽の名作であることは紛れもない事実です。そして本作こそが、かの文豪ゲーテの名前を世に知らしめたのです。しかしそれと同時に当時の若者の間に「自殺」という流行を作り上げてしまった作品でもあります。そのために批判も多く受けることになりましたが、出版禁止になるどころか現代に至るまで世界中で愛され続けています。これはどれだけこの作品が普遍的な人間の感情を描くことに成功し、どれほどの影響力を持っていたかという証明に他なりません。もしあなたがまだ『若きウェルテルの悩み』を読んだことがない、もしくは途中で読むのをやめてしまったのならば、このコラムをきっかけに実際に作品を読んでみてもらえると筆者冥利に尽きるというものです。
ただし、当時の若者たちと同じように死を選ぶことだけはないようにお願い申し上げます。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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