ジョージ・ルーカス:スター・ウォーズの生みの親

ジョージ・ルーカスは、アメリカ合衆国出身の映画監督である。映画プロデューサーや脚本家としても活躍してきた人物だ。多くのヒットシリーズを製作しており、インディ・ジョーンズシリーズやスター・ウォーズシリーズが代表作品である。ジェームズ・キャメロンやスティーブン・スピルバーグなどと同様、世界で最も成功した映画監督と言われている。

<誕生〜学生時代>

ルーカスはカリフォルニア州モデストで生まれます。幼少期からコミックや映画に熱中して過ごしました。ルーカスは高校生になると、カーレースに熱中するようになります。高校を卒業する1962年には、自動車事故に遭いました。奇跡的にも死を回避できたことで、ルーカスは自分自身の人生について深く考えるようになります。
高校卒業後は、ロサンゼルスにある南カリフォルニア大学に進学しました。南カリフォルニア大学に進学したのは、フィルムの専門学科が早い時期から設立されていたからでした。ルーカスは、大学で映画について学びます。勉強しつつも短編映画を数多く製作しました。この短編映画には、電子的迷宮/THX 1138 4EBという作品もあり、ルーカスはこの映画で多くの賞を受賞します。電子的迷宮/THX 1138 4EBでは、ルーカスは監督と脚本を務めており、1967年に発表しました。未来のディストピアを描いており、登場人物である1138が機械化された迷宮から逃げ出す映画です。ルーカスは、「1967年度全米学生映画祭グランプリ」などを受賞したことで、後々フランシス・フォード・コッポラから資金提供を受けてリメイク作品も製作しました。リメイクした作品、THX 1138は1971年に公開されたものの、興行的には失敗します。

<ワーナー・ブラザーズ研修〜アメリカン・グラフィティ>

ルーカスは、大学卒業後にワーナー・ブラザーズで研修を受けました。この研修中に、フランシス・フォード・コッポラがフィニアンの虹を撮影していて、二人は出会うことになります。コッポラと出会ったルーカスは、すぐに意気投合しました。二人は映画制作者がハリウッドのシステムに強制されることがないような環境づくりを目指します。コッポラはアメリカン・ゾエトロープという会社を設立し、ルーカスは副社長に就任しました。これを機に、先ほど紹介したようにルーカス最初の長編映画、THX 1138を作ります。
この長編映画の後、ルーカス自身の映画製作会社、ルーカスフィルムを作りました。ルーカスは新たにアメリカン・グラフィティを製作・公開し、大ヒットを記録したことで有名監督の仲間入りを果たします。アメリカン・グラフィティではゴッドファーザーで成功を収めたコッポラをプロデューサーに迎えるなど、ここでも良い関係性を活かしました。ルーカスも監督・製作としてアメリカン・グラフィティに携わり、さらに評価されたのです。

<スター・ウォーズ製作>

アメリカン・グラフィティで成功を収めたルーカスは、20世紀フォックスにスター・ウォーズの企画を持ち込みました。ルーカスは、スター・ウォーズの製作にあたってコッポラが介入しないようにするために、長年に渡って企画を温めてきた地獄の黙示録をノンクレジットで渡します。これにより、ルーカスはコッポラの影響を受けることなく、スター・ウォーズの製作を進めることができました。
スター・ウォーズを製作するときには、ルーカスの監督としての収入は5,000万円になっていました。20世紀フォックスはルーカスへの監督費を増やそうとしましたが、ルーカスは断ります。その代わりとしてルーカスはマーチャンダイジングの権利を要求しました。最終的にはこれがルーカスにとって最良の判断になり、マーチャンダイジングにより莫大な収入を得たのです。マーチャンダイジングでの収入は、スター・ウォーズ6作品でのDVD収入などを遥かに凌ぐ金銭をルーカスにもたらしました。
1977年に公開されたスター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望では、世界的な大ヒットを記録します。翌年に公開される未知との遭遇とともに、SFブームを巻き起こしました。当時のSF映画は一部のマニア向けと認識されていましたが、誰でも楽しめるようなエンターテイメント性を加えることで、多くのファンを虜にしたのです。アメリカ合衆国内の映画興行収入は歴代2位を記録するなど、収益面でも大成功を収めます。アメリカ議会図書館フィルム保存委員会は、1989年に永久保存映画に指定するなど名実ともに歴史に名前を残す映画になりました。
その後も1980年にスター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲、1983年にはスター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還を公開しました。この作品でも成功を収めたことで、SF映画のシリーズ物としてスター・ウォーズは不動の存在になるのです。エピソード6/ジェダイの帰還は、第56回アカデミー賞の特別業績賞を受賞、作曲賞、美術賞、録音賞、音響編集賞でノミネートされるなど、映画関係者からも評価をされました。

<ハリウッド映画からの引退>

2012年になると、ルーカスは「映画製作からも、会社からも身を引くつもりでいる」と述べました。この引退を示唆する発言には、1988年から企画をしてきた第二次世界大戦のときに空軍に参加していた黒人パイロットをストーリーにしたレッド・テイルズが公開されたことがあります。ルーカスはこれ以降、ルーカスフィルムを離れてTHX-1138のような低予算映画を作り、実験的な試みに挑戦したいことを示唆しました。
実際に2012年10月になると、ルーカスフィルムはウォルト・ディズニーに買収されます。ルーカスフィルムは、40億5000万ドル相当で買収され、ルーカスは権利を完全に持っていたため、莫大な売却益を得ました。この売却益の大半を寄付することを示唆しており、将来的にルーカス自身の資産を半分寄付することになるギビング・プレッジにも参加しています。

<映画賞の受賞>

ルーカスはスター・ウォーズなどの映画業界に残るほどの大作を世に送り出してきましたが、受賞には縁がありません。長年の功績が称えられて、1991年にはアカデミー賞のアービング・G・タルバーグ賞がルーカスに贈られました。
2007年に開催された第79回アカデミー賞の授賞式では、長年の友人でもあるコッポラやスピルバーグとともにセルフパロディのような掛け合いを披露しました。

<スティーブン・スピルバーグとの関係性>

ルーカスの代表作と言えばスター・ウォーズだが、同様に大ヒットを記録したのがインディ・ジョーンズシリーズです。インディ・ジョーンズシリーズでは、監督スティーブン・スピルバーグ、製作総指揮ジョージ・ルーカスのコンビで、大成功を収めました。映画業界でルーカスとスピルバーグは長年のライバルであり、戦友なのです。

ジョージ・ルーカスについて紹介してきました。スター・ウォーズとインディ・ジョーンズを生み出してきた映画業界の歴史に残る人物です。SE映画に多大な影響を与え、最初のヒットシリーズとも言えるスター・ウォーズを生み出したことは偉業とも言えるでしょう。ルーカスフィルムを売却し、今後の活動は縮小するかもしれませんが、これまでの輝かしい功績が忘れられることはないはずです。

出典:Wikipedia ジョージ・ルーカス

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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