サム・ファイン:人種の多様性を「個性的な美しさ」として浸透させたメイクアップアーティスト

サム・ファインはナオミ・キャンベルやハル・ベリーなどアフリカ系アメリカ女性著名アーティストのメイクアップを担当してきたメイクアップアーティストです。数々の世界的有名雑誌の表紙のメイクを担当した彼は、黒人女性が直面するメイクアップの問題について真摯に向き合ってきました。サムがメイクアップアーティストとして大成する軌跡から、彼が現在のメイクアップトレンドにもたらした変化を紹介します。

ハル・ベリー、タイラ・バンク、ビヨンセなど、世界的セレブリティで、アフリカ系のエキゾチックな美貌を持ち、米国エンターテイメントシーンの第一線で活躍した超一流著名人たち。彼女たちの南国的な美しさを際立たせ、影でサポートしていた人物こそ、今回ご紹介するサム・ファインです。
アフリカ系アメリカ人のアーティストの活躍は、今となっては世界的にもポピュラーになっていますが、人種の違いを「美」として捉える動きは、まさにサムが先駆者だったといっても過言ではありません。
黒肌の彼女たちの美しさを最大限に引き出し、世界に発信できたのは彼の並ならぬ努力のおかげだったのです。サムは、化粧品メーカーが長きにわたって、あまり重視していなかったダークトーンカラーに注目し、アフリカ系アメリカ人女性たちの活躍の場を創出してきました。

黒人女性家系で育ったサムの「メイクアップ」への目覚め

サム・ファインは1969年11月12日にアメリカのシカゴの北、エヴァンストンで誕生しました。彼が生後6ヶ月になるとき、同じシカゴの南に住んでいたデントンファミリーへ養子として引き取られました。そのため、彼はほとんど両親のことは知らないそうですが、彼の父は黒人で、母はユダヤ系国籍だったということだけは分かっていました。
彼はサミュエル・デントンとしてデントンファミリーで育ち、4人のデントン兄妹の中で末っ子、4人のうちサムだけが男の子でした。女性主体の家でそだったサムは、姉や母がメイクアップをしている様子をみて、密かに興味をもっていました。
ニューヨークタイムズの取材で、彼はよく、姉たちに2ドルを払って、彼女たちと同じスタイルにして!とお願いしてメイクしてもらっていたことを話しています。驚きのエピソードですがこの好奇心こそ今のサムの原点となっています。このとき姉たちが、ファンデーションの色味でぴったりハマるものがなかったので混ぜて調合していたのをよく覚えているそう。まだこのとき、化粧品ビジネス界で黒人肌用のダークトーンファンデーションが度外視されており、ほとんど作られていなかったのだそうです。

二度のNY移住で果たした奇跡的な出会いと飛躍したキャリア

サムはシカゴの高校を卒業後、ファッションの分野に興味を持ち出した彼は、ニューヨークへ移住し、デザインの学校に入学します。しかし、不幸にも金銭的に学業を続けられなくなった彼は、シカゴへ戻り、その後たまたま繋がりのあったナオミ・シムス・コスメティックスという化粧品メーカーで美容販売員として働くことになりました。その後19歳のときに、もう一度ニューヨークへ戻ることとなります。

二回目のNYへの移住後、ポートフォリオ(作品)を作るためにカメラマンとモデルと撮影をしながら暮らしているうち、親友であるフラン・クーパーやケビン・アウコインといったメイクアップアーティストがファッション雑誌で活動するようになりました。彼はその二人のアシスタントとしてのサポートしながらキャリアを築いていきました。

あるとき、ファッションショーの会場で偶然出会ったのは、世界的有名なシンガー、ナオミ・キャンベルです。同じ黒人系アーティストであったサムに、なんと彼女はピープル・マガジンの取材のヘアメイクを依頼したのです。
それ以来、サムの仕事は急激な進展を遂げます。ヴァネッサ・ウイリアムズやタイラ・バンク、イマンなど次々と著名なアフリカ系アメリカ人アーティストたちが彼にオファーし始めたのです。

この数年後には、彼は1993年にエッセンスマガジンの表紙で、女優のジャッキー・ハリーのメイクを担当し、その後次々と有名雑誌であるコスモポリタン、ハーパーズバザー、バイブ、マリークレールの表紙のメイクを担当するようになります。彼は黒人女性のメイクにこだわり、クライアントも全てアフリカ系女性たちでした。そのため、彼女たちもサムにメイクしてもらえると人気になれる!と評判を呼び、たちまち時の人となりました。

サムは、黒肌を隠すという概念でなく、「生かして美しく見せる」概念にこだわり、そのアプローチは業界の慣習を長い時間をかけて翻していきました。

一般消費者向けに出版した本とメイクアップツアー

1998年に、サムは「ビューティーの基礎とアフリカンアメリカ人女性」という本を出版し、黒肌を美しく見せる方法やテクニックなどを、著名な黒人系アーティストやモデルを起用して公開しました。
サムの黒肌へのビューティ思想は、パブリック産業へも大きく影響をもたらし、彼自身もアフリカ系アメリカ人アーティストのセレブリティの仲間入りを果たしました。今や彼の名は、世界中のファッション・エンターテイメントシーンで「アフリカ系アメリカ人のメイクアップといえばサム」と言われるほど浸透しています。

2005年にサムは、セレブリティだけではなく、一般消費者向けに「メイクアップツアー」を開催しました。エッセンス・セフォラ・OPIなど大手小売コスメストアやメーカーなどが何社も協賛し、12都市も回ってアフリカ系アメリカ人の消費者に向けてセミナーを行い、彼女たちの肌を美しくみせる方法をレッスンしました。

「多様性=個性的美しさ」と捉えるトレンドと、まだ不十分なメイクアップ課題

「メイクアップアーティストが、白人女性用に20種類のファンデーションを持って来たとすると、”より濃い色”のものは4種類くらいしかないんです。で、私はそれを見て”どうしたって、この中のどれも私の肌には合わないわ”と考えながら、居心地の悪い思いで座っているんです。黒人モデルがさらされているのは、そういう状況なんです。…こうした矛盾と闘い続けていくうちに、いつか状況が変わることを願っています」


 Like when the makeup artist pulls out their palette and they’ve got 20 different shades of foundation for a white girl, but only have four “darker” shades. Then, I’m awkwardly sitting there thinking “none of that matches my skin whatsoever.” It’s those type of situations that [black models] are put in and not catered to. That shouldn’t be our responsibility to uphold or something we need to go the extra mile every single time for on a job. But unfortunately, that’s the case. By constantly challenging and pushing at [these discrepancies] I hope we will eventually make a difference.

引用:teenVOGUE

コスモポリタンの取材で、南スーダン出身のモデル、ダッキー・ソットがファッション業界の撮影現場の裏側の問題をせきららに話しました。

サムは自身が直面してきた課題を振り返りながら、発展してきたアフリカ系女性たちへのメイクアップコスメを評価しつつも、こういったまだまだ解決できない現場の課題について、さらに発展してほしいという業界への想いを主張しています。

———90年代のメイクアップアーティストブランド、マックやナーズ、ボビーブラウンのおかげで、アフリカ系女性たちの肌にあったファンデーションの色が少ないというギャップ(溝)は埋まってきたように思います。
特に、マックは広い範囲で色味を揃えているので、特に品揃えが良くなっています。


Mr. Fine saw more permanent change in the ’90s with the rise of makeup-artist brands — especially MAC, Nars and Bobbi Brown. “They really started to bridge the gap,” he said. “MAC, particularly, embraced people of color with its wide range.”
引用:The New York Times

確かに、ファンデーションの色数は増えて、以前よりは手にいれることはし易くなっているかもしれません。
しかし、実際にどのブランドも40色カラーを用意しているわけではないし、タイムズスクエアのコスメストアではそろっていますが、それだけではなく、もっといろんなところでストックをおくべきだと思います。

また別の取材でもサムは大手チープコスメブランド、メイベリンに物申したこともあります。

「ブラックオパールと、ズリ、ブラックラディエンスはよく見えません。メイベリンがシェイド・オブ・ユーというスペシャルな濃いカラーのラインを出しましたが、(一部省略)私たちアフリカ女性の肌の領域までは網羅していないんです。肌の上にのせても見えません」


”I don’t see Black Opal or Zuri or Black Radiance,” he said. ”Maybelline, they have a special darker line called Shades of You. It ain’t here. This Revlon mahogany — it’s a pretty color, but it’s not even that dark. I don’t see products for African-American women.”
引用:The New York Times

サムは、アフリカ系女性のメイクアップ課題をとことん追求し、主張する姿勢をずっと今も貫き続けています。一方で、多様性というキーワードはここ数年大きくトレンドとなっています。FENTY BY RIHANAなどアフリカ系女性シンガーのリアーナが立ち上げたアパレルブランドも、飛ぶ鳥落とす勢いの人気を博しています。同ブランドはFENTY BEAUTYというコスメティックラインもリリースし、全世界で入手困難なほど人気なアイテムも続出しています。
サムが長い年月をかけて築いた「多様性=個性=魅力」として捉える思想は、今後もファッションやエンターテイメントシーンで進化を遂げていくでしょう。

Sam Fine – YouTube

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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