トム・ショルツ:マサチューセッツの天才エンジニア

1976年、彗星のように現れヒットチャートを席巻したボストン。それは、驚異の天才エンジニア、トム・ショルツが作り上げた壮大なプロジェクトの幕開けでした。

ボストン誕生

トム・ショルツがハイスクール時代、もっとも情熱を注いだのはバスケットボールだったと言われています。6.3フィートの長身で運動神経も良かったトムですから、NBAのスター選手も夢ではなかったかもしれません。
トムが真剣に音楽を学ぶようになったのはマサチューセッツ工科大学に入ってからのようです。キンクスやザ・フーを聞きロック・ミュージックに興味を持ったトムは、独学でギターを勉強します。もともと幼少期にピアノを習っていたため、スケールを理解するのにそれほど時間はかかりませんでした。
大学で修士号を習得し、ポラロイド社に入社するとエンジニアとしての仕事のかたわら、ローカルバンドを結成して活動しはじめます。当初はキーボードを担当していたものの、その後、楽器全般に興味を持つようになるのです。
ポラロイド社での業務に不満はありませんでしたが、将来に対する漠然とした不安から、音楽で生計を立てることを計画し始めます。トムは、数年の期間をこのプロジェクトに当てることに決め、もし、成果が現れないようなら音楽は趣味として割り切っていこうと決めました。
そのために、最初に取り掛かったことは、納得の行くサウンドを録音するためのスタジオと音響設備の構築でした。トムが他のミュージシャンと明らかに違うのが成功を手に入れるためのプロセスでした。
通常、デモテープを作るのに必要なのは、演奏するための楽器とスキル、それとプロデューサーを納得させるための良質な楽曲であると考えます。
ところが、トムの場合は、自分の頭にあるサウンドを完璧に再現できるためのスタジオこそが、もっとも必要であると考えたのです。

シンデレラ・バンド:ボストン

マサチューセッツ工科大学、ポラロイド社で培われた知識を総動員して作られたスタジオでデビュー・アルバム「Boston」のデモテープは完成します。
自身のスタジオで多重録音を駆使し、たった一人で作られたデモテープがCBSレコードに認められ1976年、シングル「More than a Feeling」とともにリリースされます。
パワフルでありながら透き通るような不思議な音色のトムのギターサウンドとともに、良質なパワーポップがこれでもかと詰め込まれた「Boston」は全米3位にチャートイン、1800万枚を超える売上を記録します。
これは、1992年にスウェーデン出身のエイス・オブ・ペイスの「Happy Nation/The Sign」に抜かれるまで最も売れたデビュー・アルバムとして記録になっていました。
発売されたファースト・アルバムですが、ここでも他のバンドとは違うボストンならではの特殊な事情があります。実はボストンのアルバムはボーカルのブラッド・デルプ以外のパートは全てトムが一人で行っているのです。
たった一人で、自宅のスタジオで作られたデモテープが巨万の富を産んだ。ボストンをロック界のシンデレラと表現されるのはそのためです。

※画像はイメージです。

ボストンのメンバーとは

当初、トムはバンドの必要性を考えていませんでした。彼が作った曲を彼自身が多重録音で作品として仕上げ、それにボーカルを乗せてレコードにするだけで十分と考えていたからです。
ところが、1970年~1980年台当時は、レコードを出す→ラジオでヒットする→ラジオを聞いたリスナーがレコードを買う→ツアーを行う→ライブを見に来たオーディエンスがレコードを買うという図式が一般的でした。つまり、大手のレコード会社と契約すれば、ただレコードを出せばいいというものではなく、そこにはどのくらいの規模のツアーをどのくらいの期間行うのか、レコードはどのくらいのスパンで発表しなければいけないのか、などの細かい規約が決められていたのです。
トム自身はあまり乗り気ではありませんでしたが、ライブを行うためのプレイヤーが必要になりオーディションを経てボストンは結成されます。
初期のメンバーは、ベースにフラン・シーハン、ドラムにジム・マスデア、ギターにバリー・グドロー、そして最後にボーカルのブラッド・デルプが加入することになります。
他のバンドと違い、スタジオ・ワークのほとんどをトムが一人で行ってしまうボストンは通常のアルバム制作にたずさわってきたミュージシャンには受け入れられるものではなかったのでしょう。ボーカルのブラッドを除いてメンバーは安定せず、ほとんどアルバムの発表ごとにメンバーチェンジが行われるといった具合でした。

完璧主義!

トムの作る作品は、まさに非の打ち所がないほど完璧なものです。トムが一人で作ったデモテープを聞いたCBSの関係者はその事実を信じようとしなかったくらいです。
ボストンのアルバムには、「No Synthesizers Used」「No Computers Used」とクレジットされています。このポリシーは40年近くたった今でも変わらず、トムがデジタルよりもアナログを大切にしていることが分かります。
ボストンの初期のアルバムにおいても、当時すでに使われていたシーケンサーやリズムボックスによるテンポキープをすることなく、あくまで体感によるリズムだけで多重録音を行っていたことは有名です。
また、数々のエフェクターを開発し、独自のサウンドを構築したことも大きな功績の一つと言えるでしょう。
トムが発明したエフェクターはロックマンの名称で特許と取っており、一時は社員70人を抱える企業として開発、販売を手がけていました。
現在この会社はダンロップに売却されてしまいましたが、トムの発明したアンプやエフェクターは今でもロックマン製品として第一線で活躍しているのです。

ボストンのおすすめアルバム

ボストンは結成されてから40年以上が経っていますが、その間に発売されたアルバムはわずか7枚、しかもそのうちの1枚はベストアルバムですから7年に1枚しか発売されていない計算になります。
ボストンのサウンドが気に入れば全てを聴いてもいいほどですが、あえておすすめに挙げるとすれば、まずは衝撃のデビュー曲「More than a Feeling」が収録された「Boston」をおすすめします。アコースティックギターのアルペジオから美しいギターのメロディーがかぶさりアルバムはスタートします。ブラッドの透明感あふれるボーカルとコーラスワーク、永遠にとぎれないのではないかと思わせるトムのロングサスティンなど、当時のロック・ミュージックのレベルをはるかに越えた完成度で世界に衝撃を与えました。
次作「Don’t Look Back」、3作目「Third Stage」はともに全米No1を獲得しますが、おすすめは「Third Stage」の方でしょうか。
前作から8年も経ってからのアルバムということでバンドの方向性や音楽性の違いを心配するファンもいましたが、ボストン・サウンドは健在。どこから聴いてもボストンなのですが成長するべきところはしっかりと成長している聴き応えのある1枚になっています。
シングルカットされ2週連続で1位を獲得した「Amanda」におけるギターアレンジは、当時流行っていたハード・ロックブームのエッセンスを上手に取り入れた佳曲となっています。
また、アルバムの最後に収められた「Hollyann」もすばらしい曲で、エンジニア、プレイヤーとしてだけでなく、あらためてトムの高いコンポーザーとしての能力を感じさせます。

現在のボストン

ボストンというバンドにあって、唯一トムが頼りにしていたボーカルのブラッド・デルプでしたが、残念ながら2007年、自殺という形でこの世を去ってしまいます。
トムの才能は誰もが認めるところですが、デビュー・アルバム「Boston」の大ヒットはブラッドのボーカルとコーラスワークがなければ実現しなかったかもしれません。
ボストンはその性格上、レコーディングやツアーのサイクルがとても長くなり10年以上もかかることもありました。
トム以外のメンバーにしてみれば、いわゆる待機期間になるのですが、多くのメンバーがそれを機会にボストンから離れていくのに対しブラッドだけは最後までバンドを離れませんでした。
2013年には新しいボーカルとしてトミー・デカーロを加え「Life,Love&Hope」を発表しツアーも行いましたが、現在は再び長い充電期間に入っているようです。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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