ロバート・ラウシェンバーグ:「コンバイン・ペインティング」の意味するもの

ロバート・ラウシェンバーグはアメリカ合衆国テキサス州、ポートアーサー生まれの20世紀を代表するアーティストです。絵と物体を組み合わせた「コンバイン・ペインティング」で知られており、アメリカの社会問題を浮き彫りにする手法は大きな反響を呼びました。ラウシェンバーグはどのような転機があって、このような手法を思いついたのでしょうか。

■ロバート・ラウシェンバーグとは

ロバート・ラウシェンバーグは1925年、アメリカ合衆国テキサス州、ポートアーサーに生まれました。父親はドイツ系アメリカ人とインディアンの混血、母親はイングランド系で、ブルーカラーの家庭に育ちました。
1942年から1945年の第二次世界大戦中には海軍に所属し、1947年にはカンザスシティ・アート・インスティテュートに学んでいます。1948年には一時パリに滞在、1866年にロドルフェ・ジュリアンがパサージュ・デ・パノラマに開いた個人学校をもととするアカデミージュリアンにも通っていました。その後アメリカに帰国するとノースカロライナ州のブラック・マウンテン・カレッジ、ニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグでも学んでいます。この頃のブラック・マウンテン・カレッジでは「4分33秒」などで知られているジョン・ケージが教鞭をとっており、大きな影響を受けました。

■コンバイン・ペインティングが生まれた背景

その後1955年頃からは「コンバイン・ペインティング」と呼ばれる作品を発表し始めるようになります。「コンバイン」とは「結合」という意味で、絵画に布や木切れから爪磨きや歯磨き粉など日常的な品々を組み合わせた作品のことを指します。一見してコラージュのようにも見えますが、日用品や廃品などを組み合わせたことで作品を三次元的に展開する手法となり、大きな注目を集めました。また絵画と彫刻の尺橋渡しとなる手法としても捉えられています。

なぜラウシェンバーグはコンバイン・ペインティングを思いついたのでしょうか。1917年にニューヨーク・ダダの中心人物であったマルセル・デュシャンが男性用小便器に「R.Mutt」と証明しただけの《泉》を発表し、アートの世界に「アートとは既製品で作られてはいけないのか、ではそもそもアートとは何なのか」という問いかけを投げかけました。
私たちは芸術家が1点1点手作業で作り上げる1点ものが芸術作品である、と思いがちです。では男性用小便器にサインをしただけの《泉》は、芸術作品ではないのでしょうか。それを決めるのはいったい誰なのでしょうか。

《泉》の発表から芸術作品の在り方はさまざまに論じられるようになり、1950年代には雑誌や広告、漫画などを素材として扱うポップアートがアメリカで花開きました。ポップアートは大量生産や大量消費社会など都市の社会問題を主題としており、ラウシェンバーグは日用品を用い、それらを組み合わせることで人々が抱える問題や社会のあり様を表現しようとしたのです。

■コンバイン・ペインティングの作品

ではラウシェンバーグのコンバイン・ペインティングには、どのような作品があるのでしょうか。

・《ベッド》 1955年

《ベッド》は1955年に制作された作品で、オレンジを基調としたパッチワークの掛布団をキャンバスのようにし、枕を取り付け、そこに絵の具を塗りつけることで作品にしたものです。この掛け布団はラウシェンバーグが寝たり、座ったりして実際に使っていたもので、「芸術=崇高なもの」というイメージからはかけ離れたものでした。

《ベッド》においては絵画を描くという芸術的な行為と寝たり起きたりと日常的に用いた掛け布団という日用品が組み合わされ、これまでの芸術作品の既成概念を破壊していることに加え、掛け布団が使われていた時間さえも作品に組み込まれてしまっています。

また特にラウシェンバーグが意識したのは、筆致を激しくすることでした。激しい筆致は抽象表現主義への尊敬と皮肉の両方の意味が込められており、これまでの絵画の在り方を一新させた抽象表現主義の偉大さを表現するとともに、日用品にも表現できる、という二重の意味を込めたものでした。

・《モノグラム》 1955-59年

《モノグラム》は激しいタッチで描かれた抽象表現主義と思われる作品の上に羊の剥製と古タイヤが置かれた作品です。この二つはラウシェンバーグが古道具屋で見つけてきたもので、台座に張り付けられたアルファベットの板もどこかで拾ってきたものと言われています。
本来であれば壁に飾るべきキャンバスが床に直置きされ、その上に羊の剥製と古タイヤがおかれることで画家の描き出す芸術作品のイメージを超越するようなイメージが完成しています。

・《リボルバー》 1967年

《リボルバー》は「E.A.T.」という非営利組織で制作された作品です。この組織は、アーティストとエンジニア間のコラボレーションを促進するために設立されました。

《リボルバー》はアクリル板を回転させる仕組みを実装した作品で、電気モーターを備え付けた金属のベースに、五枚のディスクが貼り付けられています。操作ボックスを使うことでそれぞれのディスクが回転し、万華鏡のような美しさを生み出します。

《リボルバー》ではスイッチを押すとアクリル板が回転し、重なり方が変化するという「偶発性」に焦点が当てられています。E.A.T.にはそんな偶発性に注目し数々の作品を残したジョン・ケージも参加していました。上記でも述べたように、ラウシェンバーグはジョン・ケージから教えを受けたこともあり、活動を共にする機会を得たことで、作品に偶発性の要素を取り入れようとしたのかもしれません。

■国際的な展開

ラウシェンバーグはその後ケネディ大統領やアポロといったその時代を代表するイメージに交通標識や古タイヤを組み合わせるなど、コンバイン・ペインティングの作品を次々と発表していきました。次第に評価は高まっていき、1964年ヴェネツィア・ビエンナーレで最優秀賞を受賞します。
この頃からラウシェンバーグは世界的な活動に目を向けるようになり、世界の芸術家と共同制作し展覧会を行う「ラウシェンバーグ海外文化交流」を設立しました。1985年から1991年にかけてはアジアや中南米など12か国で世界を巡回し、まさに世界的な活躍を見せるアーティストとなっていったのです。

■おわりに

ロバート・ラウシェンバーグはコンバイン・ペインティングの作品を作るにあたって、「芸術作品をつくることではなく、芸術と生活の橋渡しをすること」が目的であると語っています。ラウシェンバーグの作品に目を向けてみれば、絵画と掛け布団、絵画と古タイヤなど古くから芸術品として扱われてきた絵画が日常品と組み合わせられることで絵画のイメージは刷新されてきました。また日常のイメージが作品に流入することで、作品の新しい見方が提案されたともいえるでしょう。

マルセル・デュシャンが《泉》を発表することで私たちに投げかけられた「芸術作品とは何か」という問いは、ラウシェンバーグのコンバイン・ペインティングによってさらにこれまでの概念を覆されることになったのかもしれません。これからのアート作品の定義とは、どのようなものになっていくのでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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