リプロダクティブ・ヘルス・ライツ:子を持たない選択と脅かされる母体

自身の身体についてのことがら、性や生殖に関するすべてのことを自分で決める権利、「リプロダクティブ・ヘルス・ライツ」の重要性について国際的に見直しが進んでいる中、子どもを持たない選択をする人々の増加に注目が集まっている。先進国が抱える少子化問題と発展途上国にみられる高い妊産婦死亡率、そのどちらもがリプロダクティブ・ヘルス・ライツと深い根で繋がる。

近年、特に先進国を中心に意識的に子どもを産まない選択をする夫婦やカップルの増加に注目が集まっています。子どもを持たない人生を選択した人々は、少子化の原因として非難の対象となる場合があり、具体的には「自分たちのために子どもを持たないことは自己中心的で無責任」とか、「子を産み育てるのは社会に負う責任」といった内容の叱責がみられますが、果たしてそれらの非難は正しいものなのでしょうか。
 子どもを持つ(そのための努力をする)か、持たないかは、個人の考えのもとで決められるべき問題です。婚姻関係を結び、子孫を増やすことは、誰にとっても当たり前であるわけではありません。子どもを産み育てることは社会的義務ではなく、個人的選択であるべきで、私たちはみな子どもを持たない人生を選択する権利を持っているのです。

子どもを持ったことで大きな幸せを得たという人がいるのと同じように、子どもを持たない状態を幸せだと感じる人がいるのは自然なことです。
2016年の米ワシントン・ポストの記事によると、子どもがいる夫婦といない夫婦の幸福度を欧米諸国中心の先進国22か国を対象に調査した結果、子どもがいた方がより幸せであるという回答が上回ったのは、ポルトガル、ハンガリー、スペイン、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、フランス、ロシアの8カ国、それ以外の14カ国では子どもがいない方が幸せであるという回答が上回る結果となりました。
いうまでもないことですが、この結果は子どもを持つ人たちの幸せを否定するものではありません。子どもを持たない選択は出産を祝福しないということではなく、また何かを選択することはそれ以外の選択を否定することではありません。
子どもを産んだことが不正解で子どもを産まなかったことが正解ということは決してなく、逆もまた然り、私にとっての正解とあなたにとっての正解が違うというだけのことです。
それでも、子どもを持たない選択をする人が増えている背景について、より深く考察することは私たちの社会にとって必要なことでしょう。

世界の出生率と無子女性の割合

出生率にフォーカスしてみましょう。2018年の統計では1位〜9位までをニジェール、ソマリア、コンゴ、マリ、チャド、アンゴラ、ブルンジ、ウガンダ、ナイジェリアとアフリカの国々が占め、ひとりの女性あたりの平均出産率は上位から7.153〜5.417人と5人を上回ります。
5人を超える平均出生率には家族計画の知識がないこと、避妊方法が浸透していないこと、乳幼児の死亡率が高いこと、女性の初婚年齢が極めて低いことなどのマイナス要因があります。また、温暖化の最前線にさらされているアフリカでは食料と水の慢性的な不足が大きな問題ですが、それらは先進国からのしわ寄せでもあり、世界規模でのバランスが取れているとは言い難い状況です。

一方出生率の低い国では下位から22カ国で1.5人を超えません。内訳には台湾、モルドバ、ポルトガル、シンガポール、ポーランド、ギリシャ、韓国、香港、キプロス、マカオ、ボスニア、スペイン、ハンガリー、モーリシャス、セントルシア、クロアチア、タイ、スロバキア、ドイツ、プエルトリコ、マルタ、日本、オーストラリア、ルーマニアと、先進国が名を連ね、経済的に豊かで学歴社会であり、その実女性にとって働きやすいとは言えない環境に共通点が見られます。

先進国のうち40歳から44歳の無子の女性の割合は1990年代と比べて、より近年の結果の方が減っているという国は多くありません。オーストラリア、スペイン、イギリスなどでは2010年の時点で20パーセントを超えていて、アメリカでも2014年時点で19パーセントを超え、イタリアでは2014年時点で約25パーセントの女性が生涯において子どもを持つことがなく、ドイツでは1967年生まれの女性の28パーセントが無子、日本では1965年生まれの無子女性が12.7パーセントなのに比べ、1970年生まれの女性では30パーセントに数字が上がります。第一子の出産年齢が上がっていることもある程度関係していると思われますが、子どもを持たない女性の数ははっきりと増加しています。

子どもを持たない選択をする理由

子どもを持つことで、さまざまな負担が増大することは無子を選択する大きな要因のひとつです。例えばアメリカでは、有給の育児休暇がなく、出産育児手当などの制度が不十分であり、子育てに莫大な養育費がかかるのにもかかわらず保障の薄さが生活を直接圧迫します。その負担が子どもを持たない選択に直結している場合は多いと考えられます。
比べてみると、出産と育児への手厚く範囲の広い保障がある国では無子選択の増加に歯止めがかかっています。

また、福祉や保障制度と完全には切り離せないながらも、違った理由もみられます。2014年のアメリカでの研究結果によると、20人の子供がいない女性が無子を選んだ理由に最も多かったものは「自由を失いたくない」という回答でした。子どもを持たないことを選んだ女性の多くが、自由と独立性を尊重していて、学業やキャリアのために母にならない道を選ぶ場合があるのです。
その他にもフランスでは、自分たちの生活に子どもが必要ないという理由で子どもをもうけない人々は、独立心や自己観察をする内省的な面が強いことが報告されています。そしてまた、無子を選択する人々に自分が持つべき責任について、あらかじめ深く考える慎重さがあることも注視すべきポイントです。

無子選択とフェミニズムの関係

子育てが女性の負担に比重が大きく傾いている中、女性にとって妊娠、出産はキャリアが崩れる大きな要因となり、将来を考えたとき、仕事や自立性を大切に考える女性が、子どもを持つことでキャリアを失う可能性について危ぶむのは当然のことです。

こうして考えると、子どもを持たない選択がフェミニズムと深く関わっていることがわかると思います。女性が自分の理想の未来を優先し、子どもを持たない選択をしたとき、自己中心的だとか反社会的だと言う人が現れますが、本当に自己中心的で反社会的なのは子どもを持たない選択をした女性ではないということは明白です。
女性と男性が子を産み育てるプロセスの中で同等の負担と責任を持つこと、どちらともが希望すればキャリアや独立性を脅かされることがないこと。それらが叶わない環境下で改善の試みもなしに、子どもを産み育てることだけを強いる社会こそ自己中心的で反社会的だと言えるでしょう。

たとえば自分たちの社会について、破壊が進む一方の環境について、真剣に考えてもいない人や、社会や環境のために率先して自分の生活を変えようとしない人に、「子どもを作らないなんて反社会的だ」などと言われたら、「あなたのような人間がどんどん増えていくことの方が地球にとって良くないことだよね」と言いたくもなります。そんな怒りを持つ人々が増えていることに注目し、人々がそれぞれに負う責任の内実を解きほぐし、バランスを考えていくべきです。

危険にさらされる母体

産まない選択について考えるとき、大きな問題としてもう一端に立ちはだかるのが妊産婦の死亡です。20数年前までフィリピンでは一万人に21人の妊産婦の死亡が報告されていました。実に1日4人の女性が妊娠、出産の過程で命を落としていたのです。その死因の1位は出血多量、2位が感染症、3位が高血圧によるものです。
フィリピンに限らず発展途上国では状況はさらに悪く、医療ネットワークが行き届かないために病院での定期的な健康診断が受けられないこと、自宅分娩を選ばざるを得ず、その衛生状態が思わしくないこと、無資格、無認可の中絶処置を受ける人が多いことなどが要因となり、妊娠出産が女性にとって命がけのイベントになってしまっているのです。
妊娠、出産を命ある状態で無事終えられるかどうかに怯える女性が今も多くいます。
2015年時点で統計が取られている国の中で最も妊産婦死亡率が高かったのはシエラレオネで、当時は10万人のうち実に1360人、1.36パーセントの妊婦が命を落としています。

妊娠出産に劣悪な環境であるにもかかわらず、避妊を嫌う風潮がある場合も多く、実質的に避妊の役割を中絶によって代替える実情が報告されているケースもあります。しかし避妊同様に中絶が法的に禁止されていたり、安全な中絶処置を行える機関がなかったりと、中絶処置も出産同様に命を落とすリスクになっています。
多くの発展途上国では女性の社会的地位が著しく低く、女性の命が軽んじられ危険にさらされている現実があるのです。

リプロダクティブ・ヘルス・ライツ

1960年代のフェミニズム運動の中から、こうした現状を鑑みて、女性が自らの身体についてのことがらをコントロールし、自立することが認められるべきだという考えが広まり始めました。性や生殖に関わるすべて、自分の身体に関係するすべてのことを自分自身で選択して決める権利、リプロダクティブ・ヘルス・ライツが国際的に認知され、合意を得始めました。
全ての女性が妊娠、出産、性行為など自分の身体に関わる問題について自分の意思と反する強制を受けることがあってはならないという根源的な考えです。

ところが2017年1月、トランプ米大統領が人工妊娠中絶を支援する組織への助成を禁じる大統領令に署名しました。少しずつ前進していたリプロダクティブ・ヘルス・ライツ浸透の運動に、それは後退の一歩でした。
しかし結果的に、トランプ大統領の選択がリプロダクティブ・ヘルス・ライツに関する議論に再び火をつけることとなり、生殖に関する自己決定権が、他者から口出しされること、強制されること、禁じられること、非難されることなく尊重されるべきとして、多くの人々が声をあげました。全米では大規模なデモが起き、それは瞬く間に世界中に広がり、各国の主要メディアも再考、見直しを始めています。

イギリスでは50年前の時点で、既にほぼすべての市町村で人工妊娠中絶が合法化されていますが、現在では実に3人に1人の女性が中絶を経験していると推測されています。そして2015年におこなわれた調査では、中絶した英国人女性の95パーセントが、その決断を後悔していないことを明らかにしています。

中絶に関する問題はセンシティヴですが、議論を避けたり、タブー視されたりするべきではありません。性に関する問題について蓋をし、正しい知識を子どもたちに教えることもせずに「中絶はいけないこと」という考えを主張する姿勢はあまりにも無責任です。

市民のための社会と社会貢献のかたち

世界の喫緊の課題はすべての女性が安心して妊娠出産できる医療制度を敷き、性と生殖に関する選択をすべての女性が主体的に自分自身でできるようにすることです。

国ごとに抱える少子化問題は「何はともあれ産め」という姿勢をやめ、子どもを持つ両親間の性別による偏りのないフェアネスの浸透、働きながら子育てをする家庭への全面的な支援、同時にシングルマザーやシングルファーザー、婚外子に対する偏見や差別をなくしていく必要もあります。子どもを持つために万全の環境が整っていないことにフォーカスを向けるべきです。
この結果として子どものいる人生を選ぶつもりのなかった人のうちの何人かの選択が変わる可能性は大きいに違いありません。

ただ、それらの政策が尽くされて、最高の環境が整ったとしても、自分の人生に子どもが必要ないと考える人は必ずいるでしょう。そしてその選択は絶対に尊重されるべきです。子どもを欲しいと思わない人に子どもを産み、育てることを強要することは誰にも許されません。
社会への貢献のかたちは人それぞれであり、子どもを持つことだけがその答えではないのです。

参考文献およびサイト
World Population Review
WHO(世界保健機関)World Health Statistics(世界保健統計)2018年版
OECD Family Database
THE WORLDBANK

からだと性、わたしを生きる リプロダクティブ・ヘルス/ライツ
著:ヤンソン柳沢由実子

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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