DEATH NOTE:その面白さと「正義」の考察

DEATH NOTEとは週刊少年ジャンプ(日本の少年誌)に連載されていた漫画、およびアニメ作品である。連載期間は約3年という期間だったが、これまでにない物語と世界観にたちまち人気となり世界的にも名を馳せるヒット作となった。
本作は大きく第1部と第2部という2つの構成から物語が進んでいくが、そこで繰り広げられる高度な心理戦からは目が離せない。正義と悪、最後に微笑むのは誰かという戦いを見られる本作。それよりも次々と登場する奇抜な設定や登場人物に注目してほしい。DEATH NOTEの面白さをこれらの要素から述べていく。

■キーパーソンはトリッキーに

DEATH NOTEはおおまかに言うと主人公の八神月と名探偵Lの戦いを描いている。
八神月はあるとき「DEATH NOTE」という死神のノートを拾い、そこに備わっている効力、すなわち「このノートに名前を書かれたものは死ぬ」という力を使って世の犯罪者たちに裁きを与えていく。しかしそれはただの殺戮者だと警察側は八神月もといキラを捕まえようと立ち上がった。警察側を率いるのは世界的な名探偵・L。かくしてこの2人の長きに渡る、巧妙で精緻な頭脳戦と心理戦は始まったのだ。

さて、ここでキーパーソンは2人いることが分かるだろう。八神月(キラ)とLだ。この2人が少年誌に登場する人物なのかという程に癖のある人物なのである。

まず八神月だが、彼は成績優秀、容姿端麗、さらには警視庁刑事局長の息子という家柄にも恵まれた高校生(初登場時)だ。人望もあり将来の期待もされ、それに応えるだけの能力も備えている。そして平凡な毎日を送っていた。
しかし「DEATH NOTE」を拾ったことで一変。元から持っている能力は変わらないものの、人に死を、本人曰く裁きを与えるノートを手にしたことから彼の歪んだ本性が現れたのだ。

この本性がとても凄い。何が凄いかというと「正義」にかける思いが強すぎるのだ。それ故の屈曲した態度だったのかもしれないが。
彼はLに勝つために手段を選ばなかった。後に自らが手を下す相手も「DEATH NOTE」で操り、女性も手のひらで転がし、自身の父親までも手をかけた。到底人とは思えぬこの行いの数々だがこれらは彼なりの「正義」を抱えての行動であり、終始一貫した態度で最後まで駆け抜ける。ときにはイケメン、また主人公ならざる変顔までをも披露し、ファンを沸かせるという荒芸までもこなしたのだ。

唯一自身の命を握っているといえる死神をも駒に使うその絶対的な揺らぎない「正義」には屈伏させられる。どこまでも歪んでいながらどこまでも実直な八神月は、少年誌の主人公としてはいささかトリッキーな存在だと言えるだろう。

もう1人のキーパーソン、L。彼は八神月を超える存在といえるだろう。見た目、行動、趣向、どこをとってもこんな変人は中々いない。
まず見た目だが、万年目の下に隈があり白い長袖シャツとジーンズに身を包んでいる。行動はなんとも奇怪な動きで極度の猫背がさらに不可解な雰囲気を醸している。また、座るときは必ず体育座り。本人曰くその体勢が落ち着くらしい。そして趣向だが、極度の甘党。ケーキやチョコは常に食べているといっても過言ではなく、飲み物には大量の砂糖を投入する。
これだけ見ても変人であることは容易に伺えるだろう。一流の推理能力、誰にも引けをとらない頭脳を持っているからこそ奇怪な人物になったのだろうか。こちらの方が物語としても面白いのは間違いないが考えてみてほしい。どれだけ優れていようが堅物の警察や探偵だとしたら何か面白みに欠けることは想像に容易いだろう。

以上の2人の他にも、やはり本作のキーパーソンはトリッキーな人物で溢れている。例えば八神月と同じく「DEATH NOTE」を手にした弥海砂や、第2部に登場するLに変わる名探偵・ニアとメロ、他にも死神・リュークやレムの存在が挙げられる。これら個性豊かな人物がこれだけ登場しながらも個々の特徴がブレることなく、むしろその自己の色を輝かせている。混じりけのない単色同士が混在とする、混沌とした世界での彼らのトリッキーさは物語の中でも関心を引く点だ。

■DEATH NOTEに込められた詳細な設定

「DEATH NOTE」は死神が所有しているノートでありそこに名前を書かれたものは死ぬという力を宿している、本作では欠かせない重要なアイテムである。

そんな「DEATH NOTE」には細かすぎるルールがいくつも付けられている。使用者からすれば「制約」と言ってもいいだろう。これが物語を複雑に、より面白く引き立てているのは言わずもがな。そして「DEATH NOTE」の持ち主、死神の能力や、死神との取引なども加われば到底通常の犯罪では起こり得ないような状況もいとも容易く成立するのである。その一部を少しばかりご紹介しよう。

「名前の後に人間界単位で40秒以内に死因を書くと、その通りになる。」「デスノートから切り取ったページや切れ端などでもデスノートの効果は有効である。」

上記2つは「DEATH NOTE」の基本的ルールである。どれも本作が展開されていくにあたり基礎ともいえるルールだが、これらがあるだけで物語はグンと深みを増した。そしてそこに付加される死神のルールと死神との取引。

「死神が特定の人間に対して好意を持ち、その人間の寿命を延ばすためにデスノートを使用した場合、死神は死ぬ。」「デスノートの所有権を持つ人間は、自分に憑いている死神に自分の余命の残りの半分を渡すことによって、死神の目を手に入れることができる。」

前者は死神のルールであり、後者は死神との取引についてである。
「DEATH NOTE」に付加されている制約だけでも使用方法を誤ればその能力を最大限に発揮できないどころか自分の首を絞めてしまうというのに、さらには死神のルールも考慮しなければならない。そして死神との取引。この取引を行うかは所有者が選択できるが、そもそもこの取引に応じるか、それとも断るかの判断も難しいだろう。
本作では八神月ではなく他の人物が取引を行っていた。そしてその人間が八神月の目の前に現れた。結果として自身が取引を行ったかのような副産物を手にした八神月であるが、その使いどころも考えなければならなくなった。

常識的な考え方をするならば、制約は死神をその目で見た者しか信じられないだろうが、相手はあの天才Lである。現実では起こり得ない事象すらも念頭に入れて推理を進め、仮にその根拠を立証できなくてもどんどん八神月を追い込んでいく強敵。ここまで複雑なルールの元、効力を如何なく発揮させ自身の立場を優位に運ばせ、そして敵を欺かなければならない。この設定があるからこそ本作の見どころ、高度な知的戦略を実現させたといっても過言ではない。次々に投入される数多なルールに世界中のファンは、次はどのようにこのルールを掻い潜るのか、このルールを活かすのかとその先の展開に期待をしたことだろう。

■それぞれの正義の行方

最後は少し考察をしてみようと思う。そのテーマが「それぞれの正義」についてだ。この考察は第1部終結までの物語に準ずる。

本作は八神月もといキラと、第2のキラと呼ばれている弥海砂が分類される「犯罪者」、LとL率いる捜査本部等が分類される「警察」の2つのグループに大別される。この2つが相反する存在であることは誰の目から見ても明らかだろう。

一般人からしたら犯罪者の心理は理解し難いであるだろうし、警察が正しいと思う人が大半だと予想される。そしてやはり世間としての固定概念は「犯罪=悪」というもの。

しかし八神月は「自らの正義に則って」犯罪者を裁き始めた。新世界の神となる、とまで謳いそして世間の凶悪犯たちを殺すときには「裁く」という文言を使っている。

ここから伺えるのは八神月が行っている行動は自身からしてみれば「悪」ではないと思っているということである。むしろ自身の行いに絶対の自信と確信を持っていて、正解だとさえ考えていると受け取れる。

確かに八神月は正義感が強い人物だということが作品を通して伝わってくる。例えば世の中の凶悪犯はいらないというそもそもの思考もそうだろうし、世界を是正したいという思いも正義感故の発想だろう。実際にその思想を実現するに足りる力を手にしたが故に、その正義は歪んだ形で具現化されてしまったが。
とにかく八神月は自己の「正義」を全うするべく、たまたま手にした「DEATH NOTE」を使ったに過ぎず、彼なりの強い「正義」の元に起こした行動だったと言える。その方法が残虐極まりないものであれ、そうまでして貫きたい自らの「正義」を抱えているというのは尊敬に値することかもしれない。

一方で警察の面々は一般的に想像されやすい「正義」に基づいての行動を起こしている。警察の仕事が犯罪者を捕まえること、治安を守るもの、市民を守ることであるように、Lを始め捜査本部の一員は悪を是正するべくキラ逮捕に挑んでいた。1人ひとりの「正義」の形は違うかもしれないが結託し命を賭して戦っていたのである。

ここで気付くことはないだろうか。
八神月も警察も、己の「正義」に則っての行動である。
その「正義」も本質は同じだ。世界から凶悪犯を消し去る、または、取り締まる。

それなのに彼らは正反対の「正義」となってしまっているのだ。
たった1つ、行動が違うだけなのに。
そして互いに自身を「正義」、相手を「悪」だと反転して考えている。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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