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ミヒャエル・エンデ:ファンタジーに潜む現代社会のあり方

ミヒャエル・エンデ(1929年–1995年)は、ドイツの児童文学作家。代表作に「モモ」や「ジム・ボタンの機関車大旅行」など。 「はてしない物語」は映画化もされ、いまなお世界中で愛される物語となっている。

児童向けファンタジー小説家として有名なミヒャエル・エンデ。時間泥棒が盗んだ時間を取り戻そうとする少女の活躍を描いた「モモ」や、本の中の世界で冒険する「はてしない物語」など、子供の頃に読んだ人もいるのではないでしょうか。
エンデの小説はただ子供がわくわくするという内容だけでなく、経済や人間のあり方など現代社会に対する批判が込められています。人はお金に支配されすぎて自由な時間や優しい気持ちが失われつつあると説いたのです。
そんな彼のファンタジー世界に込められた“お金”や“自由”について、エンデの生い立ちや作品を交えながら解説していきたいと思います。

【ナチスに弾圧された生い立ち】

ドイツのバイエルン州に生まれたミヒャエル・エンデ。ナチスが台頭し、父親のシュールレアリスム画家であるエドガー・エンデは「退廃芸術家」として批判され、苦しい生活を余儀なくされました。ヨーロッパの中等教育機関であるギムナジウムを落第。ショックから河に飛びこんで自殺しようかと考えました。
徴兵の収集令状がきたときにはそれを破り捨て、80キロメートルの距離を歩き疎開していた母のもとへ逃亡。その後、反ナチス運動に参加します。
戦争が終わると今度は父親がエンデと同年代の愛人と同棲するという失態を犯します。母親は絶望し、息子であるエンデは精神的にも経済的にも彼女を支えました。
このような不遇な生い立ちがあったからか、のちに彼が書いた物語はファンタジーながらもどこか現実味を帯びた内容となっています。

【現代社会に疑問を投げかける作家として活躍】

そんななか、彼に転機が訪れます。

学生時代から詩作や演劇に興味を持っていたエンデですが、友人のイラストレーターに絵本の執筆を依頼されファンタジーを書き始めます。その原稿「ジム・ボタンの機関車大冒険」がドイツ児童文学賞を受賞し、生活が安定。家賃滞納によりアパート立ち退きを迫られていましたが、ひとまず安心できる経済状態となったのです。

その後「モモ」や、3年がかりで書いた「はてしない物語」が大好評となり、世界的有名な作家となりました。「はてしない物語」はワーナーブラザーズより映画化。世界中の子供たちに愛される映画となりましたが、ここでもエンデは納得できない境遇に置かれます。映画化されたものが「自分の思い描いていた原作世界と全然違う」と訴訟を起こしたのです。当初の要望は、監督は黒澤明、撮影地はヨーロッパで役者はドイツ人。異世界の姫君は日本の白装束を着た少女で、竜「ファルコン」は中国の龍のように神秘的なイメージだと考えていたそう。また映画のラストシーンも原作と正反対で、本の世界である「ファンタージェン」の力を借りて現実世界のいじめっ子に仕返しをするという内容になってしまいました。

自身の大作を台無しにされたと感じたエンデでしたが、映画をきっかけに原作を読んでくれる人が多かったため渋々納得。続編映画は原作とは異なるオリジナルストーリーであるため批判はしませんでした。

【現実世界と向き合うためのファンタジー】

さきほども言及した「はてしない物語」。映画化もされましたが、原作者の望みとは少し違った内容となってしまいました。
“ファンタジー”というと、子供が魔法を使って数々の困難を乗り越えていくストーリーを思い浮かべますが、原作者のエンデはそういった商業的で単純な物語を望んでいなかったのだと思われます。

「はてしない物語」はいじめられっ子の少年バスチアンが、ファンタジー世界を冒険することで現実世界の自分と向き合うようになるというお話です。主人公の少年、母親を亡くし父親との関係も上手くいっておらず学校にも馴染めない。どこか幼い頃のエンデを彷彿とさせます。

ある日、古本屋から盗んできた本を夢中になって読むうちに本の世界に引きずりこまれてしまいます。ここで通常のファンタジーであれば、主人公の少年は大活躍しファンタジー界の英雄になれるのですが、この物語の主人公は魔法世界でどんどん落ちぶれていきました。現実世界の記憶が薄れる中、最後に望んだことは「愛すること」。本の中の世界で失敗を繰り返し、そこから学ぶことによってバスチアンは精神的に成長し、現実世界へと帰っていくのです。

最後に古本屋が言った言葉は「空想世界に友達がいるのは幸せなことだ」。物語が好きな人ならわかるかと思うのですが、夢中になって読んだ本に出てくるキャラクターはまるで本当の友達のように自身にとってかけがえのない存在になりますよね。辛いことがあったとき、心の支えとしてキャラクターたちが寄り添ってくれることもあります。「はてしない物語」の古本屋も、そういった「友達」を持てるかどうかはその人の人生を左右することである、と語っているのです。

お金をひたすら稼ぐことや効率的なのが悪いわけではありません。ただ、たまに本を読んだり、空想世界に浸ったりすると人生が豊かになります。この物語はファンタジーとしておもしろいだけではなく、「本を読むことの喜び」という貴重なものを教えてくれるのです。

【“時間”と“お金”の物語】

赤ちゃんからお年寄りまで、だれもが平等に持っている24時間。でも、そのときどきによって流れる時間の速さって違いますよね。ある日「時間泥棒」が町に現れ、人々は時間を節約するためせかせかと働き始めます。豊かな想像力と特別な力で町のみんなの悩みごとを解決していたモモは、人生を楽しむことを忘れてしまった人たちを救うため、時間泥棒に立ち向かうのです。

雑談をしたり友だちと遊んだり、空想をすることは全て無駄だと時間泥棒は言います。しかし、そういう“効率的でない”ことをするのも人生を豊かにする秘訣だと主張するモモ。

何かと合理主義が叫ばれる現代社会ですが、エンデはそれを完全否定しているわけではなく、心までも忙しさに支配されてはいけないと言っているのではないでしょうか。象徴的なのが作中登場するカメのセリフ「オソイホドハヤイ」。「急がば回れ」と同じような意味の言葉にこの物語に込められた作者の想いが感じとれるかと思います。

また、この物語は“時間”を“お金”に言いかえて、利子が利子を生む現代の経済システムに言及をしているという面もあります。子供向けファンタジーの中に、エンデの思想が色濃く出た作品となっているのです。

【自由とはなにか?大人向け短編集】

児童向けファンタジー小説の印象が強いエンデですが、大人向けの作品も執筆しています。

「自由の牢獄」は8編からなる大人向け小説。メルヘンチックながら現実世界の生きづらさや現代社会のシステムに疑問を投げかける内容となっています。

たとえば「ミスライムのカタコンベ」という短編。洞窟のなかで無意味な労働を繰り返す影を主人公にしたお話です。衣食住を保証された奴隷の「不自由な生活」と、生きる手段を自分で考えなければならない「自由な生活」、どちらを選びますか?そう聞かれてすぐに答えられる人はいるでしょうか。自由とは無限の可能性から自分で選ぶことですが、もしかしたら選ばなかった道のほうが自分にとって正解だったかもしれない。現代人はそんなことを考えながら、日々選択をして生きています。

エンデ特有のファンタジーではありますが読後、不条理感を残すところが大人向けとなっている作品です。

児童向けファンタジーが有名なミヒャエル・エンデ。彼の作品には現代社会に疑問を投げかける哲学が含まれていました。「仕事が忙しくて、たまにある休みにも娯楽の予定をたくさん立ててしまい休みの日まで忙しい」「お金にならないことは全て無駄だと思うけど、最近なんだか虚しい」と感じている人は、ぜひ彼の作品を読んでみてはいかがでしょうか。きっと自分なりの時間とお金の使い方を考えられるはずです。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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