パメラ・トラバース:人生における名言の宝庫「メアリー・ポピンズ」

メアリー・ポピンズなどの作品で有名な児童文学作家、パメラ・トラバース。高校を卒業してからは舞台女優や作家などとして活動し、25歳でイギリスに移住しました。その後は主に子供向けの小説と詩を執筆し、中でも「メアリー・ポピンズ」はあまりにも有名です。

本名をヘレン・リンドン・ゴフという彼女は、1906年にオーストラリアのクイーンズランド州メアリーバラにて誕生します。イギリス系アイルランド人の父とオーストラリア系スコットランド人の母との間に3人姉妹の長女として生まれ、幼い頃から本を読むことも自ら書くことも大好きでした。

父の影を背負って

彼女の父はよく、日常に不思議なことが起こると妖精のせいにしました。それを面白おかしく少女のパメラに話してくれていた思い出を、パメラは生涯忘れることはありませんでした。父はさとうきび農園の管理者を経て、メリーバラで銀行員として働いていました。銀行員になってからは、それまでののんびりとした働き方と打って変わって、とても忙しい日々を送ります。そして支社長までのぼりつめますがストレスからアルコール中毒になり、銀行を退職。その後体調を崩し、パメラが8歳の頃に病に伏せ亡くなりました。

父の死を受け母は悲しみに暮れ、川へ身を投げ自殺を図りますが未遂に終わります。若くしてこの世を去った父との思い出をなにより大切にしていたパメラは、父の名であるトラヴァース・ゴフを名乗り創作活動をしていた時期もありました。

母は名家のお嬢様

パメラの母マーガレットはエジンバラの繊維会社を経営する名家の生まれですが、幸せは長くは続きませんでした。マーガレットの母(パメラの祖母)は早くに亡くなってしまった父を見送ったあと再婚しますが、マーガレットは新しい父との折り合いが悪く、叔母のヘレン・クリスティーナ・モアヘッドに育てられます。

名家出身のお嬢様であるマーガレットは夫と出会い幸せな家庭を築きますが、その夫も仕事と酒、そして病に倒れてしまい未亡人となったのでした。

舞台に憧れる少女パメラ

1912年13歳のパメラは、シドニーにあるノーマンハースト・プライベート・ガールズ・スクールに入学し、学生記者としての活動に没頭していました。この頃から舞台女優に憧れ、舞台の脚本も書き始めます。そして15歳の頃には、イギリスのナニー(家庭教師)が子どもたちを寝かしつける、という短編小説を執筆し町の新聞に掲載されました。

高校を卒業してからはガス灯会社で働きながら、ダンススクールに通い舞台女優を目指します。家族には反対されますが舞台に出たり詩を発表したりし続け、26歳頃には詩人としての地位を確立します。その頃の代表的な作品に「乳母の子守歌」「チビちゃんとデカちゃんのためのお話」などが挙げられます。

メアリー・ポピンズに想いを込めて

詩人としての生活がようやく軌道に乗ってきたパメラでしたが、29歳の秋に母が心臓発作のため息を引き取ります。

パメラ自身も体調を崩してしまいますが、療養中にエッセイを執筆しました。療養しながら33歳の夏に書き始めた「風にのってきたメアリー・ポピンズ」は35歳頃に完成します。そして療養を終えてからは、舞台の技術を学ぶためロシアに渡りました。ロシアでは「天球のサーカス」という詩を執筆。その詩がイギリスの新聞ニュー・イングリッシュ・ウィークリーに掲載されます。また帰国後は旅行記「モスクワ紀行」も出版するなど、充実した生活を送っていました。

そしてこの頃くらいから「メアリー・ポピンズ」のシリーズが世に認められ始め、パメラの生活はだんだんと安定を得ます。パメラは自身と家族の幸せな思い出を「メアリー・ポピンズ」に込め、大切に続編を書き続けました。

心に刺さる言葉たち

Just a spoonful of sugar helps the medicine go down, in the most delightful way!
(スプーンひとさじのお砂糖で、どんな薬でものどを通る魔法のような方法!)

映画「メリー・ポピンズ」(1964)

これはベビーシッターのメアリー・ポピンズがお話の中で、子どもに薬を飲ませるときに使っていた言葉です。メアリー・ポピンズのお話を知らなくても、歌やフレーズを耳にしたことがある人は多いのではないでしょうか。

この話は、まるでパメラの幼少期を舞台だけロンドンにして描かれているかのような、とある家庭から始まります。

ロンドンの桜通りに家を構えたバンクス夫妻。お父さんは銀行員をしていて陽気で厳しい性格、お母さんは「時代遅れ」と言われるのが大嫌い。子どもの世話は全てベビーシッターに任せっきりでしが、バンクス家の娘と息子はいたずら好きで、いつもベビーシッターを困らせてすぐに辞めさせてしまいます。

ある日子どもたちは、自分たちが望むベビーシッターをポスターに描きました。それは、優しくて美しくて親切で若い人!そんな条件を父に伝えると、父はそのポスターを暖炉で燃やしてしまいます。暖炉で灰になってしまった子どもたちの願いが、煙となって煙突から空へ舞いあがっていきました。そして次の朝、晴れ渡った空から真っ黒い傘を差した若い女性が、舞い降りてきたのです。それがメアリー・ポピンズでした。

メアリー・ポピンズは、娘のジェーンと息子のマイケルに魔法のような楽しいひとときを与えてくれます。指を鳴らすと一瞬で部屋が片付き、不思議な鞄からはどんな大きなものでも出てきます。しかもメアリー・ポピンズは歌が上手で、メアリーが来てからというものバンクス家には笑顔が絶えませんでした。

メアリー・ポピンズの言葉には、人生を楽しくさせる魔法が宿っています。

Supercalifragilisticexpialidocious
(スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス)

映画「メリー・ポピンズ」(1964)

というメアリーが作った単語はなんと34文字もあり、なんだかうまくいい表せない気持を表現し、どうしてもうまくいかないときに唱えると助けてくれる不思議な呪文です。うまくいかないことを、素晴らしく素敵にしましょうという意味が込められています。

パメラは、どんな状況も楽しむ気持ちが大切だということを子どもたちに知っておいてほしいと語り、メアリー・ポピンズに「しなければならない全ての仕事にだって、楽しめる要素はあるわ!」という台詞を与えました。

前向きな心意気と魔法の言葉を、パメラはメアリー・ポピンズというお話の中にちりばめたのでした。

おわりに

なんだかパッとしない毎日に嫌気がさしてしまうことは、誰しもが経験していることでしょう。パメラは著書を通じて子どもたちに、大人になっても楽しめる心を忘れないで!というメッセージを残しました。彼女の代表作メアリー・ポピンズは、のちにウォルトディズニーにより「メリー・ポピンズ」として映画化もされ、世界中の人々に愛されています。

映画「メリー・ポピンズ」(1964) 予告編

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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