Museu Picasso – 天才ピカソ。バルセロナでキュビズムに触れる

1907年、パブロ・ピカソが「アビニヨンの娘たち」を完成させたのがキュビズムの出発点だった。
スペイン人ピカソはバルセロナで青年時代を過ごす。そのバルセロナにMuseu Picasso/ピカソ美術館がある。本人の希望で設立された美術館には幼少期の写真やその時代に描かれた絵、「青の時代」から晩年の作品まで3800点ものコレクションが展示されている。Museu Picassoで天才ピカソの人生を垣間見る。

絵画が好きな人であればもちろん、それほど興味がなくても知らない人はいないと言ってよい20世紀を代表する画家パブロ・ピカソ。
ピカソは画家でありながら、素描家そして彫刻家でもあります。
そして、最も多くの作品を残したアーティストとしてギネスブックに認定され、各国の美術の教科書でも取り上げられています。

ピカソは青年時代の約10年をカタルーニャ州バルセロナで過ごしました。
この地で本格的な画家としての人生をスタートしたのです。

ここバルセロナにMuseu Picasso/ピカソ美術館があります。ピカソ本人の希望で設立され、展示内容はもちろん、美術館の設計そして内装もすべてピカソの確認を得て進められたピカソのこだわりが凝縮された美術館です。

この記事では、天才ピカソの生い立ちに迫りつつ、本人のこだわりが詰まったMuseu Picassoをご紹介します。

<ピカソを知る>

パブロ・ピカソは1881年に南スペイン・マラガに長男として生まれます。父親は工芸学校の美術教師でした。1895年、14歳でバルセロナに移り美術学校へ入学します。
この時期からすでに、デッサンなどの完成度が注目されはじめます。
美術学校では、1ヶ月間かけてする入学製作を1日で完成させ、「科学と慈愛」は国展で佳作、また、マラガの地方展では金賞を受賞しています。
このようにピカソは10代から絵の世界でめきめきと頭角を表していたのです。

1900年以降はバルセロナとパリを何度か行き来します。翌年1901年にはパリで個展を開き、社会の底辺で生きる人々を描く彼の「青の時代」が始まった後にパリへ移住します。
その後、人生の大半をフランスで過ごします。

ピカソは91歳で死去するまで、作風が目まぐるしく変化した画家としても有名です。
青の時代、ばら色の時代の他にも、アフリカ彫刻の時代、セザンヌ的キュビズムの時代、分析的キュビズムの時代、そして総合的キュビズムの時代など様々な時代を駆け抜けていったのです。
キュビズムと言えばピカソ、20代でそれまでの遠近法に縛られた絵画を覆す試みを始めました。
そして1907年、「アビニヨンの娘たち」の製作をもってキュビズムの出発点となったのです。

※ゲルニカ市にあるタイル壁画レプリカ

また、数あるピカソの作品のうち、大変有名なキュビズム様式であり“反戦”のシンボルともなっている「Guernica/ゲルニカ」。
1937年、スペイン・バスク地方ゲルニカが世界初の無差別爆撃と言われるドイツ軍の爆撃を受け、罪のない市民1600名以上が命を落としたことに対する怒りを表現した一枚です。
ピカソ、55歳のときでした。

現在は、国立ソフィア王妃芸術センター (マドリッド)に収蔵されていますが、以前は Museu Picassoに展示されていました。

<キュビズムとは>

さて、ここでキュビズムについて説明していきましょう。
人や自然、立体的なもの全てを一点からだけでなく複数の視点から見て幾何学的なものとして捉え平面に表す様式です。
目に見えるものをあらゆる角度から分析し、二次元に展開する試みがキュビズムです。
キュビズムはピカソそしてジョルジュ・ブラックによって生み出されたと言われています。

ポール・セザンヌと言えば、フランス後期印象派の画家として多くのファンを持ちますが、キュビズムにおける芸術概念の基礎を築いたという評価を得ています。
ピカソはセザンヌを“近代美術の父”と呼んでいるのです。
セザンヌの教えからインスピレーションを受けたピカソがキュビズムを生み出したと言われています。

<Museu Picassoはピカソのこだわりが凝縮された美術館>

ここからはMuseu Picassoをご紹介しましょう。

ピカソが14歳から8年間住み、画家としての才能を開かせたバルセロナ。
石畳が続き中世の雰囲気がそのまま残る旧市街ゴシック地区、Museu Picassoは1963年ピカソ自らの希望でバルセロナのこの地に誕生しました。
展示内容はもちろん、美術館の設計そして内装もすべてピカソの確認を得て進められたというピカソこだわりの場所です。

この美術館には、約3800点ものコレクションが展示されています。ピカソ幼少期の写真から始まり、そのコレクションは幼少期から晩年までを網羅した数々のデッサン、写生画、親友のピストル自殺の影響で描き始めた「青の時代」作品などです。

Museu Picassoはバルセロナ市が所蔵していたピカソの作品、親友で秘書でもあったジャウメ・サバルテス個人のコレクション、後にピカソ本人や家族・友人からの寄贈されたものなどが一同に会した貴重な美術館なのです。

<Museu Picassoの目玉はピカソバージョン「ラス・メニーナス」>

(Public Domain /‘Las Meninas’ by Diego Velázquez. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

スペイン宮廷画家ベラスケスが描いた世界三大名画の一つ「ラス・メニーナス (女官たち)」。
1656年に描かれたこの「ラス・メニーナス」は、マドリッドのプラド美術館で最も有名だと言ってよいでしょう。
中央のマルガリータ王女を囲む2人の侍女ラス・メニーナス。
奥にかけられた鏡には国王フェリペ4世と王妃マリアナが描かれており、絵の中のベラスケスはこの国王と王妃の肖像画を描いていることが分かります。
「ラス・メニーナス」は計算され尽くされた魅力を感じられる作品なのです。

この「ラス・メニーナス」を1957年、ピカソが彼なりの解釈で描いているのです。
正しくキュビズム時代の作品であり、重厚なトーンのベラスケス「ラス・メニーナス」に対して、ピカソの「ラス・メニーナス」のなんともピカソらしい、ピカソにしか描けない表現になっています。

そして熱い思い入れを表すかのごとく、ピカソの「ラス・メニーナス」は58枚にも及びます。そして、その全てがMuseu Picassoに収蔵されています。

( Pablo Picasso wax figure at Madame Tussauds museum in Bangkok.)

<ピカソの格言5選>

これまでご紹介したピカソのこと、そして作品を裏付けるものとして、ピカソの格言を5選ご紹介しましょう。

・「優秀な芸術家は模倣し、偉大な芸術家は盗む」
・「いかなる創作活動も、はじめは破壊活動だ」
・「私の創造の源泉は、私が愛する人々である」
・「明日に延ばしてもいいのは、やり残して死んでもかまわないことだけだ」
・「子どもは誰でも芸術家だ。問題は、大人になっても芸術家でいられるかどうかだ」

91年の人生、常に熱い思いで走りきったピカソならではの言葉には説得力があります。

生涯2度の結婚、3人の女性との間には子どもが4人。愛人も多くいたという話も残っているように、ピカソは自由奔放だったと言われています。
そして、別人かと思われるほど作風を何度も変えるピカソ。
その自由な心がキュビズムさえも生み出したと言えるのかもしれません。

Museu Picassoでピカソの人生を垣間見たあとは、ピカソが家族と住んでいた場所、アトリエや初めて個展を開いたところなど彼の足跡をさらにたどってみるとバルセロナを訪れた機会を活かせるでしょう。

ピカソ第二のふるさとフランスには、パリ国立ピカソ美術館そして南仏ヴァロリスそしてアンティーブのピカソ美術館もあります。
足を延ばしスペインからフランスへ、ピカソのたどった道をなぞるのも良いかもしれませんね。

<Museu Picasso各情報>
Museu Picasso/ピカソ美術館
URL: Picasso Museum Barcelona

・住所:Carrer Montcada, 15-23, 08003, Barcelona, Spain
・開館時間:火曜・水曜・金曜・土曜・日曜 9:00~19:00/木曜 9:00~21:30 (ただし、1月5日は9:00~17:00)
・閉館:月曜・1月1日・5月1日・6月24日・12月25日
・入場料:常設展12ユーロ、常設展+オーデオガイド17ユーロ
・入場無料日:木曜 18:00~21:30/毎月第一日曜 9:00~19:00/オープンドアデー (2月12日・5月18日・9月24日)
※2018年11月現在の情報です。

Museu Picasso/ピカソ美術館に関する動画

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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