バンクシー、時代に愛された異端児

イギリス・ロンドンを中心に活動する覆面芸術家、バンクシー。彼のアート自体は世界中で話題になっているにも関わらず、生年月日や出身地、本名など、身元に関する情報がいまだ不確定というミステリアスなアーティストだ。大企業や有名アーティストからのオファーは軒並み断り、街頭でのディスプレイにこだわり続けるバンクシー。彼はなぜ、世界中でこうも愛されるのか。

「芸術テロリスト」バンクシー

アーティスト名、バンクシー。
本名、不明。出身地、不明。生年月日……不明。
時折、彼を題材にしたドキュメンタリー映画の中でその肉声を聞くことができますが、それ以外の情報は大半が謎のヴェールに包まれている、神出鬼没の覆面芸術家です。

ある時、こんなニュースが世間を騒がせました。
『1.5億円で落札されたバンクシーの絵画、直後にシュレッダーで裁断』
裁断された作品は、バンクシーの代表作のひとつである『風船と少女』。ハート型の赤い風船が少女の手を離れていく様子を描いたもので、2002年にロンドンの街中に描かれたのが最初といわれています。
事件が起きたのは落札直後のことでした。オークショニアがハンマーを打ち鳴らし、落札者の決定を告げると同時に会場のアラームが鳴り響き、シュレッダーが起動。作品の下半分をズタズタに切り裂いてしまったのです。当時の会場内を撮影した動画には、あまりのことに絶句し、なすすべもなく作品が裁断されるさまを見守る観客の様子が映されています。
いったい、どんな不幸な事故が作品を襲ったのでしょうか。

実はこの騒動、すべてバンクシーが仕組んだことだったのです。
騒動後、バンクシーは自身のInstagramを更新。ピカソの「破壊の衝動は、創造的でもある(The urge to destroy is also a creative urge)」という言葉を引用し、オークション会場で撮影された動画を公開。その冒頭には、バンクシー自身の手によって額縁にシュレッダーが仕込まれている様子が映されていました。
「オークションで競売にかけられることに備えて、数年前、作品の中にシュレッダーを忍ばせていたんだ」
動画の中で、バンクシーはこう語っています。
そう、一連の騒動は、オークションに否定的なバンクシーによって仕組まれた「芸術テロリスト」流のパフォーマンスだったのです。

絵画が裁断されるというショッキングな事故が、作者自身の思惑によって、しかも落札直後に起こったというこの騒動は、世間を大きく騒がせました。
1.5億円もの大金をはたいた落札者は、この事故に怒り狂ったでしょうか? ――いいえ、そうはなりませんでした。むしろ、この事故により『風船と少女』の価値は50%以上上がるのではないかとすらいわれています。
「これは素晴らしいバンクシーの瞬間だ。誰が埋め合わせできるだろうか」
オークションを運営していたサザビーズの欧州委員長、オリバー・ベーカー氏はこう語っています。

行動のひとつひとつが注目され、世間から熱烈な支持を受けるバンクシー。
彼はどのようにして「芸術テロリスト」となったのでしょうか。

「芸術テロリスト」誕生の軌跡

2003年に『ガーディアン』紙が行ったインタビューによると、バンクシーが芸術活動を始めたのは14歳頃のこと。このことが原因で学校を追い出され、軽犯罪で何度か刑務所に入ったこともあるといいます。
日本でもたびたびニュースになっている通り、公共物へのグラフィティアートは違法です。バンクシーが覆面芸術家として活動しているのは、こうした違法行為を繰り返しているためでしょう。

現在の活動拠点であるロンドンに移り住んだのは2000年頃。ちょうどこの頃、バンクシーの制作スタイルに大きな転機が訪れます。
違法なグラフィティアートを描いたことで警察から追われていたバンクシーは、ある日、追跡を逃れようとしてダンプカーの下に隠れます。執拗な追跡のため、1時間以上もダンプカーの下で過ごす羽目となったバンクシーは、さすがに辟易したのでしょう。「ペインティングに書ける時間を半分にするか、もう完全に手を引くしかない」と決意します。
そんな時に目に入ったのが、彼が潜んでいたダンプカーの底にステンシルで描かれた文字でした。
(これだ!)
この時の気付きにより、バンクシーを象徴する「ステンシルによる制作スタイル」が完成するのです。

世間を騒がせたバンクシーの作品たち

バンクシーの名を最初に広く知らしめた作品は、1999年に描かれた『ザ・マイルド・マイルド・ウエスト』でしょう。ブリストルのストーククラフトにある床屋の二階の外壁に表れたグラフィティアートで、火炎瓶を手にしたキュートなテディベアが、3人の機動隊と対峙する様子が描かれています。

バンクシーのアートの多くには、政治的な強いメッセージが込められており、その大半は反資本主義、反権力、反戦争となっています。そうした重いメッセージと矛盾するように、時には愛らしかったりユーモラスだったりするキャラクターを描くのもバンクシー作品の特徴のひとつでしょう。
『ザ・マイルド・マイルド・ウエスト』は、無免許で行われていたイベントに対し、機動隊が突入したことが契機になったとされています。

その後もバンクシーは精力的に芸術活動を続けます。
2002年にはバンクシー初となる個展を開催。翌年にはロンドンの倉庫でゲリラ的に展示会を行い、そこで披露したスプレーペイントされた家畜たちは大きな話題となりました。
2004年にはイギリスの10ポンド紙幣の偽札を作成。その年のノッティング・ヒル・カーニバルの群衆の中に偽札の札束を投げ入れ、騒動を起こします。

そして、バンクシーの名を一躍有名にしたのが2005年のこと。
なんとバンクシーは、MoMa、メトロポリタン美術館、ブルックリン美術館などの有名美術館に、自分の作品を無断で設置してしまったのです。
設置された作品は非常に完成度が高かったため、すぐには気付かれず、しばらくの間そのまま展示され続けていました。また、大英帝国博物館に設置された『街外れに狩りにいく古代人』という作品は、後に同博物館の正式なコレクションに追加されています。

このアート行為により飛躍的に有名になったバンクシーの個展には、ブラッド・ピットなどの一流セレブが訪れ、バンクシーの作品は飛ぶように売れるようになります。
しかし、名前が広まったからといってバンクシーのスタイルは変わりません。覆面芸術家として世界中を飛び回り、メッセージ性の強い作品をいくつも描いていきます。
パレスチナとイスラエルを分断する壁にバンクシーが描いたグラフィティアートには、心を揺り動かされた人も多いのではないでしょうか。壁を乗り越えようと、風船を持って飛び上がる少女。壁の割れ目の向こうには美しい風景が広がり、高く無機質な壁にはハシゴがかけられる……。
大衆に媚びず、自分のスタイルを貫くバンクシー。こうした姿勢も、彼が世界中から熱烈な支持を受ける理由のひとつではないでしょうか。

グラフィティアートだけに留まらないバンクシー作品

バンクシーの作品は、グラフィティアートに限ったものではありません。
前述したように、牛や羊といった家畜にスプレーペイントを施したり、彫刻作品を作り上げたり。大掛かりなものでは、有名テーマパークを皮肉った「Dismaland(ディズマランド)」などもありました。

2015年に5週間限定でオープンされた「Disma(憂鬱な)land(王国)」。廃墟となったシンデレラ城に、蜃気楼のように歪んだアリエルの像。かぼちゃの馬車に乗ったシンデレラは事故で無残な姿となり、メリーゴーランドの横には馬を屠殺する恐ろしげな顔つきの男が佇む。スタッフの接客態度は最低で、客のピザを勝手に食べる始末。

まさに”夢の国”の真逆をいく”悪夢の国”であるディズマランドは、企業が作り出し、無知な大衆によって消費されていくエンタメへの警鐘だったのかもしれません。
「Dismaland」閉鎖後、使用されていた設備や資材などは、フランス・カレの難民キャンプに贈られました。その最後まで含めてバンクシーの「作品」であったといえるでしょう。

さいごに

今もっとも注目を集める芸術家、バンクシー。
メッセージ性の強い作品や、痛烈な皮肉・風刺を利かせた作品、奇想天外なパフォーマンスなどで、事あるごとに話題をさらっていくバンクシーは、時代に愛された異端児といえるでしょう。もちろん、グラフィティアートは違法ですから、彼の作品が撤去されたり、彼に逮捕状が出されたりするのは当然のこと。それでも、次は何をしでかしてくれるのかと、つい期待してしまいます。
バンクシーはどうしてこうも注目され、愛されるのでしょうか。それは、彼の描く作品だけでなく、大衆からもてはやされても決しておもねることなく主張を通し続けるその姿にこそ、私たちは惹かれるのかもしれません。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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