J・R・R・トールキン:指輪物語が色褪せない理由

J・R・R・トールキン
は、1892年生まれのイギリス人作家。映画『ロード・オブ・ザ・リングシリーズ』の原作である『指輪物語』や、『ホビットの冒険』の著者として広く知られている。20世紀における最も偉大な小説ともいわれる、『指輪物語』。本記事では、1950年代に発表され、今なお世界中で人々を魅了し続ける『指輪物語』の魅力に迫る。

『指輪物語』誕生のきっかけとなった3つの要素

イギリス人作家、J・R・R・トールキン。
彼の代表作である抒情詩的小説『指輪物語』は、20世紀における最も偉大な小説ともいわれており、刊行から半世紀以上が経過した今でも世界中で愛され続けています。『旅の仲間』、『二つの塔』、『王の帰還』の三部作すべてが世界史上のベストセラートップ10に入り、そのどれもが1億5000万部近く販売されているといえば、その凄さがお分かりいただけるでしょう。
そんな『指輪物語』が誕生したきっかけに、実はトールキンの幼少時代が色濃く影響していることをご存知でしょうか。

第一に、物語を彩る架空言語について。
教育熱心な母親に育てられたトールキンは、見たり感じたり、触れたりしたものを日々喜んで吸収しました。とりわけトールキンが好んだ科目が言語関係で、4歳のころにはラテン語を読めるようになり、じきにすらすらと書けるまでに至ったといいます。
こうして、母親の導きによって芽生えた「言語への興味関心」が、のちに約15もの架空言語を創造し、『指輪物語』や『ホビットの冒険』を執筆するに至らしめることとなるのです。

第二に、読者の想像を掻き立てるさまざまな情景について。
『指輪物語』に登場する、印象的な村や集落たち。まるで実際に見てきたかのように綿密な描写は、読者を架空風景へと誘い、物語への没入感をより深めてくれますよね。そうした架空風景のうちいくつかは、トールキンが幼少期に過ごした場所がモデルになったといわれています。
父親の死後、トールキンが移り住んだイギリス・バーミンガム郊外の田園風景はホビット庄に。当時世界的な工業都市のひとつだったバーミンガムの風景は、『指輪物語』の最終目的地であるモルドールに。
自然豊かな郊外や、人と鉄がうごめく煤けた工業都市の風景は、きっとトールキン少年に鮮烈な印象を与えたに違いありません。

そして第三に、『指輪物語』の序章ともいうべき存在である『ホビットの冒険』が誕生した経緯について。
トールキンの幼少時代は、決して幸福に満ち充ちていたものではありませんでした。なぜなら、父ロナルド・ローウェル・トールキンを4歳の時に、母メイベル・トールキンを12歳の時に、それぞれ喪ってしまったためです。
両親との早すぎる死別は、トールキンの心に深い悲しみを与えました。その悲しみは家族への厚い情となって表れ、のちに授かった子供たちを心から愛するようになります。そんな、愛おしい子供たちに読み聞かせるべく書き上げたのが『ホビットの冒険』のもととなる物語だったのです。
トールキンが書き上げた物語は、きっと、単に一家庭で読み聞かせして終わるにはもったいない出来栄えだったに違いありません。そのことにいち早く気付いた大学の同僚たちの強い勧めでトールキンは『ホビットの冒険』を出版するに至り、子供のみならず大人からも熱い支持を受けます。その人気ぶりから、アレン・アンド・アンウィン社が続編の執筆を要請し、これに刺激を受けたトールキンは『指輪物語』を上梓することとなるのです。

物語を華やかに彩る2つのエルフ語

『指輪物語』が他のファンタジー作品と一線を画している最大の理由が、物語中に登場する架空言語の数々でしょう。2つのエルフ語「クウェンヤ」と「シンダール語」は特に有名なものとして知られています。
幼い頃より言語を好んだトールキンは、その生涯で約15もの架空言語を発明しました。それらの架空言語のもととなったのは、アングロ・サクソン語(古英語)や古ノルド語、ラテン語やフィンランド語など多岐に渡ります。
なかでも前述の「クウェンヤ」と「シンダール語」の完成度は非常に高く、驚くことに、実際に日常会話も可能とされています。最近では、映画『ホビット(原作:ホビットの冒険)』の公開を記念してニュージーランドのテレビ局がエルフ語で天気予報を行い、大きな話題となっていました。トールキンの創造した架空言語がいかに作り込まれていたかがよく分かる、ユニークなエピソードですよね。

『指輪物語』執筆にかけられた凄まじい執念

『ホビットの冒険』出版から『指輪物語』の出版までには、実に17年もの歳月が流れています。なぜでしょうか?
それは、トールキンが何度も試行錯誤を重ねて『指輪物語』を深く作り込んでいったから。
『指輪物語』を研究した書籍『The Art of The Lord of the Rings』には、トールキンが残したスケッチや地図、碑文や、彼が発明したアルファベットなどが、実に180以上も載せられています。地図には登場人物らの行程を示す線が何本も引かれ、トールキンが何度も細かく修正を重ねていたことが伺えます。またある図には、登場人物の動きと位置を1mm単位(縮尺上、1mmは5マイルに相当)で調整していた痕跡も残されています。
こうして綿密に作り込まれた作品だからこそ、『指輪物語』はファンタジー作品でありながらもどこまでもリアルで、「もしかすると世界のどこかにホビット庄は存在したのではないか」という夢を抱かせてくれるのでしょう。

こうしたトールキンの執筆用資料は、精巧に描かれたものから簡単な落書きまで、実に膨大な量が残されています。設定を書き留めた走り書きは、彼が務めていたオックスフォード大学の研究冊子上にも見られます。トールキンがいかに常時『指輪物語』のことを考え、楽しんでいたかがよく分かりますよね。
トールキンにとって『指輪物語』の世界を紐解くことは、仕事としての執筆活動というより、発見による喜びを伴う一種の研究に近かったのかもしれません。事実、トールキンは『指輪物語』を「発見された古い伝記を編集・翻訳した」というスタンスで書いていました。私たち読者が『指輪物語』のページを捲るときに感じる興奮や期待感を、トールキンもまた、同じように感じていたのかもしれません。

魅力的なキャラクター達

ここまでは物語の土台や背景からその魅力を探ってきましたが、ここで『指輪物語』の登場人物にフォーカスしてみましょう。
『指輪物語』の主人公、フロド・バギンズ。世界を脅かす冥王の手から指輪を守るという壮大な使命を受けたフロドですが、旅に出る段階となってもグズグズと踏みとどまり、なかなかホビット庄を離れようとしません。その理由は単純。ホビット庄を出るための抜け道へ行くには、その昔彼を「キノコ泥棒!」と叱り飛ばした百姓の土地を通らなければならないから……。
読者はまず、その軟弱ぶりに驚かされることでしょう。その程度のことで出発をためらう能天気さに呆れてしまうかもしれません。しかし、そうした弱さもまた人物をリアルに見せる良いエッセンスとなり、物語を主人公視点で楽しむきっかけを与えてくれるのです。そして、物語が進むにつれて成長していくフロドの姿を、読者は固唾をのんで見守ることとなるでしょう。

こうした「リアルなヒトらしい弱さ」は、フロド以外のキャラクター達にも多く見られます。偉大な魔法使いでありながら、ときに頑固爺らしい一面を覗かせるガンダルフ。世界を守るべきか故郷を守るべきかを天秤に乗せ、二つの間で心を揺れ動かせるボロミア。過酷な旅の中にいながらどこまでも能天気で、おっちょこちょいで、その好奇心からたびたび一行に危機を招いてしまうメリーとピピン……。
人間誰しも聖人君子にはなれません。物語中のキャラクターだってそうです。心の片隅に弱さを抱えた彼らが、ときに打ちのめされ、ときに絶望もしながら、それでも困難に立ち向かっていく姿にこそ、私たちは惹かれるのでしょう。

さいごに

今回は、刊行から半世紀が経っても色褪せない『指輪物語』の魅力に迫りました。
幾度もの修正を重ねて作り込まれた世界観、研究者らしい情熱が注ぎ込まれた架空言語、そして等身大の弱さを見せてくれるキャラクターたち。
『指輪物語』をすでに読んだことがある人も、あるいは未読の人も、ぜひこの機会に一読してみてはいかがでしょうか。手の中に広がる無限の世界に、きっと圧倒されることでしょう。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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