アガサ・クリスティ:毎年執筆を続けた真摯な女性推理作家

アガサ・クリスティ(1890-1976)イギリスの推理作家。1890年、イギリス南西部のデヴォンシャーで誕生します。3人姉兄の末っ子として育ちますが、幼少期は学校教育を受けずに過ごしました。しかし、実業家である父親の破産や病死をきっかけに、アガサは小説家として活動を始めます。

自己流識字から薬学の知識を習得し、小説へ

10歳以上歳の離れた姉と兄は、学校に通っていましたが、彼女だけ通う事を許されませんでした。そのため、両親や使用人から特殊な教育を受けて育ちます。中流階級の家庭で育った彼女ですが、父親は祖父の残した遺産を投資家に預け、自身は働きませんでした。実業家とは名ばかりで商才に乏しく、学費を支払えないほど生活が困窮していたため、母親が教育を施したのではないかと推察されます。

彼女は7歳まで文字の読み書きの教育を受けず、自力で習得しようと努力しました。8歳になってから読み書きの教育を受けると、読書に没頭するようになります。特に「若草物語」などの児童書やアメリカの冒険小説を読むのが好きでした。また、音楽の教育も受けると、ピアノやマンドリン(弦楽器)などの楽器が弾けるようになります。

しかし、1901年に父親が55歳で亡くなりました。病気がちな彼は、思うように仕事が出来なかったのです。この死によって経済的に一層苦しくなり、兄は陸軍へ入隊、姉は結婚する事となりました。彼女は兄や姉と別々に暮らす事になったため、“自身の幼少期はここで終わった”と後に語っています。

その後の1909年、エジプトのカイロを舞台にした長編小説「砂漠に降る雪」を書き上げますが採用されず、イーデン・フィルボッツの紹介でエージェントと出会い、執筆活動を続けました。翌年、母親が体調を崩してしまい、エジプトのカイロで3ヶ月ほどの療養生活を共に過ごします。大人になった彼女は、自身の結婚も考えなければならず、多くの社交場へ足を運ぶようにもなりました。

1914年、彼女が24歳の時にクリフォード卿夫妻の邸宅で開かれたダンス・パーティでアーチボルト・クリスティ大尉と出会い、結婚します。この結婚を機に、第一次世界大戦中は看護師として、人の役に立つ道を選びました。初めて手術台の前に立った時、負傷兵の皮膚にメスが入り、血を見た瞬間に失神して倒れてしまったというエピソードが残っています。その後は切断手術の後片付けや手術場の清掃をこなし、薬剤部へ配属されました。その頃に得た毒物や薬物の知識は、彼女の小説に大きく活かされていきます。

※探偵(イメージ)

彼女は時間が出来ると、推理小説や探偵小説を書くようになりました。日頃、毒物や薬物に囲まれる生活の中で、毒物による殺人事件やトリックに辿り着く事は、自然の事だったようです。最初の長編探偵小説「スタイルズ荘の怪事件」を書き上げ、複数の出版社へ送ったところ、ボドリー・ヘッド社からの出版が決まりました。この作品では、変わり者でユーモア溢れるベルギー人の探偵、エルキュール・ポアロが登場。シリーズの常連となるアーサー・ヘイスティングズ大尉やジャップ警部も登場します。第一次世界大戦中に負傷したイギリス人兵士ヘイスティングズがスタイルズ荘を訪れ、奇妙な死を目の当たりにし、事件解決へ挑んでいくという物語です。


夫の裏切りと失踪

アガサとアーチボルドの結婚生活は、順風満帆でした。彼女は1919年、29歳で娘のロザリンドを出産。アーチボルドが空軍から除隊した後も金銭には余裕がありました。1922年、32歳の頃には2作目の推理小説「秘密機関」を書き上げます。この作品は、久々の再会を果たした幼馴染の二人が金儲けのために「青年冒険家商会」を作り、「ジェーン・フィン」というイギリス人女性の行方を捜査するという物語です。1923年、33歳の頃には3作目の推理小説「ゴルフ場殺人事件」を書き上げました。この作品は、「スタイルズ荘の怪事件」にも登場したポアロが大富豪からの依頼を受け、ヘイスティングズと共に殺人事件の真相を解明していくという物語です。

※執筆活動(イメージ)

執筆活動を順調にこなし、何の問題もないように思えた結婚生活ですが、終止符が打たれる事となります。それは1926年、36歳の頃に夫から思いがけない告白を受けた事が原因でした。


「他に好きな女性が出来たので、彼女との結婚のために別れてほしい。」その告白を受けたアガサは、小さなスーツケースに荷物を詰め、眠っている7歳の娘ロザリンドにキスをすると、車に乗って屋敷を出ました。翌日の朝、乗っていた車は土手下の藪に乗り上げており、彼女は失踪してしまったのです。アーチボルドは、軍隊を退いてからビジネスの世界に転身したものの、作家として売れていく妻の隣で、彼の自尊心はひどく傷ついていました。そんな時、ゴルフクラブでナンシー・ニールという10歳年下の女性と出会い、心を奪われてしまったのです。

失踪から11日後、ヨークシャーにあるハロゲート・ハイドロパシフィック・ホテルに滞在中の「テレサ・ニール」という女性がアガサではないかという通報があったのです。すると、アーチボルドは記者に対して「アガサは自分の名前も、夫である私の事も、全て記憶から消えている。」と発表。その後、二人は離婚しました。

※オリエント急行の車内

二度目の結婚と晩年

1930年、アガサは中東へ旅に出ます。この経験から、後に「オリエント急行殺人事件」を書き上げたと言われています。この作品は、列車内の密室殺人事件に挑む推理小説で、現在も各国で映画化やドラマ化される彼女の傑作となりました。ポアロに護衛を依頼したアメリカの富豪ラチェットが遺体で発見され、その謎を解き明かしていくという物語です。

アガサは、中東旅行で出逢ったマックス・マローワンという考古学者と再婚。しかし、1976年に彼女が亡くなった後、彼もまた長年の愛人であったバーバラ・ヘイスティングス・パーカーと結婚しています。

1973年、彼女が83歳の時に書き上げた「運命の裏木戸」が最期の作品となりました。この作品は、おしどり探偵であるトミーとタペンスが転居先で“メアリは自然死ではない”というメッセージ入りの本を発見するというミステリー小説です。

1976年、アガサは高齢のため、風邪をこじらせて亡くなります。しかし、彼女の死後、推理小説「スリーピング・マーダー」が発表されました。新婚のグエンダ・リードが新居を求め、夫のジャイルズより先にイングランドへ訪れます。彼女は初めて訪れた土地のはずなのに、何故かヒルサイド荘の家に懐かしさを覚えました。まるで何からな何まで知り尽くしているようなデジャブ感。この作品は、回想の殺人を描いた物語です。

※アガサ・クリスティの作品(イメージ)

彼女は、毎年のように新作を発表し、真摯に執筆活動を行いました。彼女の作品は、現代でもファンが多く、これからも読み継がれていく事でしょう。

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