ジョージ・ハリスン:「静かなるビートル」と呼ばれた男の活躍

(Public Domain /‘George Harrison in the Oval Office during the Ford administration.’ by David Hume Kennerly. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

ビートルズのリードギターとして活躍したジョージ・ハリスン。ビートルズ解散後はロック史に残るアルバムを作成します。そんなジョージ・ハリスンの活躍に目を向けてみましょう。

彼は、ビートルズ時代はジョン・レノンとポール・マッカートニーというビートルズの中心的なメンバーの影に隠れていました。

しかし、友人でもあるエリック・クラプトンは、初期のビートルズの頃からジョージのことをとても高く評価していました。やがてビートルズ後期になると、彼はビートルズの中でも目立ち始め、名曲を完成させるのです。

ビートルズ解散後は自分自身の音楽を追求していき、ソロでも大活躍します。音楽の評論家では「ビートルズが解散して最も得をした元ビートル」とも評されるほど。この記事では「静かなるビートル」と呼ばれたジョージ・ハリスンについて見ていきましょう。

ジョンとポールに隠れるジョージ

(Public Domain /‘The Beatles and Lill-Babs 1963’ by PRESSENS BILD (Mikael J. Nordström). Image via WIKIMEDIA COMMONS)

60年代を代表するロックバンドであり、音楽の幅を大きく広げたビートルズは1962年にデビュー。爽やかなアイドル的立ち位置で、ロックンロールやポップソングを演奏していたビートルズ初期の頃から、楽曲作りはジョンとポールのお得意でした。

特に、最初はジョンの楽曲が目立っています。アルバムに収録される楽曲は、「レノン=マッカートニー」が作詞・作曲したものやカバーソングがほとんどでした。

ジョージが初めてビートルズで作詞・作曲を手がけたのは、2枚目のアルバム「With the Beatles」に収録された「Don’t Bother Me」という作品です。

ジョージはこの楽曲に対して「いい歌とは思えない」と発言。ジョンとポールが良い曲を書いていたからこそ、他の楽曲と自身の楽曲を比べたのでしょう。確かに、「All My Loving」の次ということもあって印象に残らない楽曲です。

しかしこの苦い経験から奮闘し、のちにビートルズのアルバムにジョージ作成の楽曲が収録されるようになるのです。

アルバム「Help!」では彼の楽曲が「I Need You」「You Like Me Too Much」の2曲採用されており、落ち着きのあるフォークソングがベースになっています。どこか懐かしいと感じる楽曲が多い気がしますね。

他にビートルズのアルバムに収録された楽曲として有名なのは、「The Beatles (通称ホワイトアルバム)」に収録された「While My Guitar Gently Weeps」や、「Rubber Soul」に収録された「Taxman」、「Abbey Road」に収録された「Something」などでしょう。どの楽曲もジョンやポールに引けを取らず、特に「Taxman」はアルバムの冒頭曲にもなった、シンコペーションが印象的な楽曲です。

ビートルズに新たな色を加えようとする

ジョージはロックンロールやフォークだけでなく、世界の音楽にも興味があったといいます。ホワイトアルバムを作成する前、ビートルズ4人はインドの瞑想修行に行っていますが、これは彼が発案ではないかとも言われています。この時からインドの音楽に興味があったのです。

そして、ジョージがビートルズに残したのは楽曲だけはありません。むしろジョンやポールとの違いを示すため、サウンドに12弦ギターやインド楽器のシタールなどを取り入れます。

特にシタールは、ビートルズがサイケデリックに傾倒していった時期に使われるようになります。これはインド音楽に興味を持ったことが大きなきっかけとなったのでしょう。また彼は、当時のジョンとポールに作曲能力では太刀打ちできないと考えていたのかもしれません。

解散直後のアルバムが大ヒット

ビートルズが解散したのは1970年に入ってから。メンバー間の不仲や、それぞれやっていきたい音楽の違いなどから解散しました。

ジョージとしては、ビートルズ時代の後半にかけてソロ活動を視野に入れていたと言います。そして彼は、ビートルズ時代から作ってきた楽曲を加え、ソロアルバムを完成させます。これこそがロック史に残る「All Things Must Pass」です。

このアルバムは1970年にリリースされ、70年代ロックの幕開けのアルバムとして印象付けました。全米全英では、7週にも渡り1位を獲得しています。

ビートルズ時代につちかってきたソングライティング能力が発揮されており、「While My Guitar Gently Weeps」や「Something」などの傑作に並ぶような名曲も誕生しています。シングルにもなった「My Sweet Lord」はロックの名曲になっている、フォークを基調とした心地よい楽曲です。

このアルバムを聴くと、彼にもまた音楽的な才能があり、ビートルズ時代はジョンやポールに隠れていただけなのだと感じるでしょう。「All Things Must Pass」はフォークや古さを感じさせる懐かしいサウンドが特徴的。後半になるにつれてロックを感じる音楽になっていくのも面白いところです。また、エリック・クラプトンをはじめとし、数々のミュージシャンが参加しています。これはビートルズ時代から外部との交流を盛んに行なってきたからこそ実現できたことでしょう。

解散後も活躍し続ける

ビートルズが解散した直後、ロックの歴史に残る名盤「All Things Must Pass」を発表しました。その後はソロ名義のミュージシャンとしてアルバムを発表し続けます。一方で、彼の音楽活動は全てがうまくいったわけではなく、様々な災難にあうことにもなるのです。

「All Things Must Pass」の後も、全米や全英で10位以内に入るアルバムを出し続けます。しかし、80年代に入った頃には徐々に売れなくなっていきました。

その間は副業として行なった映画のプロデューサー業が成功し、また20世紀最大のロックチャリティーコンサートとも呼ばれているバングラディシュ・コンサートも開催。これはロック音楽としては初めてのことでした。

1974年には自身のレーベル「ダーク・ホース・レーベル」を起ち上げ、シタール弾きの師でもあるラヴィ・シャンカールのアルバムなどをリリースします。しかし、1980年代の半ば頃になると音楽への興味が減退していき、ほとんど曲を書かなくなったのです。

そんな時、エレクトリック・ライト・オーケストラのジェフ・リンと知り合ったことで音楽への興味を取り戻していきます。1987年には新たなアルバム「Cloud Nine」を5年振りにリリース。もちろんプロデューサーにはジェフ・リンを起用しました。こうして彼は復帰し、大ヒットしたのです。特にシングルカットされた「Got My Mind Set On You」は、ジョージを知らなくても聴いたことがあるひとは多いのではないのではないでしょうか。このアルバムのリリース直後からは、スーパーグループ「トラヴェリング・ウィルベリーズ」を組み活動しました。

20世紀が終わる1999年は、レコーディングを精力的に行い、ニューアルバムを作ろうとしました。しかし同年、自宅に侵入した者に刃物で刺されてしまいます。命に別状はなかったものの、ジョンの射殺を連想させたこともあり、世界に衝撃を与えました。

その後ほとんど音楽の活動などはできず、2002年に肺がんと脳腫瘍で亡くなります。2004年にはソロアーティスト名義でロックの殿堂入りを果たしています。

ビートルズ時代にはとても苦しんだジョージ・ハリスン。自分の作成した楽曲はアルバムにもなかなか収録されず、ギターソロに関してはポールなどから制限されることもあり、彼はビートルズのメンバーの中でもソロを志したのがもっとも早かったと言われています。

そのソロ活動への志は、ビートルズ解散の原因の1つ。しかし解散後はソロとして精力的に活動し、大規模なコンサートや映画プロデュース、アルバムの大ヒットなど、音楽業界はもちろん、その他の業界でも成功を収めます。そしてソロのアルバムは、ビートルズ時代で発揮できなかった個性が詰まったものとなっているのです。特に「All Things Must Pass」は一聴していただきたいと思います。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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