アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ:「うわばみ」に見えるかどうか?

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アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(1900年-1944年)は、フランスの作家。自身のパイロット経験を活かした作品を発表しました。代表作に、「星の王子さま」「人間の土地」「夜間飛行」などがあります。

「僕の作品第一号だ。」
そんなページから始まるサン=テグジュペリの「星の王子さま」。作者自身の手で描かれたイラストは、まるで子どもが描いたかのよう。一見へんてこな帽子にも見えますが、うわばみに飲みこまれた象の絵だそう。大人たちは言います。「そんなよくわからない絵を描いていないで勉強しなさい」と。しかし、ある日主人公が遭難したサハラ砂漠で出会ったばかりの少年は、一発で見抜いてしまいました。それが象を飲み込んだうわばみの絵だと。
この「星の王子さま」を書いたサン=テグジュペリは、寡作ながらも世界中で有名な作家です。パイロットでありながら作品を書き、最期は地中海上空で行方不明となりました。
空と人間を愛した、詩的な作家について紹介していきたいと思います。

【サン=テグジュペリ】

(Public Domain /‘11exupery-inline1-500’ by Agence France-Presse. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

フランスのリヨンで伯爵の子として生まれたサン=テグジュペリ。4歳のときに父親を亡くしました。母親は子どもたちに音楽や絵画を教えましたが、彼は芸術に関わることが得意でした。幼少期は夢見がちでぼんやりとしていたといいます。まるで「星の王子さま」のように。
飛行に魅せられていた彼は12歳で初めて飛行機に乗り、21歳のときには飛行士免許を取りました。のち航空郵便会社に入社し、フランス、アフリカ、南アメリカの郵便を運ぶ傍ら、自身の体験をもとに小説を書きます。それが「南方郵便機」。男女間の恋愛を描いた唯一の作品ですが、あまり評価はされていません。その後、「夜間飛行」「人間の土地」を執筆し、ベストセラーとなりました。
第二次世界大戦中には偵察機の仕事をします。「戦う操縦士」は、ヒトラーの著作「我が闘争」に対する「民主主義の側からする返答」として高く評価されました。ドイツ占領下のフランスでも制限付きで発行されますが、すぐに発禁図書となり、地下出版物として反ナチ派間で読み継がれたのです。敵国であったドイツ空軍にも読者がおり、サン=テグジュペリが所属する部隊とは戦いたくなかったと語る兵士もいたほど。「ペンは剣より強し」と言いますが、彼の著書に共感する人は多かったようです。
「星の王子さま」は、作者自身の素朴な挿絵とともに世界各国で愛読された作品。フランスからベトナム間を最短時間で飛行する記録に挑戦し、機体トラブルになった自身の体験が反映されています。リビア砂漠に不時着し一時は絶望視されましたが、3日後、徒歩でカイロに生還を果たしました。
1944年、フランス内陸部を写真偵察のため単機で出撃後、地中海上空で行方不明となりました。後に彼が乗っていたと思われる機体が発見され、2003年にはようやく残骸となった機体が回収されたのです。

これまで、フランス国家と市民はサン=テグジュペリに対して敬意を表そうと、彼の彫像を造ったり紙幣に載せたりしています。特に出身地リヨンは、空港、駅など彼の名前に関わるものが多く、ベルクール広場には彫像があります。

【夜間飛行】

郵便飛行業がまだ危険視されていたとき、事業の死活を賭けた夜間飛行に従事する人々を描いた作品。テーマは人間の尊厳と勇気です。作者自身のパイロット経験が活かされたリアルな描写は、郵便飛行開拓期の歴史的資料としても重要視されています。
主人公は郵便飛行業の支配人リヴィエール。彼は老いや疲労からくる寂しさから、個人的な幸福に憧れるようになります。彼の信条は「部下の者を愛したまえ。しかし、それを彼らに知られてはいけない」。支配人であるがゆえ、地上で無事を祈ることしかできないのです。当時の飛行機は常に死と隣り合わせの危険な乗り物。ときには心を鬼にして部下を叱責しなければならないのです。

郵便飛行業という危険な仕事は、多くの人々の役に立つもの。主人公はこの仕事の発展を夢見ます。個々の人間そのものよりも人が為すことに意義を見いだし、犠牲を出してでも郵便飛行事業の発展に人生を捧げようとする様が描かれているのです。
作中では、夜に飛ぶ飛行士たちの孤独と野心に圧倒されます。飛行士たちの生きざまはひたすらストイックで、浮世離れしたものでした。個人の犠牲の上に成り立つ、歴史に残る大事業の意義を説いています。飛行士たちが見ている景色を文章を通して垣間見ることができる作品です。
また、フランスの権威ある文学賞であるフェミナ賞に輝きました。

【人間の土地】

この本はエッセイ集となっています。友情や人間らしい生き方とはなにか、というテーマです。飛行士としての15年間をもとに書かれており、アカデミー・フランセーズ小説大賞を受賞しました。
いま現在、わたしたちが安心して飛行機に乗れているのも、過去に命をかけて航路を開発した人たちがいたから。貧弱な飛行機に乗って、低気圧や夜間飛行に挑んでいきました。あるときは、政治的に敵対関係にある領域に墜落してしまった僚友を助けにいき、見つかったら殺されてしまうという環境で一晩過ごし、またあるときは、夜間飛行中に無線が通じなくなり、星の光のことを町の光だと勘違いして、飛んでいってしまうことも。

全編に渡り語られていることは「空を飛ぶこと」。作者の生きた時代は、まだまだ飛行機の安全が保障されていませんでした。しかし、彼は何度も事故に遭い大怪我をしているにも関わらず、空を飛ぶことを止めなかったのです。あるとき砂漠に不時着してしまったサン=テグジュペリ。生死をさまよいながら歩き続け、蜃気楼、幻、フェネック、井戸など、「星の王子さま」を彷彿とさせる体験をしています。ようやく人里が見えたときの彼の喜びは計り知れませんね。
「愛するということは、お互いの顔を見合うことではなく、一緒に同じ方向を見ること」。そんな名言が記されている作品です。常に空にいて地上を見下ろしていた彼だからこそ、書けた文章ではないでしょうか。

【星の王子さま】

200以上の国と地域の言葉に翻訳され、世界中で総販売数1億5千万冊を超えたベストセラー作品。
さきほども紹介しましたが、作中には「象を飲みこんだうわばみ」が登場します。児童文学ですが、子どもの心を失ってしまった大人に向けての示唆に富んでいる作品です。
砂漠に不時着してしまった男性が星からやってきた王子さまと出会い、その王子さまのこんな話を聞きます。王子さまはある1本のバラを大事に育てますが、あとからバラが大量に咲いている土地を発見してしまい、あんなに大事にしていたバラには価値がないのではと思ってしまいます。そんなとき、きつねと出会い仲良くなり、別れ際「黄色い麦畑を見て、王子の美しい金髪を思い出す」と言われます。「仲良くなる」とは、きつねのことを特別に思い、なにかを見ると思い出してしまうような関係でした。そこで王子さまは「自分だけのバラ」を大切にしていたのは、決して無駄なことではなかったと悟るのです。

王子さまは地球に着くまでにさまざまな星を旅して回ってきましたが、それをふまえて社会風刺している内容となっています。というのも、賞賛の言葉しか耳に入らない自惚れ屋や、夜空の星の所有権を主張し、その数の勘定に日々を費やす実業家などを目にしたからです。「こんな大人になってはだめですよ」という作者からのメッセージにも思えます。
「大切なものは目に見えない」というメッセージが印象的な「星の王子さま」。冒頭で見せられる絵は、まるで読者を試しているかのよう。冒頭の絵を見て、「帽子でしょ」と決めつける大人にはなりたくないものです。子どもはもちろん、大人にこそ読んでほしい物語になっています。

(Public Domain /‘11exupery-inline1-500’ by Agence France-Presse. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

パイロットだった自身の経験をもとに、詩的な物語を書いてきたサン=テグジュペリ。彼の作品は難解な部分が多いながらも、人々を惹きつけています。タイトルだけなら知っているという人も、まずは「星の王子さま」から読んでみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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