ドゥカーレ宮殿:ヴェネツィアに浮かぶ美術館

ドゥカーレ宮殿は、ヴェネツィア共和国の総督邸兼政庁であった建造物。サン・マルコ広場に面して建造されており、運河を隔てて対岸の牢獄跡とため息橋で結ばれています。現在内部は、美術館として公開されています。

ヴェネツィアの有名スポットであるドゥカーレ宮殿。7世紀末から1000年以上に渡って栄華を誇ったヴェネツィア共和国の総督邸兼政庁です。世界最大の油絵が飾られており、ヴェネツィア映画祭の会場としても知られています。ヴェネツィアの玄関口、サン・マルコ広場にある豪華な造りの建造物というだけあって、観光客に人気の場所です。
そんなドゥカーレ宮殿の見どころを、歴史を交えつつ紹介していきます。

【総督邸兼政庁としての歴史】

ヴェネツィア共和国は、歴史上もっとも長く続いた共和国です。7世紀に始まり、イタリア半島のライバル諸国や他国の侵入に絶えず脅かされながらも、卓越した政治や外交、軍事力に支えられていました。このため、共和国国会で選出される総督を中心とした共和制を約1000年もの間保持することができたのです。「アドリア海の女王」「最も高貴な国」とも呼ばれ、信仰の自由や法の支配が徹底されており、元首の息子であっても法を犯せば平等に処罰されました。大航海時代に入ると、地中海貿易に陰りが見え、オスマン帝国との戦いで多くの領土を奪われます。ナポレオン率いるフランスに侵略されると、1797年に降伏し滅亡しました。
そんなヴェネツィア共和国の総督邸であり、立法、行政、司法の中心を司ったドゥカーレ宮殿。8世紀に建てられ、14世紀〜16世紀にかけて何度も改修を経験し現在の姿となりました。外観はゴシック風のアーチが連続し、イスラム建築の影響も見られる細やかな装飾が施されています。

内部にはフレスコ画で彩られた豪華な部屋が並んでいますが、執務室や裁判所、牢獄なども現存。表のきらびやかな様式とは裏腹の、仄暗い雰囲気も併せ持った美術館となっています。

【世界一大きな油絵】

ヴェネツィア共和国の議員たちが法律を承認したり、選挙を行ったりするときに使用した「大議会の間」には、天地7メートル、幅22メートルの世界最大の規模を誇る油絵が飾ってあります。ルネサンス期の画家であるティントレット作の「天国」です。ティントレットは8年もの月日をかけて、この大きな絵を完成させました。イタリアを代表する作家ダンテの「神曲」からヒントを得たともいわれています。何人もの聖人や天使が、幾重にも重なってキリストとマリアを取り囲んでいるこの作品にはとてつもない迫力があります。マリアを描いているのは、受胎告知の日に建国されたヴェネツィアの正当性を誇示するためだとか。
柱が1本もない欧州最大級のこの部屋には、かつて2000名近くの評議員が集まり、議会があるときには審議して法制化していました。2000名もいたとなると、誰か一人ぐらい議会をサボって絵を眺めていても気づかれなさそうですね。自分や知り合いと似た人物が描かれていないか、探してみるのも面白いかもしれません。

ちなみに、大議会の間にはヴェロネーゼの「ヴェネツィアの勝利」も飾ってあります。「天国」のほうがスケールは大きいですが、こちらも見応え十分な絵画です。また、歴代総督の肖像もズラリと並んでいます。その中に一枚だけ、肖像ではなく黒い旗が描かれているところがあるのですが、これはマリーノ・ファリエルという総督の場所で、彼はヴェネツィア共和国転覆を図った裏切り者だとか。せっかく総督になって美しい宮殿で過ごせたのにもかかわらず、肖像画を描いてもらえないなんて勿体ないですね。

【黄金の階段】

中庭奥に配された大きな階段。共和国議員や貴族、外国からの客人など、限られた人のみが通ることを許されました。24金の金箔と漆喰、フレスコ画に飾られたドーム型の天井は、黄金色に輝いています。その豪華な階段を上がって重要な部屋へと進むことができる演出は、総督の権力を見せつけるため。いかにヴェネツィア共和国が繁栄を極めていたのか印象付けます。
16世紀中頃に、ヴェネツィア共和国の芸術家を総動員して作られたとか。見る者を圧倒する階段です。

【ため息橋】

尋問室と牢獄とを結んでいる橋。独房に入る囚人がこの橋を渡るとき「この綺麗なヴェネツィアの景色を眺めるのは最後だ」とため息をつくことから名付けられました。内部は狭い通路になっており、格子窓から運河の風景を垣間見ることができます。
ドゥカーレ宮殿の地下には「鉛の牢獄」と呼ばれる脱獄不可能とされた牢がありますが、ここから脱獄したのがカサノバというプレイボーイ。「魔術を使った」として宗教裁判に掛けられ囚われたり、「1000人の女性とベッドを共にした」として捕まったり。脱獄を果たしたカサノバは、サン・マルコ広場にあるカフェでコーヒーを飲んで一服してからパリへと逃亡したという逸話も残されています。
牢獄にまつわる話の一方で、日没時に恋人同士がこの橋の下でゴンドラに乗ってキスをすると、永遠の愛が約束されるという言い伝えも存在。日没時には、観光客の乗るゴンドラで渋滞になるのだとか。一見、美しい様式の橋ですが、歴史を知っていると恐ろしくなりますよね。

【4つの扉の間】

(Public Domain /‘Neptune Offering Gifts to Venice’ by Giovanni Battista Tiepolo. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

宮殿の特に重要な部屋へ入るための正式な控え室。名前の通り4つの扉があり、高価なオリエンタルの大理石で装飾を施されています。
この部屋には、18世紀のヴェネツィア派を代表する巨匠ジャンバッティスタ・ティエポロの作品「ヴェネツィアに豊かさをもたらすネプチューン」が展示されているのです。アドリア海の女王と称えられたヴェネツィアを表す女性に、海神ネプチューンが財宝を献上する姿が描かれています。ヴェネツィア共和国がアドリア海を支配し、その海から莫大な富を得ていたということを絵画で表現した作品です。

【ヴェネツィアを飛び回るライオンたち】

ドゥカーレ宮殿は、ヴェネツィアの玄関口である大運河から見てもわかる豪奢な造りとなっています。船に乗ってやってきた人たちが、海から眺めて一番はじめに見る建物がこのドゥカーレ宮殿だったのです。ヴェネツィアの栄華を誇示していたのがよくわかるでしょう。

運河近くに立っている二本の柱には翼のあるライオンが乗っています。運河側から見て左側が聖テオドロス、右側がマルコの象徴です。どちらもヴェネツィアの守護聖人ですが、かつてはこの柱にロープを渡して公開処刑を行うのに使われていたそう。今ではもちろんそんなことはないですが、現在の華やかなヴェネツィアの様子からは想像できません。
ヴェネツィアでは、いたるところでライオンを見かけます。

ドゥカーレ宮殿にある、市民からの投書を受け付けていた「ライオンの口」もそのひとつ。厳しい顔をした人物の彫刻が施されています。人間の顔をしていますが、このような呼称になっています。かつては、治安機関である十人評議会への密告書を受け付けていました。郵便ポストのように、外から来た人はこの口に手紙を入れられるようになっているのです。

また、「天国」の絵のなかにもライオンが描かれており、ヴェネツィアにとってなくてはならない存在だということがわかります。ヴェネツィアの象徴である翼の生えたライオンを探してみるのも楽しいかもしれません。

【国立マルケ美術館】

ドゥカーレ宮殿そのものが芸術ですが、宮殿内部は国立マルケ美術館となっており、多くの絵画や美術品が展示されています。宮殿のなかで有名な画家の絵画を鑑賞できるのです。ラファエロの「貴婦人の肖像」、ティッツイアーノ・ヴェチエッリオの「最後の晩餐」や、「キリストの復活」などが展示されています。ピエロ・デラ・フランチェスカの絵画も見応え十分。宮殿の中に招待された貴族のような気分で観覧できる美術館です。

【フェデリコ公の書斎】

(Public Domain /‘portrait of Duke Federico da Montefeltro of Urbino’ by Piero della Francesca. Image via WIKIMEDIA COMMONS

イタリア・ルネサンス期のウルビーノ公国君主だったフェデリコ公。槍試合で片目を失ったため、ほとんどの肖像画は横顔で描かれています。彼は芸術を愛し文芸を愛読していたため、蔵書はバチカン図書館をもしのぐほどといわれていたとか。
この書斎には、古代の哲学者・皇帝などの偉人の肖像が28枚並んでいます。ただ、うち14枚はナポレオンによってルーブル美術館に持っていかれてしまった過去から、その分の肖像はレプリカです。寄木細工で作られた壁には隠し扉があったり、楽器や天体観測グッズなどが描かれていたり。なかでも笛は、部屋のどこに立っていても自分を指しているように見えてしまいます!高貴な遊び心満載の書斎となっています。

海の都ヴェネツィアに建つドゥカーレ宮殿。その美しさに思わずため息がこぼれてしまいます。きらびやかな広間とは裏腹の、牢獄や処刑場なども宮殿内部に現存し、かつてのヴェネツィアの光と影を両方垣間見ることができるのです。ヴェネツィア観光の際は、ぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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