インド人のビジネス・コネクションの海、インド洋を目指す中国、日本、フランス

インド洋はその名の通り、インド人が古くから海を渡り交易してきた「海のシルクロード」である。アラブ人や中国人、15世紀末以後はヨーロッパ人と共存しながら、沿岸のアジア、中東、アフリカ諸都市にインド人コミュニティ「リトル・インディア」をつくり、ビジネス・コネクションを築いてきた。UAEのドバイは人口の40%がインド系で、アフリカ諸国の経済にもインド系が深く関与している。インド洋は歴史的に英国との関係が深いが、最近は中国、日本、さらにフランスもこのインド洋コネクションを重視し、経済関係を深めようとしている。

20世紀、大英帝国の海が「インドの海」に

インド洋は太平洋、大西洋に次ぐ世界第3位の大洋。紅海やペルシア湾などの付属海域を含めない総面積は約7355万平方キロメートル。中央を赤道が横切り、南は南極海に接している。

沿岸の国々はアフリカ大陸の南端から時計回りに、南アフリカ、モザンビーク、マダガスカル、モーリシャス、コモロ、セーシェル、タンザニア、ケニア、ソマリア、ジブチ(以上アフリカ)、イエメン、オマーン、イラン、パキスタン、インド、モルディブ、スリランカ、バングラデシュ、ミャンマー、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシア、東チモール(以上アジア)とオーストラリアである。インド洋上には英国領、フランス領の島々もある。
※南極大陸は1959年の南極条約で国家の領土主権、請求権が凍結されている。
インド洋沿岸諸国で人口最大の国がインド(13億1690万人)、第2位がインドネシア(2億6199万人)、第3位がパキスタン(1億9726万人)、第4位がバングラデシュ(1億6319万人)である。インドとパキスタン、バングラデシュ、スリランカ(2144万人)、ミャンマー(5265万人)の5ヵ国は1947年まで「英国領インド」だったため、歴史的に「インド圏」に属した国々の存在感は圧倒的(人口はIMF「World Economic Outlook Databases」2018年10月版による)。インド人にとってインド洋は「われらの海」とも言えそうな存在である。

インド洋は古代から開けた東西交易路で「海のシルクロード」と呼ばれた。行き交ったのが主にアラビア人、インド人の貿易船で、15世紀末にポルトガルのバスコ・ダ・ガマがアフリカ南端を回ってインドに到達すると、ポルトガル、スペイン、オランダなどヨーロッパ人の貿易船がそれに加わった。
その後、18〜19世紀に英国とフランスの植民地争奪戦の舞台になり、最終的に英国が勝ったためインド全土や東アフリカ、マレー半島、オーストラリア大陸など沿岸の大部分は植民地とされ、インド洋は「大英帝国の海」となった。とはいえ、その英国海軍の大砲を積んだ帆船も、航海者バスコ・ダ・ガマも、15世紀前半にアフリカ東岸まで到達した中国・明の鄭和の艦隊も、インド人やアラビア人が貿易風や海流を巧みに利用して開拓したインド洋航路に「便乗」しなければ、その偉業は達成できなかっただろう。
第二次世界大戦後、インドなど英国領だった沿岸諸国は次々に独立。1968年に英国が「スエズ運河以東からの撤兵」を表明したことでインド洋は「大英帝国の海」でなくなり、名実ともに「インドの海」となった。

インド洋沿岸諸国のインド人コネクション

なぜ、インド洋は「インドの海」なのか?それは東アフリカや中東、東南アジアでもオーストラリアでも、ダーバン、ダルエスサラーム、モンバサ、アブダビ、ドバイ、シンガポール、パースなど、インド洋沿岸の大きな港町を訪ねてみればよくわかる。
そこには必ず、英語で「リトル・インディア」と呼ばれるインド系移民のコミュニティがあり、ビジネス・コネクションを築いたインド系の商人がその都市の経済で大きな存在感を示している。シンガポールやマレーシアではインド系は中国系と並び、国家経済を左右するほどの大きな勢力になっている。アラブ首長国連邦(UAE)の大都市ドバイは人口の約40%がインド系移民で占められ、ケニアやタンザニア、南アフリカの経済発展にもインド系が関わりを持っている。
そんなインド系のビジネス・コネクションと太いパイプでつながっているインドの都市が、インド有数の貿易港でインド最大の人口を抱えるムンバイ(旧ボンベイ)である。インド洋沿岸のインド系移民の先祖の多くは、この港から海の彼方へ旅立った。
昔から「東アフリカでビジネスがしたければ、ボンベイ在住のAさんに話をつければスムーズにいく」という類の話が山のようにある。そのAさんは東アフリカのインド人コミュニティに顔が利き、Aさんから紹介される現地のインド系移民の実業家も現地政府の高官に顔が利くため、そのコネクションに「便乗」すれば東アフリカでのビジネスは驚くほどスムーズに進む、というわけである。
UAEのドバイなどの中東諸国、マレーシアやシンガポールなど東南アジアでも、インド系移民のコネクションはビジネスの世界でアフリカ同様に大きな力を発揮し、彼らはアメリカやヨーロッパ、日本や中国の大企業からコミッション(周旋料)を得ている。
「インド独立の父」マハトマ・ガンジーは英国のロンドンに留学し、弁護士の資格を得ると1893年、南アフリカのダーバンでインド系の大商人の顧問弁護士になり、現地に住むインド系移民の権利を守り、英国の植民地政府に差別を撤廃させる活動をした。1915年にインドに帰国するとボンベイに居を構え、英国からの独立運動を始めている。まさにガンジーは、インド洋上にネットワークをめぐらせるインド系移民のコネクションの中から現れた活動家だった。

インド洋に中国、日本、そしてフランスも

20世紀後半、インド人の「われらの海」となったインド洋は、まず原油タンカーが往来するルートとして重要になった。アジアでは日本の経済成長が先行し、資源の乏しい日本へ大量の原油が中東からインド洋経由で運ばれた。1960年代には韓国、台湾、香港、シンガポールの「アジアの4匹の龍」が頭角をあらわし、続いて中国の改革開放政策、ベトナムの刷新(ドイモイ)政策、インドの新経済政策が次々に始まり、アジアは世界の成長センターになっていく。インド洋はアジアでつくられた工業製品をヨーロッパに輸出する海上ルートとして、その存在感を増した。
そして21世紀、アジアでは中国に代わってインドが、そしてアフリカ大陸が次の時代の世界の成長センターになろうとしている。それはインド洋が今後、21世紀後半にかけて「経済成長の海」になっていくことを意味する。インド系の移民が築いたインドとアフリカのコネクションは、ますますその重要性を増していくことだろう。
インド洋には大国も大きな関心を寄せている。18〜19世紀にインド洋を「大英帝国の海」にした英国は、インド洋の中央部にあるチャゴス諸島などを海外領土として保持し、その一部のディエゴガルシア島をアメリカが租借して軍事基地を置いている。1990年からの湾岸戦争、2001年のアフガニスタン攻撃、2003年からのイラク戦争ではアメリカ軍の爆撃機がこの島から出撃した。
しかし今、英国やアメリカ以上にインド洋に熱い視線を送っているのが中国である。「真珠の首飾り(String of Pearls)戦略」と名付け、重要な海上貿易路上にあるオーストラリア、ミャンマー、バングラデシュ、スリランカ、パキスタン、モルディブ、オマーン、カタール、ケニア、タンザニアの港湾整備を手がけている。タイ南部のクラ地峡に運河を掘削し、シンガポールやマラッカ海峡を通らない南シナ海とインド洋のショートパス(近道ルート)をつくる構想も浮上している。

さらに中国は2014年に「一帯一路政策」を提唱。「一路」として中国南岸から東南アジア、インド洋を経由して中東、東アフリカを結ぶ「21世紀海上シルクロード」の構想を打ち上げた。それは15世紀の明の鄭和が率いた中国艦隊の航路に重なる。中国政府は、一帯一路政策をあくまでも経済の構想で軍事的な意図はないと強調しているが、周辺国ではその言葉はあまり信用されていない。
一帯一路政策に対抗するかのように、日本は2016年に「自由で開かれたインド太平洋戦略」を打ち出す。世界の成長センターのアジア、潜在力にあふれるアフリカという2つの大陸の繁栄の実現に取り組むとし、インド洋を太平洋と並ぶ重要な海と位置づけた。
このように中国と日本がさや当てしているインド洋に、新たなプレイヤーとしてフランスも登場してきた。2018年3月、マクロン大統領がインドを訪問して軍事協力協定をし、フランス政府は6月にインド太平洋防衛政策を発表した。中国の一帯一路政策の牽制がその目的だが、海洋安全保障だけでなく経済関係もより深めようとしている。

フランスは英国同様、アフリカ諸国と強力な経済関係がある。旧植民地は北アフリカ、西アフリカに偏るためインド洋に面するのはマダガスカルだけだが、その近海に海外県のレユニオン島を保持し、フランス海軍のインド洋の拠点としている。ここは中国も日本も重要視する「アジア−インド−東アフリカ」の海上貿易ルートでは要の位置にある。
そのレユニオン島にもインド系移民のコミュニティがあり、県庁所在地の港町サン=ドゥニでは人口約15万人の30%(約4.5万人)ほどがインド系で占められ、フランス系よりも多い。彼らは商業や観光業に従事していて平均所得が高く、多くはフランス語以外にインドの公用語の英語も話せるため、インド系のビジネス・コネクションを介してインドにも東アフリカにも関係が築ける。この島は軍事だけでなく経済でも今後フランスのインド洋戦略の最大の拠点になりそうだ。

インド洋は古くからアラビア人、中国人、ヨーロッパ人などの貿易船が行き交い、やがて大英帝国が覇権を築いたが、彼らと協力し、あるいは従いながらインド人はインド洋沿岸各地に移住してコミュニティを築いていった。それが今、ビジネス・コネクションという彼らの財産になっている。21世紀、中国や日本、フランスがアジアとアフリカをつなぐ経済成長の海、インド洋に熱い視線を送っているなか、母国インドも含めた大国の利害の狭間でインド系の人々はクールに、したたかに利益を得て生きていくだろう。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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