クリスト&ジャンヌ=クロード:「梱包」するアート

クリストとジャンヌ=クロードは「梱包」をテーマとして大規模な作品を制作した現代アーティスト。フランス、パリのポン・ヌフやアンブレラ・プロジェクトなど、これまでにない試みはアートシーンに大きな反響を与えました。

クリストとは

クリストは1935年ブルガリア、ガブロヴォに生まれました。本名はフリスト・ヴラディミロフ・ヤヴァシェフといい、基本的にはクリストと名乗ってアーティスト活動を行っています。彼はソフィア美術学校で学び、ウィーン美術学校に留学、1958年にはパリに移住します。この際は肖像画を描きながら生計を立てていました。

妻であるジャンヌ=クロードはフランスの軍人である父のもと、モロッコに生まれました。チュニス大学でラテン語と哲学を学び、1958年にクリストと出会い、翌年には結婚しています。彼女は2009年11月18日に亡くなりましたが、最期までクリストのパートナーとして彼と共に芸術を追い求めました。その後クリフトは2020年5月31日に84歳でその生涯を終えたのです。

梱包というテーマ

クリストとジャンヌ=クロードの作品のテーマは「梱包」です。1958年頃から日用品を梱包し、作品として発表するようになります。この頃から巨大な建築物や自然を「梱包する」というアイデアを思いつくようになったのです。

1960年以降になると作品は巨大化していき、美術館の建物を丸ごと梱包したり、オーストラリアの高さ15メートル、長さ2キロメートルにわたる海岸を丸ごと梱包したりと途方もないスケールの作品を制作するようになっていきました。

(Public Domain /‘A SIX-TON CURTAIN BILLOWS ACROSS RIFLE GAP -CONCEIVED BY ARTIST CHRISTO JAVACHEFF, EXECUTED AT A COST OF $700,000. THE “CURTAIN” WAS RIPPED TO SHREDS BY CANYON WINDS IN 24 HOURS’by Bruce McAllister. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

こうした作品は突拍子もないもののように思えますが、もともとは日常に埋没した風景をテーマとしたもの。パリのポン・ヌフは、パリの人々にとってありふれた橋であり、また、ベルリンのライヒスタークもそうした建築物の一つです。しかしこうした建築物や風景を梱包することによって、都市や自然の風景は一変します。「梱包」と聞くとありふれた行為のように思えるかもしれませんが、これほどのスケールで梱包を行うことで、これまで日常的に視界に入っていた建築物や自然はまるで別人のような顔を見せるようになるのです。

行政との軋轢

この梱包プロジェクトを行うにあたり、クリストとジャンヌ=クロードはいくつかの大きな問題を解決しなくてはなりませんでした。

一つ目は行政との交渉です。これほどまでに大きなプロジェクトを行うとなると、安全管理の問題や交通規制などの問題が生じてきます。そうした問題を解決するためには行政と交渉しなくてはなりません。そしてその交渉には数ヶ月から数年もの歳月を要します。

二つ目は金銭的な問題です。それぞれのプロジェクトにかかる費用は、巨大化すればするほど巨額になっていきます。クリストとジャンヌ=クロードは美術館や政府、企業から一切の援助を受けることなくプロジェクトの資金を調達しており、プロジェクトの完成を予想したドローイングやコラージュ作品などを販売し賄っています。

三つ目は住民との問題です。建築物や自然を梱包するにあたり、その地域に住む人々の許可を取らなくてはなりません。梱包プロジェクトをアートとして認められない、そもそもプロジェクトを行う必要性を見いだせないなど、「建築物や自然を梱包する」という行為が奇異に映り、住民はプロジェクトを受け入れられないとする場合も多々あります。実際に1960年代から作品の構想があったのにもかかわらず、実現には数年から数十年がかかるということもありました。その年月の長さは梱包プロジェクトの難しさを感じさせます。

クリストとジャンヌ=クロードの作品

クリストとジャンヌ=クロードの作品は上記で述べた通り、さまざまな問題を解決しなくてはならず、構想から何十年もの歳月を要するものでした。しかし実際にいくつものプロジェクトが実現し、それを目にした人々は感動と驚きの声をあげています。以下ではそんな梱包プロジェクトの主要な作品をご紹介します。

《梱包されたポン・ヌフ》1985年

フランス、パリのセーヌ川にかかる橋で、フランス語で「新しい橋」を意味します。しかし実際は16世紀から17世紀にかけて建設されたため、パリに現存する最古の橋となっています。クリストは当時の市長シラクと9年間にもわたる交渉を経てプロジェクトに着手、乳白色の布地でポン・ヌフをすっぽりと包み込みました。梱包の仕方もただ包み込むのではなく、綿密に計算されたプリーツを作り上げ、美しい光景を生み出したのです。

《梱包されたポン・ヌフ》は2週間の間展示され、その後布地は撤去されました。このプロジェクトに対してさまざまな批判があったものの、その作品を目にした人々からは驚きと称賛の声が上がりました。

《アンブレラ・プロジェクト》1991年

カリフォルニアの砂漠地帯に1760本の黄色い傘を、日本の茨城県の水田地帯に1340本もの青色の傘を同時期に点在させるというプロジェクト。一本の傘の大きさは高さ6メートル、直径は約8.7メートルと傘というよりはパラソルに近いものでした。

展示は1カ月弱の間で行われ、日本では57万人、アメリカでは250万人が現地を訪れました。しかし日本は台風シーズンだったため、安全上の問題で傘が閉じられていることが多く、訪れた観客の中には残念がる人もいたようです。

また《アンブレラ・プロジェクト》は死者が出てしまったことでも問題になりました。アメリカでは強風で傘が倒れ観客の一人が死亡、数名が負傷し、日本でも撤去作業中に作業員の男性が一人死亡しています。どれだけ準備を行ったとしても自然を相手にした場合、不慮の事故が起こる確率が0になることはありません。そうした意味ではこうした大規模なアートプロジェクトを行うにあたって訓戒となった出来事でした。

《梱包されたライヒスターク》1995年

1894年から帝政ドイツ、ヴァイマル共和国の下院の議事堂として用いられた建築物です。1990年ドイツ再統一の式典はここで行われており、ドイツの象徴といえるかもしれません。

それだけに、このプロジェクトを行うにあたっての交渉は長く厳しいものでした。ドイツ議会をも巻き込み長年論争が行われ、24年の歳月を経て完成したプロジェクトはわずか2週間のみ公開されました。ポリプロピレン布で覆い隠されたライヒスタークは、まるで違う表情を見せており、このプロジェクトに訪れた人数は500万人に及びました。

おわりに

(Public Domain /‘Christo in NYC’by Symbiosus. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

クリストとジャンヌ=クロードの作品は、瓶や椅子といった日常品を梱包することから始まり、ポン・ヌフやライヒスターク、海岸といった巨大なものへと変化していきました。梱包プロジェクトを行うにあたり、行政や住民の理解を得られるまで交渉を行わなくてはならず、またプロジェクトが巨大になればなるほど巨額の予算が必要になります。もちろん長い年月も必要です。

それでもクリストとジャンヌ=クロードがプロジェクトを続けてきた理由は何だったのでしょうか。それはただ純粋にその光景を見てみたい、という思いからかもしれません。そしてその思いが幻想的な光景を生み、人々の心に感動を呼び起こすのです。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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