ノーマン・ロックウェル:アメリカの市民生活を描いた画家

(Public Domain /‘Perpetual Motion’ by Norman Rockwell. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

ノーマン・ロックウェルはニューヨークで生まれたアメリカを代表するイラストレーター。アメリカの市民生活をテーマとしたロックウェルの作品は、今もなお高い人気を誇っています。

ノーマン・ロックウェルとは

(Public Domain /‘NormanRockwell’by United States Bureau of Reclamation. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

ノーマン・ロックウェルは1894年、アメリカ合衆国ニューヨークに生まれました。父親、祖父ともに画家で、農場や家畜、納屋といった牧歌的な風景画を好んで描いており、ロックウェルの画風は父親や祖父から影響を受けたものと考えられています。

14歳から日曜日はチェイス美術学校に通い、美術教育を本格的に受けるようになります。高校を中退し、ナショナル・アカデミー・スクールに入学するもアカデミーの授業は窮屈で合わず、ニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグに転校。アート・スチューデンツ・リーグは当時もっとも進んだ美術学校として知られており、トーマス・フォガティやジョージ・ブリッドマンから教えを受けました。16歳のときには4枚のクリスマス・カードの依頼を受け、翌年には「なぜなに問答」という本の挿絵を担当することになります。この頃にはよく知られるイラストレーターとなっていました。

イラストレーターとして

(Public Domain /‘Scout at Ship’s Wheel’by Norman Rockwell. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

ロックウェルは数々の雑誌の挿絵を担当し、徐々に表紙も任せられるようになります。1913年に「ボーイズ・スカウツ・ハイク・ブック」にイラストを100枚、1914年には、55枚のイラストを「ボーイズ・キャンプ・ブック」に描き、70枚以上のイラストを「ボーイズ・ライフ」をはじめとした若者向けの雑誌に掲載していきました。彼は生涯4000もの作品を制作していたといわれており、多作なイラストレーターとしても知られています。

表紙はアメリカの市民生活を主題としたもので、大変な人気がありました。1916年、「サタデー・イブニング・ポスト」に入社、誰もが目にしたことがあるであろう《THE RUNAWAY》など数多くの名作を発表していきます。この頃にはイラストレーターとして売れっ子になり、「サタデー・イブニング・ポスト」はロックウェルのイラストのおかげで廃刊を免れたといわれています。

第一次世界大戦

第一次世界大戦の際にアメリカ海軍に入隊しようとしますが、体重が足りず入隊を拒否されます。その後すぐバナナやドーナツをたくさん食べ体重を増やし、従軍画家として認められました。チャールストンの海軍造船所での勤務になった際には、海軍の雑誌の挿絵を描いたり、雑誌の注文を引き受けたりする仕事を行っていました。

離婚、再婚と家族生活

一流のイラストレーターとして売れっ子であった彼は、絵を描きながらもパーティーで羽目を外す生活を送っていました。そのため、最初の妻であるイレーヌ・オッコナーは愛想をつかし、離婚してしまいます。その後ロサンゼルスでマリー・バーストウと出会い、再婚。1932年に最初の息子ジェリーが生まれ、1933年には次男トミーが、1936年にはピーターが生まれます。

再婚した当時、仕事に対して行き詰まりを感じていましたが、子どもが生まれたことで創作のテーマを「家族」に向け、1935年には「トム・ソーヤーの冒険」「ハックルベリー・フィン」の挿絵を描き、イラストレーターとしてもブレイクスルーを経験することになります。

ロックウェルの作品

市民生活や家族をテーマにイラストを描いたことで、大きな注目を集めたノーマン・ロックウェル。その作品とはどのようなものだったのでしょうか。

《THE RUNAWAY》1958年

おそらく彼の作品のなかで一番有名な作品です。「サタデー・イブニング・ポスト」の表紙として掲載されたこの作品は、カフェでの一場面を描いています。黄色のTシャツを着た少年の足元には、赤い風呂敷をぶら下げた木の棒があり、その荷物から家出少年であることがわかります。バーのマスターはそんな少年をやさしく見つめており、隣の警察官は家出少年とわかっていながら無理やり家に届けるということはせず、少年の話に耳を傾けています。

ちょっとした生活の一場面を切り取った作品ですが、少年やマスター、警察官の表情やまなざしには非常に人間味が溢れており、ノスタルジックでありながら、思わず笑みを浮かべてしまうような微笑ましささえ感じられます。

《結婚許可証》1955年

キャンバスに描かれているのは小さな町役場の一場面。スーツを着た男性と黄色のワンピースに白のハイヒールを履いた女性が結婚許可証を記入しています。カップルのまなざしは幸福に満ち溢れ、外の柔らかい陽射しが二人を祝福しているかのようです。

その一方で、2人の記入を待っている眼鏡の男性はどこか不機嫌そうに見えます。よく見ると、男性の後ろにある本棚の上には国旗がたたまれています。つまり彼はもう帰り支度をしているところだったのです。カップルが来た時間は役所が閉まる時間すれすれだったため、早く帰りたかった男性は不機嫌になっているのでしょう。また、カレンダーを見ると6月11日の土曜日となっています。この時代は週休二日制ではなく、日曜日のみが休みになっていました。明日が週に1度の休みと思えば、早く帰りたいのは自然な気持ちでしょう。

ロックウェルのイラストはこうしたアメリカの何気ない市民生活を描くとともに、よく見た人だけにわかるちょっとしたしかけが織り込まれています。そんな日常の何気ないひと時を感じられる作品だからこそ、現代でもなお愛され続けているのでしょう。

《4つの自由》1943年

(Public Domain /‘Freedom from Fear’by Norman Rockwell. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

第二次世界大戦にあたってこの作品を制作しました。「言論の自由」「信仰の自由」「窮乏からの自由」「恐れからの自由」という4作品で構成されていますが、後に彼のアトリエは火災にあってしまい、《4つの自由》も焼失してしまいます。

ロックウェルはこの作品で何を表そうとしたのでしょうか。彼は、第一次世界大戦の際にもボーイスカウトや若い兵士たちをテーマとして作品を制作しました。《4つの自由》では何かを訴えようとする男性や子供を寝かしつける若い夫婦、祈りをささげる人々やにこやかに食卓を囲む家族を描いています。その誰もが軍服を着ていません。

「家族」をテーマとして描いてきた彼にとって兵士たちは単に兵士というだけでなく、父親や息子、つまりアメリカの日常生活を生きる市民でした。そうした人々が戦争に参加するというのは彼にとって心苦しいことだったのです。市民生活における自由を描き、戦争で危険にさらされる人々への強い気持ちを表そうとしたのかもしれません。

おわりに

ノーマン・ロックウェルはニューヨークに生まれ、若いころから才能を発揮し、一躍売れっ子イラストレーターとして活躍します。その作品はアメリカの市民生活や家族をテーマとしており、何気ない表情や所々にちりばめられた作品を読み解くためのヒントが人々を引き付けていきました。

1978年に84歳で亡くなりますが、その作品は世界中で愛され続けています。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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