カンボジア:現代アートが生まれる場

写真:「写真AC」より

カンボジアの現代アートシーンは、小規模なアートスペースやギャラリーの貢献によって、少しずつ進化を遂げている途上にある。1970年から20年余り続いた内戦の影響であらゆる文化・芸術が衰退してしまった後、伝統の再生に力が注がれがちであったが、近年では伝統の上に新たなアートの形を模索しようとする動きが見られ、先進的なアーティストも次々と姿を現している。

1970年から続いた内戦とクメール・ルージュ政権による芸術家の粛清により、アートシーンが途絶えかけてしまったカンボジア。近年では国自体の復興と併せ、伝統文化の再生が注目を浴びていますが、現代アートの発展についてはどうでしょうか?

現代アートを文字通り「現在制作されているアート」という意味で捉えるなら、10年程前から徐々に、いわゆる伝統美術の域を超えた新しいシーンが発展してきていると言えるでしょう。

発展に貢献しているアートスペースやギャラリーの取り組みに触れながら、カンボジアにおける現代アートシーンの状況についてご紹介していきたいと思います。

草の根活動の結集によって進歩するカンボジアの現代アートシーン

世界遺産「アンコール遺跡群」に見られる彫像やレリーフ、寺院やパゴダ内に描かれた壁画など、政治・宗教と密接に結びついた伝統美術には事欠かないカンボジア。

1970年から20年余り続いた内戦によって、ありとあらゆる文化・芸術が失われてしまった後も、伝統の再生・復興には熱心でしたが、新しいものが生まれづらい状況がありました。

19世紀中頃に始まるフランス植民地時代以降、西洋美術の影響を受けた新しいアートの形が生まれようとしていた時代があったものの、内戦により芸術の担い手達が姿を消したことでシーンが育たなくなってしまったのです。

今もカンボジアでアートといえば、遺跡や風景をモチーフとした具象画や彫刻をイメージする人が多いのはそのせいでしょう。

しかし、状況は少しずつ変化してきています。政情が安定し経済も復興してきた近年では、アーティストはもちろん、民間のアートスペースやギャラリーの地道な努力により、新しいアートの形が生まれつつあります。

西洋美術の世界で「現代アート」に分類されるものとは必ずしもイコールでないものの、見た目の美しさよりもコンセプトを重視するような知的芸術も少しずつ見られるようになってきました。

ここからは、首都プノンペンと観光都市シェムリアップにて、現代アートの促進に貢献している4軒のアートスペース・ギャラリーをご紹介し、カンボジアの現代アートシーンの現状を描いていきたいと思います。

Sa Sa Art Projects(プノンペン)

写真:筆者提供

「Sa Sa Art Projects」は、2010年にカンボジア人のアーティスト達によって設立され、運営されているスペース。

アートクラス、企画展、アーティスト・イン・レジデンス(AIR)、外部機関とのコラボレーションイベントを主催するなど、アーティストや学生達に向けて開かれた場となっています。

「Sa Sa Art Projects」が産声を上げたのはホワイトビルディングという歴史的な建物の中。ホワイトビルディングは、1960年代に西洋のモダニズムを取り入れて建築された先進的な集合住宅です。文化人やアーティストも多く住み、盛んに交流が行われていました。
2017年に再開発計画のために解体されてしまいましたが、地域とともに発展するという精神は「Sa Sa Art Projects」の中に今も息づいています。

「プロジェクト」という名が示す通り、常設展示を行う「ギャラリー」ではなく、地域コミュニティのニーズや、時流に合った実験的なプログラムを通じて現代アートの形を提起し続けています。

最近注力しているのは、カンボジア人を対象としたアートクラスの運営。アートといえば風景画を思い浮かべる人が多いカンボジアにおいて、観る者に考えさせるクリティカルなアートのあり方を伝えています。

2018年12月19日に開催されたアートクラスの卒業展示会では、自国の歴史を尊びながらも社会・体制に疑問を投げかけるような作品や、新しいメディアの可能性を探った実験的な作品が多く見られました。

カンボジア人自らが立ち上がり、若手アーティストを発掘・育成し、カンボジアの現代アートシーンの発展に貢献している場として、今もっとも注目すべきスペースです。

META HOUSE(プノンペン)

写真:筆者提供

「MATA HOUSE」は2007年にドイツ人のジャーナリスト・映像作家のNico Mesterharm氏によって設立されたカルチャーセンター。国内外の現代アーティストの作品を集めた展示が行われるほか、ドキュメンタリー映画の上映やワークショップ、コンサートなどのイベントも行われています。

「アート学生、アーティスト、ジャーナリスト、映像作家といった多様な人々が交流し、対話できる場を提供したいと考えています。また、様々なプログラムを通じ、発展途上のカンボジアの「今」を反映していくことが私達のミッションであると考えています。」とMesterharm氏は言います。

20年近くカンボジアのアートシーンを見てきた彼に、近年のシーンの歩みについて伺いました。

「2000年に初めてカンボジアに来た時には、アートの展示はほとんど見られませんでした。2005年頃からようやく展示機会ができてきて、新たなアートシーンが生まれる小さな兆しを感じられるようになりました。2007年頃からは、現代的なやり方で制作を試みるアーティストも少しずつ現れてきました。」

題材については何か特徴の変化があるのでしょうか?

「カンボジアでは古くから、稲田、アンコールワット、伝統舞踊、女性といった「美しいもの」が題材とされてきましたが、最近では貧困や環境汚染といった社会問題を取り上げる人も出てきましたね。一方で、自分自身の価値観や感情を扱った作品はあまり多くありません。文化的な特性上、思考をシェアしたり政治の話をしたりすることに消極的な人が多いのです。」

「廃棄物とエコロジー」という共通テーマのもと、複数のアーティストによる問題提起型の展示が開催されていた「MATA HOUSE」。

「問題は、国内にアートの市場がなく、作品を売ってお金に繋げることが非常に難しいということです。優れたアーティストは世界で戦うために海外で勉強したり、出展したりしていますが、海外で受け入れられるようになってくると、今度は国内で理解されづらくなってくるのです。」
とMesterharm氏。

「META HOUSE」は、そうしたジレンマを含む、ありのままのカンボジアの「今」を知ることのできる場所なのです。

Mirage Contemporary Art Space(シェムリアップ)

写真:筆者提供

「2016年にアートカフェとしてオープンした後、コワーキングスペースへと発展しました。さらに、コラボレーション展示を行う中で、自然な流れでアートスペースへと変化を遂げてきました。」と語るのは、共同創設者でカナダ系カンボジア人のSerey Siv氏。

アートスペースの奥には、アート&デザインコンサルティング会社のオフィスも。

「現在、アートスペースの方は非営利で運営しています。コラボレーションを通じて創造性が発揮されるような場所を提供していきたいですね。展示の80〜90%はカンボジア人アーティストの作品を取り上げていきたいと思っています。」

「シェムリアップのアートシーンはまだ非常に小さいです。遺跡など伝統的な美術に触れられる場は豊富にありますが、アートの教育機関はほとんどありません。NGOが子供向けの基礎教育は行なっていますが、ティーンエイジャー以上を対象としたものがないのです。」

そのような教育観点から、Mirageではカンボジア人向けのアーティストトークやワークショップなども開催しています。

「アートに対する関心が高まっていることは確かです。実際に足を運んでもらうまでには少し時間がかかると思いますが、他の機関に告知協力を仰ぐなど、カンボジア人を呼び込む工夫は色々としています。」とSiv氏。

今後の展開については、「私達は、この場所を実験的な場と捉えています。分野を限定せず、ダンスやプロジェクションアート、ライブビジュアル、インタラクティブアートなど、様々な領域をカバーする企画をしていきたいと考えています。」
とのこと。

アーティストのみならず、カンボジアの一般の人々がアートに触れるきっかけを創り出している開かれた場所と言えるでしょう。

公式サイト
https://miragesiemreap.business.site

Batia Sarem(シェムリアップ)

写真:筆者提供

「Batia Sarem」は、2018年12月15日にオープンした現代アートギャラリー。

オープンに際しては、海外でも評価が高いカンボジア人の2大アーティストを取り上げた展示が開催されました。

「今後も、厳選したカンボジア人アーティストを取り上げた企画展を年4回開催する予定です。アーティストはもちろん、コレクター、ジャーナリスト、学生、海外の人々まで、すべての方達にオープンな場所でありたいと思っています。」

フランス・パリにもギャラリーを持ち、かねてより東南アジアのアートシーンには注目していたという、フランス人の共同創設者Yves Zlotowski氏が語ってくださいました。

「カンボジアのアートシーンには、今とても勢いを感じます。アーティスト達は、何かを証言せずにはいられないという強い動機を感じているように見えるのです。失われた過去や記憶を留めようとする動きは明らかに見られますね。」

フランスでもギャラリーを運営するZlotowski氏の目に、カンボジア人の作品はどのように映るのでしょうか。

「フランスのアートシーンには、壮大な歴史が立ちはだかっています。何をするにも、過去にあった流派、主義、運動、手法との関連性を明確にした上で、さらに新しいものを提示する必要があるのでアーティストは大変です。歴史は重要ですが、そこに固執しすぎると制作の足かせになることもあると思うのです。一方、カンボジア人のアーティスト達は、ひらめいたことをそのまま形にできるという点で、ある意味自由です。もちろん、彼らも自身の歴史を理解する必要がありますし、自分にとって作品が持つ意味については常に考えるべきだと思いますが。」

現在のカンボジアのアートシーンに足りないのは、歴史を蓄積するアーカイブだとし、今後はカタログ制作などにも力を入れていきたいとのこと。

「Batia Sarem」は本格的な現代アートギャラリーとして、これからのアートシーンの構築に大きく貢献することになるでしょう。

公式サイト
http://batiasarem.com

国とともに変化し続ける現代アートの姿

写真:筆者提供

今回は、実験的な試みを通して現代アートのあり方を問い、発信し続ける先進的なアートスペース・ギャラリーをご紹介しました。

カンボジアのアートシーンは、これらの施設の取り組みに基礎的な知識・スキルを教える大学やNGO、そしてアーティスト自身の試行錯誤などが合わさって少しずつ発展してきています。

カンボジアという国自体が発展途上であるように、アートシーンも古いものを再生しながら新しいものを生み出すプロセスの途上にあるのです。

そんな形成プロセスを肌で感じたい方は、ぜひアートスペースやギャラリーを訪れてみてください。
皆さんの視点が加わることで、ダイナミックな対話が生まれ、よりクリエイティブなものが生み出されていくことでしょう。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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