ブハラの歴史地区(ウズベキスタン):ブハラの歴史とおすすめの観光スポットについて

「ブハラ」はイスラム教発展の重要な都市として、1993年に世界遺産に登録されました。8世紀頃からイスラム教が広まり、イスラム教の中央アジア中心地として栄えます。「メドレセ」や「カラーン・モスク」など、今もなおイスラム建築の美しさや歴史を体感することができる場所です。

ウズベキスタンには世界遺産が5つあります。青の都市「サマルカンド」や、オアシス都市にある「イチャン・カラ」など。そのうち今回ご紹介するのは、1993年に世界遺産に登録されたブハラという都市です。

ウズベキスタンの中心付近からやや南にあるブハラの歴史地区は、イスラム教の重要な都市として栄えました。本記事では、ブハラの歴史とおすすめの観光スポットについて詳しくご紹介していきます。

1.ブハラの歴史を知る

ブハラの歴史は古く、紀元前5世紀にまで遡ります。どのようにしてブハラの都市が形成されていったのか、簡単に解説していきます。

1-1.ソグド人によって築かれ、イスラム文化の中心地となる

紀元前5世紀には、すでに城壁を持つ要塞都市が完成していたことが明らかになっています。紀元後にはソグド人(イラン系)の商業都市として栄えましたが、8世紀初期からイスラム勢力が拡大し、9世紀末頃にはイラン系サーマーン朝の都となりました。以後、イラン・イスラーム文化の中心地の一つとなったのです。

1-2.チンギス=ハンに征服される(13世紀)

サーマーン朝の滅亡後は、政治・経済・文化の中心ではなくなりましたが、中央アジア屈指の大都市として存続し続けました。しかし、1220年(13世紀)にチンギス=ハン率いるモンゴル軍に征服され、市街は破壊されます。その後、モンゴル軍支配下で人口は徐々に回復しますが、政治的な権力はサマルカンドに奪われたこともあり、15世紀頃のティムール朝まで征服以前の繁栄には及びませんでした。

1-3.ティムール朝が崩壊、ウズベク人が再建へ(16世紀)

16世紀後半頃にティムール朝が分裂するとウズベク人がかわって進出し、1500年にシャイバーン朝が発足します。シャイバーン朝はブハラを実質上の首都として定めました。このシャイバーン朝と、その後のウズベク人の諸王朝であるアストラハン朝(1599~1785)、マンギト朝(1785~1920)の3つを総称してブハラ=ハン国といいます。ブハラ=ハン国の首都ブハラは、中央アジアにおけるイスラム教の中心地として重要な役割を果たしました。

1-4.ロシアの保護国となる(19世紀後半)

ブハラ=ハン国は1868年、南下したロシアによって征服され、ロシアの保護国となります。ロシアの支配下ではありましたが、ブハラ人社会のリーダー的なポジションを担っていたのは、変わらずイスラム教育を受けた宗教指導者たちでした。

1-5.ブハラ革命が起こる(20世紀前半)

ロシア革命(1917年)の影響を受け、1920年にブハラ革命が起こります。この革命により、ブハラ=ハン国は滅亡。1924年には新しくウズベク社会主義共和国が建国され、ソ連の一部となったのです。

1-6.ソ連崩壊をきっかけにウズベキスタン共和国誕生(20世紀末)

1991年のソ連崩壊をきっかけに、ウズベキスタン共和国が独立。この頃から、ブラハが新しい独立国家の優れた文化遺産として評価されるようになり、1993年にユネスコ世界遺産として登録されました。

なお余談ですが、ブラハの住民はイラン系のタジク人が多いことから、現在でも隣国のタジキスタンは併合を求めているといわれています。

2.ブハラ歴史地区のおすすめ観光スポット

ブハラの歴史地区には、魅力的な観光スポットが数多くあります。そのなかから5つご紹介しましょう。

2-1.カラーン・モスク

破壊も経験し、現在の建物は16世紀頃にティムール朝を滅ぼしたシャイバニ朝によって建てられました。

「カラーン」とはタジク語で「偉大」を意味しており、中央アジアで最大級の大きさを誇ります。モスクの門をくぐると広い中庭が、正面には青く美しいドームを持つ建築物があります。中庭を取り囲む形で回廊があり、中庭と回廊を合わせると収容人数は1万人を超えるほど。

また、ここにはブハラで最も高い「カラーン・ミナレット」もあります。「カラーン・ミナレット」は1127年に建てられた塔のことで、高さは約48メートル。頂上まで登ると、ブハラの街並みを一望することができます。

「カラーン・モスク」の場所はこちら。住所:2 Eshony Pir Street, Bukhara 705000, Uzbekistan

2-2.ミル・アラブ・メドレセ

「カラーン・モスク」の向かい側に建っており、こちらも16世紀頃に建てられたもの。「メドレセ」とはタジク語で「神学校」を意味します。2つの青いドーム屋根や、繊細できめ細かいモザイク画が特徴的で、由緒正しいイスラム建築の美しさを体感することができます。

神学校内は観覧することができませんが、入り口付近だけでも十分の見応えです。

※補足:「カラーン・モスク」や「ミル・アラブ・メドレセ」は、1920年にソ連の爆撃で一度破壊されました。現在のモスクやメドレセは、ウズベキスタンの人たちが改めて修復したものです。

2-3.ナディール・ディヴァンベギ・メドレセ

1622年、ブハラ市街地の中心部に建てられました。特徴は、入り口に描かれている絵。人の顔が描かれた日輪を挟むように、2匹のフェニックスが描かれています。イスラムでは偶像崇拝が禁止されているため、建築物に動物の絵が描かれることはなかなかありません。大変珍しいので、観光に訪れた際はぜひ立ち寄ってみてください。夏には民族舞踊ショーを見学しながら、食事を楽しむこともできます。

「ナディール・ディバンバギ・メドレセ」の場所はこちら。
住所:Bakhowuddin Nakshbandi Str., Bukhara, Uzbekistan

2-4.アルク城

ブハラ市街地から北西に向かったところに建てられました。曲線的な城壁が続いているのが特徴で、人工的に作られた高さ約20メートルの丘の上に位置しています。初めてアルク城が建設されたのは、紀元前4世紀頃。その後幾度も破壊されてきました。現在見学できるアルク城は、18世紀のものだとされています。

内部は、モスクの会場となったホール、監獄、拷問室などがあり、全て見学することが可能。また、博物館も併設されているためアルク城の歴史だけでなく、ブラハの歴史をより詳しく知ることができます。

アルク城の住所はこちら。
住所:Mirzo Khait Str, Bukhara, Uzbekistan

2-5.タキ・バザール

「タキ」はタジク語で「屋根」を意味します。その名の通り、ドーム状の屋根で覆われているのが特徴的です。以前は宝石商で賑わっていましたが、現在は土産物屋が多く立ち並んでいます。ラクダが通れるようにと入り口が高くなっており、かつてのシルクロードの雰囲気を味わうことができます。昔は5つの「タキ・バザール」があったそうですが、現在は3つのみ残っています。どの「タキ・バザール」にも土産物屋が多くあるので、お土産探しに困ることはないでしょう。

「タキ・バザール」の先には、「ウルグベグ・メドレセ」と「アブドゥールアジス・ハーン・メドレセ」が向かい合って建っていますので、お買い物の際にはぜひ寄ってみてください。

「タキ・バザール」の場所はこちら。
住所:Mekhtar Anbar St, Bukhara, Uzbekistan

5.まとめ

イスラム教の重要な都市として栄えたブハラの歴史地区。美しいイスラム建築だけでなく、かつてのシルクロードの熱狂を思う存分に堪能することができます。ウズベキスタンを訪ねる際には、ブハラでぜひ芸術と歴史に浸る時間をとってみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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