オアシス:イギリスを代表する偉大な”お騒がせ”バンドの歩みと今

イギリスを代表するロックバンド、OASIS(オアシス)。ノエルとリアム、二人のギャラガー兄弟を主要メンバーとする、90年代ブリットポップを代表するバンドです。1stアルバム『OASIS』がUKチャート1位、2ndアルバムも全世界1000万枚以上の売上を記録し、不動の人気を確立。解散するまで、レッドツェッペリンやビートルズが持っていた音楽史上に残る記録を次々と塗り替え、名実ともに史上最高のバンドへと成長していきました。

英国マンチェスターから世界へ羽ばたいたバンド、OASIS。デビューアルバムから史上最速のペースで英国チャート1位を達成。一躍スターダムにのし上がり、その後も人気を落とすことなく快進撃を続け、ブリットポップブームを牽引するトップバンドとなりました。

しかし2009年、惜しまれつつも解散します。今もなお再結成の要望が高い実力派のバンドでありながら、メンバーの入れ替えや他バンドへの暴言など、常にいさかいの絶えないバンドでもありました。

本記事では、OASISというバンドは一体どのように生まれ、デビューから解散に至るまで世界に何を遺したのか、詳しく解説していきます。

1.90年代のUKロックを代表するバンド結成の背景

1991年、前身バンド「ザ・レイン」が、後にOASISのメンバーとなるポール・”ボーンヘッド”・アーサーズ、ポール・”ギグジー”・マッギーガンを中心に結成されました。当初ライブはドラムマシンを用いて行われましたが、後にトニー・マッキャロルがドラマーとして加入。ボーカルであったクリスを解雇、リアム・ギャラガーを加入させ、新参のリアムがバンド名をOASISと改名しました。

その後、インスパイラル・カーペッツでローディーをしていたノエル・ギャラガーがアメリカツアーより帰還。OASISのライブを観て、ノエル自身をリードギターとすること、ノエルが書いた曲のみを演奏すること、という大変強気な条件を飲ませ、OASISへ加入することとなります。

かくして、リアム・ノエルのギャラガー兄弟が中心となり、デビュー時のメンバーが揃うこととなったのです。この布陣でレコーディングされたデビューアルバムは、前述の通り驚異的なヒットを記録しました。

2.メンバーは世界一仲が悪い兄弟?

2-1. メンバー構成がコロコロ変わる

デビュー後、ギャラガー兄弟以外のメンバーは相次いで脱退してしまいます。トニーはドラムが下手だという理由で解雇され、バンドを訴える事態となります(その後示談が成立)。暴露本を出版し、話題を集めていました。

ボーンヘッドは家族と過ごす時間を増やしたいという理由で脱退、ギグジーもそれに続きました。ギグジーはFAX越しの脱退表明であったことから、礼を失しているこの脱退劇には、さすがのギャラガー兄弟もショックを隠せませんでした。

トニーの後を埋めたアラン・ホワイトはダイナミックなドラムプレイで人気を博しましたが、手首の腱鞘炎で脱退。その後はリンゴ・スターの息子ザック・スターキーのサポートを経て、最後のドラマーであるクリス・シャーロックが加入しますが、1年ほどでバンドは解散してしまいました。

2-2. ギャラガー兄弟の強烈な個性

OASISというバンドは、良くも悪くもギャラガー兄弟を中心に回っていました。新参ながらバンド名を変えたリアム、自分が絶対的なリーダーシップを取ることを条件にバンドに加入したノエル。アルコール中毒の父親の下で幼少期を過ごし、地元でも有名な不良兄弟となったギャラガー兄弟は、OASISデビュー後もその個の強さゆえ、数々の兄弟喧嘩で巷を騒がせることとなります。

時にはライブ中にドラッグを使用したリアムにノエルが腹を立て、リアムがノエルをタンバリンで殴打。時にはライブ開演前に兄弟で殴り合い、その後のツアーがすべてキャンセル。ブリット・アワード授賞式でもどちらがフロントで歌うのかで揉めるなど、数々の険悪な逸話は世界中で有名となり、兄弟の14分間にわたる口論、放送禁止用語も飛び出す憎まれ口の叩き合いをシングル化してリリースしてしまったというエピソードでも有名です。

3.OASISの名曲の数々

OASISは数々の名曲を残していますが、中でもミドルテンポのロックバラードを得意としています。数多くの破天荒かつ物騒なエピソードに見合った激しいロックサウンドも多いですが、それとは裏腹に感動的な曲や美しい曲も数多く残しており、そのどれもがクオリティの高い楽曲となっています。

今も人気の高いナンバー『Wonderwall』『Whatever』『All Around the World』『Don’t Look Back In Anger』等は、美しいストリングスの映えるロックバラードとなっており、激情を内包させながらもシンプルかつ完璧に練られたコード進行で、OASISというバンドが世界的に評価される所以となっています。

彼らを代表する名曲『Wonderwall』は、イギリス国内に限っても126万枚もの売り上げを叩き出しており、ブリットポップ界で最も愛される楽曲のひとつというくらい、高い評価を冠する曲です。

しかし、パブリックイメージとは裏腹に、リアムやノエルはこの楽曲についての世間のイメージや、評価とのギャップに苦言を呈しています。正直に言うところも、ギャラガー兄弟の魅力のひとつであるといえます。

そして『Don’t Look Back In Anger』は、ジョン・レノンの名曲『イマジン』のオマージュとなっており、OASIS 屈指の美しいバラードといえるほど知名度、クオリティ共に高い曲です。この曲のリードボーカルをどちらが取るかで喧嘩となりましたが、ノエルが初めてリアムに代わりリードボーカルを取ることとなりました。ノエルもリアムに負けない美声を持っていることを広く世に示した曲であり、大きな評価を得ました。

この2曲は、OASISの人気を不動のものとした2ndアルバム『モーニング・グローリー』に収録されており、名実ともに代表曲となっています。

4.解散の理由と再結成を望む声

4-1. ギャラガー兄弟の喧嘩が引き金?

OASIS解散の理由はギャラガー兄弟の喧嘩が引き金になっているようです。そして解散の理由についてノエルはリアムが、リアムはノエルが全て悪いと未だに言い合っていることからも、今もその対立は根深そう。

ノエルは、2015年のエスクァイア誌の取材に対し、2008年の最後の世界ツアー前にもリアムと殴り合いの喧嘩をし、もう我慢の限界を感じていたこと、またリアムの中でノエルが全て悪いということになっている旨の苦言も述べていました。

その頃にはノエルのみ他のメンバーとは別々に移動していたことを明かしており、二人の喧嘩を中心としたメンバー間の空中分解が生まれていたことを想起させます。ただし、ゲム・アーチャーやクリスはリアムが後に結成したビーディー・アイにも参加しています。

一方でリアムは、2017年のHuck Magazine誌のインタビューで、リアム自身はOASISを解散させたくなかったと明かし、ノエルがバンドを抜けて自分のソロをやるために他のメンバーを嵌めた旨の発言をしており、双方がお互いを悪く言っている状況です。

4-2. 根強い再結成を望む声

再結成を望む声も多い中、2017年にはリアムがノエルに「休戦」を呼びかけました。これにファンは色めき立ちますが、未だに再結成は実現していません。

しかしリアムとノエル、それぞれのライブではOASIS時代の曲を多数披露していることや、2018年にはリアムがノエルに対し敬意を表するツイートをするなど、軋轢は続きながらもさすがは兄弟、喧嘩するほど仲が良い、と思わせるエピソードが印象的。だからこそファンは今も再結成を待ち望みながら、数々の名曲を語り継いでいるのです。

まとめ

音楽史に残る記録を次々に打ち立て、英国のみならず世界を代表するバンドとなりながらも、メンバー間の喧嘩などで常にファンを戦々恐々とさせ、ついには解散してしまったOASIS。

喧嘩しながらも互いに評価し合っているギャラガー兄弟からは、解散後今現在に至るまで目が離せません。再結成の望みも託しつつ、懐かしの名曲を聴きながら、彼らの動向を改めて追ってみてはいかがでしょうか。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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