マリアノ・リベラ:伝説のメジャーリーガーの軌跡をたどる

マリアノ・リベラは、2013年までヤンキースで活躍をした伝説的なクローザーです。カットボールを武器に接戦した試合を制し、メジャー通算セーブ記録652を保有。この記録はギネス記録にもなっており、ヤンキースでは伝説的な投手として語られています。

ヤンキースでプレイをした偉大なメジャーリーガーというと、ベーブルースを思い浮かべる人が多いと思いますが、彼以外にも伝説的なプレーヤーはたくさんいます。近年活躍したマリアノ・リベラは、ヤンキースでプレイし活躍をしたその1人。彼は球団だけでなく、メジャーリーグを代表する投手です。彼がどのようにして伝説的なプレーヤーになったのか、その軌跡を辿っていきましょう。

1.マリアノ・リベラの略歴

マリアノ・リベラ(以下リベラ)は、どのような経緯で伝説的なプレーヤーにまで成り上がったのでしょうか。彼の略歴をまずは紹介していきます。

1-1.プロ入りまで

リベラはパナマの貧しい漁村で生まれ、野球とは無縁の生活を送っていました。子どもの頃はどちらかというと野球ではなく、友達とサッカーをプレイしており、初めて野球をプレイしたのは12歳の時。野球プレーヤーとしては遅いデビューです。

高校を卒業しても野球プレーヤーになるつもりはなく、漁師として父の仕事を手伝いました。一方、野球は趣味としてアマチュアでプレイをしていましたが、プロ野球を志すつもりはありませんでした。そんな彼に、ある時転機が訪れます。友人に勧められたプロテストです。

1-2.プロ入り

パナマでヤンキースのプロテストがあり、友人の紹介で参加します。この時、リベラは投手ではなく野手でプロテストに挑みます。当時はショートがポジションで、ピッチャーはアマチュア時代に独学で投げ方を見出した程度。ショートでプロになれるならと思っていましたが、プロテストの視察をしていたスカウトは違っていました。

素人ながら140km/hの球速を投げる能力を見て、ピッチャーに向いていると判断したヤンキースのスカウトは、彼とマイナー契約を結ぶよう提案します。その後マイナー契約をしてプロの選手になり、メジャーリーガーとしての人生を歩み始めるのです。

1-3.パッとしない投手時代

マイナー契約後、5年後にメジャーリーグへ昇格したリベラは、デビュー当初から伝説的なクローザーとしての活躍ではありませんでした。球速が144km/h、持ち球はスライダーとチェンジアップ。メジャーリーガーとしては、この程度の才能の持ち主は多くいました。また、スタミナが無かったため、長くイニングを投げることが難しく、いつクビになってもおかしくない状況でした。

そんな彼は、リリーフに転向するように指示されます。その後リリーフとして活躍し、3年目にはチームをワールドシリーズに導くような活躍をします。

1-4.伝説的なクローザーへ

その後彼は、チーム事情でクローザーに任命されることになります。当初はクローザーとしても4回もの失敗をしてしまい、自信がありませんでした。しかし、コーチからの信頼もあり、諦めずにクローザーとしての役目を一生懸命勤めるよう努力をしました。

その中で習得したカッターが彼を伝説的な投手へと変貌させ、最多セーブ王3回、最優秀救援投手6回、通算652回のメジャー最多セーブ記録兼ギネス記録を持つような選手へとなったのです。

2.選手としての特徴

苦いメジャーデビューを通じて伝説的なクローザーになったリベラは、どのようなプレイスタイルの選手だったのでしょうか。選手としての特徴を詳しく掘り下げていきましょう。

2-1.凡事徹底をする努力家

敬虔なクリスチャンでもある彼は、周りへの感謝を絶やさず、野球ができる環境に感謝をしながら日々プレイに勤しんでいました。

その中でも大切にしていたことは”シンプルに考えて、やるべきことをやる”こと。それが自分のプレイに繋がると確信しており、練習ではとことん手を抜かずにプレイをしていました。このプレイスタイルこそが、伝説的なメジャーリーガーの土台を作りあげたと言えるでしょう。

2-2.カットボールで勝負したピッチャー

リベラの代名詞と言われるのは「カッター」とよばれたカットボール。これは手元で鋭く変化をする球で、今では多くのメジャーリーガーが投げている変化球ですが、彼はこのカッターをとにかく磨きあげました。彼が投げると必ずバットがへし折られるといったことから「電動ノコギリ」と呼んでいるプレーヤーも多くいました。

実は、このカットボールは偶然誕生したもの。チームメイトとキャッチボールをしている最中に、「ブレるその球は取りづらいからやめてくれ」と言われたことをヒントに投げ方を研究し、カットボールとしての精度を磨きあげました。また、他の変化球に頼ることなく、この変化球だけで勝負をし続けた珍しいプレーヤーとしても、メジャーリーグでは功績を称えられています。

カットボールにまつわるエピソードはそれだけではありません。彼のカットボールで折られたバットで木製の椅子を相手球団からプレゼントされたこともあります。彼の投げるカットボールは、他球団からも認められていました。

2-3.制球力と度胸

また、カットボールだけでなく優れた制球力もありました。キャッチャーに要求されるボールはどれもストライクゾーンギリギリ。ど真ん中にボールを投げることはなかったのです。どのような状況でも自分が投げることで勝利するという確たる自信があったため、平然と投げることができました。

キレのあるカットボール、圧倒的な精度を誇る制球力、ピンチに物怖じしない度胸。この3つの要素が彼を強くし、伝説的なクローザーを作りあげていったのです。

3.フランチャイズ・プレーヤーとは?

クローザーとして優秀だった彼は、それ以外にも注目される点があります。それはフランチャイズ・プレーヤーであったということ。

フランチャイズ・プレーヤーとは、入団してから引退するまで同じチームでプレイをし続けるプレーヤーのことです。メジャーリーグでは、成功すれば他球団の強いチームに高額な年俸で移籍することが可能ですが、リベラは移籍をすることなく、ヤンキースのプレーヤーとして最後まで活躍し続けました。

同じヤンキースでのフランチャイズプレーヤーとして、デレク・ジーターがいます。しかし、このようなプレーヤーはメジャーでは数少なく、現役選手でもほんの一握り。チーム状況が変化しても結果を出し続けた選手として、ヤンキースファンの中には今でも彼を崇拝する人は多くいます。

4.怪我から引退へ

2012年に契約が最終年になるため、引退するのではないかという噂がありました。更にはこの年の序盤に右膝の十字靱帯断裂になってしまい、このまま怪我をした状態で引退をすると誰もが考えていました。

しかし、彼は懸命にリハビリし、翌年の出場を目指します。2013年に無事復帰し、オールスターではMVPを獲得。この年には44セーブをあげるという驚異の回復力をアピールしました。

この年にメジャーリーガーとしての幕を閉じますが、43歳になっても彼のプレイスタイルは全盛期と変わらず、闘志溢れるピッチングが印象的でした。

5.まとめ

マリアノ・リベラは、この先も語り継がれる伝説的なメジャーリーガーです。そんな彼でも当初は辛い思いをし、できることをひたむきにやって伝説的な選手になりました。

彼の生き方を見ていれば、自信を失いかけている人でさえ励まされるところがたくさんあります。彼のように周りに感謝し、できることに全力を尽くす。そんな人間として成長できるように日々鍛錬していきましょう。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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