アリス・マンロー:短編小説の名手が描き出す重厚な物語

2013年にノーベル文学賞を受賞したカナダの短編小説家アリス・マンロー。1968年にデビューして以来「現代のチェーホフ」と言われるほど優れた短編小説を生み出してきました。タイム誌の「世界でもっとも影響力のある100人」に選ばれ、海外でもその名が広く知られる人物です。普通の人々が送る日常を細やかに描写し、心理描写が淡々となされる作風をもちます。

アリス・マンローはカナダ人の作家です。短編小説の執筆を得意とし、2013年にカナダ人としては初めてノーベル文学賞を受賞。短いながらも重厚なストーリーを織りなす彼女は「現代短編小説の達人」(master of the contemporary short story)と言われました。1968年にデビューし2013年6月に執筆活動からの引退を表明した彼女は、どのような作品を生み出してきたのでしょうか。

アリス・マンローの略歴

●アリス・マンローはカナダのオンタリオ州ウィンガム出身。ウエスタンオンタリオ大学にて英文学を先行しますが、1951年に当時付き合っていた男性と結婚し、大学を中退します。

図書館や書店経営を経験した後、執筆活動を始めます。初の短編集『Dance of the Happy Shades(邦題は「ピアノ・レッスン」)』を出し、カナダでもっとも権威ある「カナダ総督文学賞」を受賞したのが1968年、37歳の時でした。その後同賞を2度受賞、1998年に全米批評家協会賞、2009年にブッカー国際賞など数々の文学賞を受賞しています。

また、アメリカ誌の「ザ・ニューヨーカー」に小説が掲載されたり「タイム」誌の「世界でもっとも影響力のある100人」に選ばれたりと、世界的にも彼女の短編小説が人々を感動させていたことを伺わせます。作風は全く異なるものの、優れた短編小説を生み出してきた歴史的偉人になぞらえて「現代のチェーホフ」と言われることもあります。

2013年夏、82歳であったアリス・マンローは、アメリカのニューヨーク・タイムズ紙などに対し引退する考えを明らかにしました。「エネルギーがなくなった、もう書くことはないと思う」と述べたそうです。

●引退を表明した同年、ノーベル賞を受賞。ノーベル文学賞受賞の理由としては、「現代短編小説の巨匠(master of the contemporary short story)」との評価を挙げられました。すでに確固たる高評価を世間から受けていた彼女ですが、この受賞によりその評価をより確かなものにしました。ノーベル賞サイトのインタビューで「短編小説は最初の長編小説を書く前に書くもの、といった扱いで軽視されてしまうことが多い」と話しています。短編小説のみで勝負する作家が少ない現状を鑑みての発言だと言えるでしょう。長編小説の執筆について言及しながらも、短編小説を執筆し続けていました。

アリス・マンローのデビュー作

デビュー作は1968年『Dance of the Happy Shades』。デビュー当時から短編小説の名手でした。この作品はカナダでもっとも権威ある「総督文学賞」を受賞します(その後、彼女は同賞を別作品で2度受賞することになります)。『Dance of the Happy Shades』に収録されている作品は15作品です。簡単なあらすじをいくつかご紹介します。

『乗せてくれてありがとう』”Thanks for the Ride”

ある日、主人公の少年は、その日初めて会ったロイスという女の子とデートすることになり、彼女の自宅を訪れる。初対面の女の子の生活の場に入り、家族と話をすることでロイスが置かれている状況がわかってくる。

『仕事場』”The Office”

小説を書こうとしている一家の母親が語り手で、仕事場を借りたことで家主の男に精神的に付きまとわれることとなる。

『蝶の日』”Day of the Butterfly”

語り手の私と、弟の面倒をみなければならないために同級生から孤立しているマイラとの交流、彼女らの葛藤や弱さを描いている。

『ピアノ・レッスン』”Dance of the Happy Shades”

さえないピアノ教師の老婦人が開く発表会で、物語は予想もつかない方向へ展開する。

ほか、

  • ウォーカーブラザーズ・カウボーイ”Walker Brothers Cowboy”
  • 輝く家々”The Shining Houses”
  • イメージ”Images”
  • 一服の薬”An Ounce of Cure”
  • 死んだとき”The Time of Death”
  • 男の子と女の子”Boys and Girls”
  • 絵葉書”Postcard”
  • 赤いワンピース―一九四六年”Red Dress—1946″
  • 日曜の午後”Sunday Afternoon”
  • 海岸への旅”A Trip to the Coast”
  • ユトレヒト講和条約”The Peace of Utrecht”

どれも何気ない日常を描いた作品です。ちょっとしたことで運命が変化していき、人々が悩み、苦悩し、葛藤し、喜ぶ姿が丁寧に、しかし淡々と描かれています。

アリス・マンローのおすすめ作品6選

「現代のチェーホフ」と言われたアリス・マンローのおすすめ作品をご紹介します。中には映画の原作になった作品もあるので、一緒にチェックするとより楽しめますよ。

●ディア・ライフ

アリス・マンローの最後の作品と言われる一冊。82歳とは思えない力強く、瑞々しく、美しい作品全14編が収録されています。「最後の目」「夜」「声」「ディア・ライフ」の4作品は連作となっています。最後の4編は、彼女自身の人生を投影させた自叙伝ともとれる作品です。

●イラクサ

『クマが山を越えてきた』を含む9編を収録。こちらの作品は『Away from Her』というタイトルで映画にもなっています。主人公が44年間連れ添ってきた妻が認知症になり、施設に入る話です。ラストは読者の想像力を掻き立てる、余韻をしたものになっています。

映画はカナダ出身の若手女優サラ・ポーリーが監督を務めました。サラ・ポーリーの代表作には『死ぬまでにしたい10のこと』があります。監督を務めた時サラはまだ20代だったため、何十年も連れ添った夫婦の心情を理解し描くのには苦労したようです。

●林檎の木の下で

アリス・マンローの自伝的な短編物語を12編収録。
エディンバラからカナダへ移り住んだ一族の物語が3代にわたり描かれました。舞台も17世紀から19世紀へと移り変わっていきます。自身のルーツを記したとされており、彼女のアイデンティティを垣間見ることができる作品です。

●小説のように

人生における避けようのない悲劇が多く描かれた作品。10編収録のうちの1編、「あまりに幸せ」は、実在する女性数学者をモデルとした伝記的作品です。アリス・マンローの作品群の中では異色の一冊と言えるでしょう。

●ジュリエット

8つの短編からできています。それぞれがすべて独立した話ですが、どれもジュリエットという女性が主人公です。結婚・妊娠などを経験していく主人公の人生を描いています。2016年にはスペインの映画監督ペドロ・アルモドバルにより『ジュリエッタ』として映画化されました。監督があえて原作に忠実にせず描いた、その物語の顛末を併せてみるとより楽しめます。

●ピアノ・レッスン

原題は『Dance of the Happy Shades』。アリス・マンローのデビュー作です。15編収録されており、平凡な日々を送る人々が些細な出来事をきっかけに運命を変えていく様子を追った作品集です。

日常の風景や生活を緻密に描く、淡々とした心理描写

アリス・マンローの作品は、母国であるカナダの文化を背景に、登場人物の日常などが丁寧に、細やかに描かれています。また、人々の苦悩や葛藤、喜びや愛情、恋愛関係のジレンマの中で心が揺さぶられる様子ですら、淡々と静謐な文章で書かれています。短編ならではのテンポの良さがある反面、長編小説を読み終えたようなずっしりとした重みもある作品ばかりです。

また、それぞれの短編自体は独立した話なのですが、物語がつながり、交差していることがあります。例えば『木星の月』と『チャドゥリーとフレミング』の登場人物がつながっており、物語がリンクしています。『ジュリエット』は一つ一つの短編が独立した話でできていますが、1人の女性の人生を描いたものです。

まとめ

1968年のデビューから短編小説の名手として作品を生み出してきたアリス・マンローの作品は、短編にも関わらず読了後には長編小説を読み終えた後のような重厚感があります。短い時間で読めるので、時間がない方や長編小説があまり得意ではない人にはぜひおすすめです。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧