スルツェイ島:学者たちを魅了する世界自然遺産の島

スルツェイ島は、アイスランド南沖の大西洋に誕生した火山島です。この島は、人為的な干渉無しでどのように自然が形成されるのかを調査されている為、自然保護区に指定されています。スルツェイ島研究学会の監督下に置かれており、許可なくして人が入ることは許されません。その中でも許可を得たアイスランドの学者たちを中心に、増え続ける多くの動植物と島の成り立ちが調査されており、2008年には世界自然遺産に登録されました。

世界のどこかで、海底火山の大噴火により小さな島が現れたというニュースが流れてくることがあります。自然の脅威を感じるとはいえ、大抵は忘れ去られてしまう出来事となっているのではないでしょうか。もちろんそのほとんどは消滅してしまうのですが、そうした中で興味を引く島、スルツェイ島が現れました。その特別なスルツェイ島について詳しくご紹介していきましょう。

1.地球上で最も新しい島スルツェイ島

20世紀以降、火山噴火などで幾つもの島が世界中に姿を現してきました。しかし、大抵は雨風や波浪による浸食によって、徐々に儚く消えてしまいます。そうした中、世界的に注目される火山島が現れました。

(Public Domain /‘Surtsey eruption 1963’ by Howell Williams. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

1963年11月、アイスランドの南西海域で海水温上昇、噴煙、硫化水素臭が確認され、まさにアイスランド南沖で海底火山の噴火が生じ、島はその姿を現すようになりました。

12月にはフランス週刊誌の記者、次いで科学者が上陸を果たし、その島はスルツェイ島と名付けられたのです。

海底のマグマだまりの水蒸気圧上昇で爆発が生じ、マグマが海水で急激に冷やされたことで海水が気化、大量の水蒸気が発生。マグマ水蒸気の大爆発によって、このスルツェイ島は誕生したのです。こうした噴火形式は、典型例としてスルツェイ式噴火と呼ばれるようになります。

1964年1月、度重なる噴火によって標高は173mとなっていました。2月には第二火口が形成され、第一火口の活動は停止します。第二火口からの溶岩の湧出は4月に数週間続き、その後7月に再開、翌年1965年4月まで確認され、島の周囲は1.7㎞となりました。1967年には火山活動が停止しましたが、面積は2.7㎢にまで及びました。

(Public Domain /‘The Giant with the Flaming Sword’ by John Charles Dollman. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

この島をスルツェイ島と名付けたのは、アイスランドの地質・火山学者であるシグルズール・ソラリンソン。彼は、海底噴火によって大量の水蒸気と共に吹き上げられた炎の様子を、炎の剣を振りかざして南から神々を襲い来る巨人、北欧神話の「スルト」に重ねました。ゆえにスルツェイとは「ストル島」を意味するのです。それほどインパクトのある海底噴火であったということを物語っています。

この島はやがて、特別な役割を担う島となっていくのです。

2.人類の上陸が禁止されている理由

スルツェイ島は1965年5月、アイスランド政府によって自然保護区に指定されました。許可なくしては入れなくなったのです。また、スルツェイ島研究学会(Surtsey Research Society)が設立され、この学会の監督下で島全体が研究対象となりました。そのため、この学会の許可を得た研究者のみ立ち入りが許されます。

人々が火山灰と溶岩で形成された荒廃した島の行く末を見守り、観察したいと思うのも当然といえます。この島が人為的な干渉を受けず、どのように自然が形成されるのかを調査する責任さえ感じることでしょう。このスルツェイ島は、今後植物や動物がどのような過程を経て繫殖していくのかを解明するのに、絶好の機会を与えてくれた島なのです。

島には、研究者滞在用として必要最低限の設備しかない小さな小屋があります。
島の自然環境が人為的に変化しないよう、厳重に保護する為の様々な厳しい禁止事項があり、島内はもちろん、周辺海域にまで及びます。

例えば、島内に土、鉱物、有機物、廃棄物を持ち込んではならない。また、島の周辺2㎞以内でのダイビングや、銃器の使用も禁止されています。

ところが、こうした厳しい禁止事項がある中でも、人によって持ち込まれてしまった物は発見されています。それは、1970年代に発見されたトマトとジャガイモです。これらは発見された後、直ぐに排除されました。こうした徹底的な保護のもと、どんな成果が見られたのでしょうか。

3.スルツェイ島に築かれた生態系

自然保護区となった1965年、維管束植物の生育が初めて観察されました。その約5年後の1970年頃には、海鳥の群れが観察されます。初めて住み着いたフルマカモメやハジロウミバトは、季節ごとに移動することは無く、その土地に生息する留鳥でした。

更に約10年後の1983年、アザラシの繫殖が観察されます。その15年後の1998年には、灌木(低木)が観察されるまでになりました。 

1965年に最初の維管束植物が確認されてから約40年後の2004年はどうだったのでしょうか。維管束植物は、60種類にも増加していました。他にも、コケ植物75種類、地衣類71種類、菌類24種類。動物に関しては、鳥類89種類、無脊椎動物335種類だったそうです。

更に5年後の2009年、チドリ類のムナグロが島の広範囲で巣作りしているのが観察され、それ以降2、3種類が毎年観察されています。こうして、荒廃していたスルツェイ島は、人為的な干渉を受けずに動植物にとっての素晴らしい楽園となっていったのです。

更に、アイスランドのSUSTAINプロジェクトでは島の成長過程を観察する為、地面垂直方向に200m、斜め方向に300mの穴を掘り、火山岩、海水、地中微生物がどのように関連しあっているのか、その相互作用を分析しています。アイスランド大学地球物理学科マグナス・トゥミ・グズムンドソン教授、ユタ大学のマリー・ジャクソン准教授をはじめとする世界中の科学者が参加しており、今後の解明に期待が高まります。

4.世界遺産と世界自然遺産の違いは?

アイスランドでは、2004年に世界文化遺産に登録された「シンクヴェトリル国立公園」に次いでの世界自然遺産登録となったスルツェイ島ですが、それぞれ「文化遺産」「自然遺産」と呼び名に違いがあるのはなぜなのでしょうか。

そもそも世界遺産とは、人類が共有すべき「顕著な普遍的価値」を有すると認められたものの総称。未来まで大切に伝え続け保護しなければならない、人類にとっての貴重な宝物のことなのです。そして、「世界の文化、自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)という国際条約に基づいて「国際連合教育科学文化機関」であるユネスコが「文化遺産」「自然遺産」「複合遺産」の3つに分類して登録します。

・「文化遺産」は、記念物、建物、遺跡等。

例えば、カンボジアのクメール王国アンコール王朝の遺跡「アンコール」や、中国の約6000㎞にまで及ぶ建造物「万里の長城」があります。

・「自然遺産」は、地形や風景、また貴重な動植物の生息地等。

例えば、アメリカの約446㎞も続く峡谷「グランド・キャニオン国立公園」やオーストラリアの約2000㎞にまで連なっている巨大サンゴ礁群「グレート・バリア・リーフ」があります。

・「複合遺産」は、「文化遺産」「自然遺産」の特徴を併せ持つもの。

例えば、ペルーの標高2280mの遺跡「マチュ・ピチュ」があります。

このように、特徴ごとにわかりやすく分類されているので呼び名に違いがあるのです。

世界自然遺産となったスルツェイ島も、未来にとって意味のある大切で特別な島である事がお分かりいただけたのではないかと思います。

5.まとめ

突然現れ、自然の楽園を形成し続ける島スルツェイ島。アイスランドに、こんなに素晴らしい島があることを忘れたくありません。この島が地球上の大自然の成り立ちの研究に繋がり、やがて様々な真実が解明されることを楽しみに待ちたいですね。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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