メタリカ:総セールス1億5000万枚以上!もっとも売れたメタル・バンド

ローリング・ストーン誌が選ぶ「世界で最高のメタル・バンド、ベスト10」の1位を獲得し、グラミー賞を9回も受賞している異色のスラッシュ・メタル・バンド、メタリカ。

メタリカの誕生

メタリカのドラマー、ラーズ・ウルリッヒは、デンマークのコペンハーゲンで生まれました。プロ・テニスプレーヤを父に持つ彼は、9歳の時に見たディープ・パープルのコペンハーゲン公演でショックを受け、ロック・ミュージシャンを夢見るようになります。
12歳の誕生日に祖母からプレゼントされたドラムを叩きながらもテニスの練習を続け、やがてプロ選手になるために家族でアメリカに移住します。
ところが、移住先のカリフォルニアで運命の出会いが待っていたのです。趣味で始めるつもりで載せた、バントメンバー募集の広告を見てやってきたジェイムズ・ヘットフィールドと意気投合しメタリカを結成、ラーズの目標はプロ・テニスプレーヤからミュージシャンへと変わっていきました。
ジェイムズの友人だったロン・マクガウニーをベースに加え、さらに、その後メガデスを結成することになるデイヴ・ムステインもギターで参加。1982年、メタリカはインディーズ・レーベルから最初のコンピレーション・アルバムをリリースしました。

No1メタル・バンドへ

しかし、ドラッグとアルコールに溺れたデイヴの素行の悪さにロンが脱退、バンドの先行きを不安視したラーズとジェイムズはデイヴを解雇します。
後任にはローカル・バンドで活動していたクリフ・バートンと、その頃エクソダスのギターとして知られていたカーク・ハメットがつき、1983年「Kill ‘Em All」をリリース。
現在ではスラッシュ・メタルの先駆け的存在と言われていますが、発売当時はポップ・メタル全盛だったこともありチャート入りには苦戦しました。

続くセカンド・アルバム「Ride the Lightning」は全米50位以内にチャート・インするスマッシュ・ヒット。メタリカのネーム・バリューが大きくなるに連れセールスも伸び、最終的にはプラチナ・ディスクを獲得します。
しかし、3枚目のアルバム「Master of Puppets」発表後、バンドを大きな災厄が襲います。ヨーロッパツアー中、バンドのメンバーを乗せたツアーバスが凍結した地面によりスリップする事故を起こしてしまうのです。この事故でセカンド・アルバムから参加していたベースのクリフ・バートンがバスから投げ出され亡くなってしまいました。
クリフの死はバンドの活動に大きな影響を与えました。彼はコンポーザーとしても優秀でしたが、何より非常に個性的で高いレベルにあるベース・プレイは、並のプレイヤーでは単にコピーすることさえ難しいことでした。
いくつかのオーディションを経て、最終的にフロットサム&ジェットサムで活躍していたジェイソン・ニューステッドを新たに加え、活動を再開します。
クリフを失った悲しみを乗り越え、その後も着実にチャートにアルバムを送り込みます。そして、1991年「Metallica」の大ヒットを経験し、アメリカを代表するメタル・バンドへと成長を遂げたのです。
驚くべきは、メタリカのコンポーザー、アレンジャーとしての才能で、その後に出された5枚のアルバムは全て全米No1。多くの国々でプラチナ・ディスクを獲得していきます。

ロックの殿堂入り~ギネス登録へ

2001年にジェイソンが脱退し、のちにオジー・オズボーン・バンドなどでプレイしていたロバート・トゥルージロが加入、その後も着実にアルバム・セールスを伸ばしていったメタリカは2009年、ついにロックの殿堂入りを果たします。表彰にはかつてのメンバーであったジェイソン・ニューステッドやクリフ・バートンも含まれており、クリーブランドの授賞式ではジェイソンとロバートによるツイン・ベースのライブも行われました。
2013年のワールド・ツアーでは、コカ・コーラ社の提供を受け、キングジョージ島でライブを行います。キングジョージ島は南極大陸に含まれることから、メタリカは1年間に7大陸全てでライブを行ったバンドとして、ギネスに登録されることになりました。

独特のアプローチ

メタリカが成功した要因は、素晴らしいメンバーによる良質な楽曲と、たしかな演奏力によるものであることは間違いありません。しかし、それ以外にも他のバンドとは違うアプローチがいくつかあったのです。

まず、4枚目のアルバム「…And Justice for All」をリリースするまで、ビデオ・クリップを一切制作していません。メタリカのメジャーデビューは1983年のため、時代的にはちょうどMTV全盛期であったと言えます。
どのバンドも、メジャーになるために凝ったビデオ・クリップを作成することに力を注いでいた時期で、現にZZトップやボン・ジョビなど多くのバンドがMTVを利用して知名度を上げていきました。
一方メタリカはプロモーションの全てをライブに注ぎ込んでおり、ツアーを見たファンの口コミによりセールスを伸ばしていくという地道な活動によってバンドを育てていきました。
これは、ラーズの「メタリカはファンとの共同体である」というコンセプトの元行われてきたプロモーションで、結果としてメタリカの盤石たる人気を構築していった要因であるとも言われています。

また、アルバムごとにはっきりとコンセプトを打ち出している点も注目されます。通常のハード・ロック・バンド、メタル・バンドと言えば、楽曲の良さと同じくらい注目されるのがギタリストの個人的なスキル。リッチー・ブラックモア、ランディ・ローズ、イングヴェイ・マルムスティーンと言ったギター・ヒーローはバンドに欠かせないファクターで、彼らのプレイはセールスにも大きな影響を与えていきました。
ところがメタリカの場合、全く違うアプローチをしていきます。なんと8枚目のアルバム「St. Anger」には一切ギター・ソロが挿入されていないのです。これはヘヴィ・メタル・バンドとしては異例のこと。何よりバンドとギタリストであるカークの信頼関係がなければ成り立たないアプローチです。
たしかに、このアルバムはファンの間でも賛否両論はありますが、イギリスを除くヨーロッパ各地やアメリカで1位を獲得し、プラチナ・ディスクを獲得していることからも彼らのアレンジが正しいものであったことが分かります。

メタリカのおすすめアルバム

メタリカの作品の中で1曲でも気に入ったものがあれば、どのアルバムを聴いても損はしません。それくらい、いつどの時代でもメタリカらしい演奏を聴くことができます。

そんな中でも、1番におすすめしたいのは5枚目のアルバム「Metallica」です。自らのバンド名を冠したこのアルバムは、彼らの長いキャリアの中で最高のセールスを記録します。
真っ黒のジャケットにバンドのロゴと、とぐろを巻いた蛇がデザインされたこのアルバムは、ファンの間で「ブラック・アルバム」の愛称で呼ばれています。
メタリカはこのアルバムで初のビルボードNo1を獲得。また、トップ200の中に500週以上もチャート・インしました。発売初週でゴールド・ディスクを獲得し、2014年には全米だけで1600万枚を超える大ヒットアルバムとなっています。このアルバムは現在も売れ続けており、リリースからすでに25年以上も経過しているにもかかわらず、毎週3000枚以上の売上を記録していると言われています。
このアルバムからは5曲がシングル・カットされ、いずれもヒットしているほど良質な楽曲で構成されています。曲の長さもほとんどが6分以内にまとめられており、ヘヴィ・メタル初心者の人でも聴きやすい内容と言えるでしょう。
また、3枚目のアルバム「Master of Puppets」もファンの間で根強い人気を誇っています。超絶ベーシスト、クリフ・バートンの遺作にもなったこのアルバムは、多くのアーティストに影響を与えた革新的なアルバムとしても知られています。さまざまなジャンルのミュージシャンがこのアルバムの楽曲をカバーしていますが、中でもドリーム・シアターがライブでアルバムを丸ごとカバーしたことは有名な話です。

また、2008年にリリースされた9枚目のアルバム「Death Magnetic」は初期のメタリカが好きなファンから評価の高いアルバムです。クリフ在籍時の特徴とも言える、刻み込むような勢いのあるリフをアルバム全般を通して聴くことができ、カーク曰く原点回帰を意識したアルバムになっているとのこと。
このアルバムも当然のごとく大ヒットを記録しており、世界10カ国以上でチャートのNo1を記録しています。

現在のメタリカ

2016年に約8年ぶりとなる「Hardwired…to Self-Destruct」をリリースし健在ぶりを見せつけたメタリカですが、2018年に入ってからはチャリティーの一環としてディープ・パープルやブルー・オイスター・カルトのカバーをアコースティック・ライブで演奏するなど活動の幅を広げています。

バンドの中心人物であるラーズはデビュー35周年を迎えた際、こんなコメントを残しています。

「俺たちは長いことやり続けたい。たくさんのアーティストがリタイアする中、俺たちはあと20~25年はやり続けたい。どんなサウンドになっているかはわからないがとにかく長期に渡ってやり続けたいんだ。」

これからもメタル界に新しい旋風を巻き起こし続けることを期待します。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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