ザ・バンド:「The Last Waltz」は永遠に。

ファンはもとより、多くのミュージシャンからリスペクトされるザ・バンド。1960年代から70年代までの激動の音楽シーンを生き抜き、さまざまな伝説を残した偉大なグループです。今はアルバムからしか彼らの足跡を語ることはできなくなってしまいましたが、偉大な半生を振り返ります。

ザ・バンド誕生

ザ・バンドの結成は、1959年まで遡ります。当時、アメリカで活動していたロニー・ホーキンスは、自身のバック・バンドであるザ・ホークスと共にツアーを行っていましたが、アメリカ本国での人気が低迷し、カナダを中心に活動していました。
しかし、ホークスのメンバーは慣れない他国での活動に嫌気が差し、1人また1人とバンドを去っていきます。
結局、ドラムを担当していたリヴォン・ヘルム以外のメンバーが全員脱退してしまったため、現地でカナダ人のメンバーを募集することになりました。
オーディションによって集められたメンバーは、ギターのロビー・ロバートソン、ベースのリック・ダンコ、ピアノのガース・ハドソン、キーボードのリチャード・マニュエルで、ここにザ・バンドのメンバーが揃うことになったのです。

長い下積み生活

ザ・バンドの実力と高い音楽性は誰もが認めるところですが、デビュー当時の彼らはあくまでバック・バンドとして生計を立てるプロ・ミュージシャンでした。
スタイルだけ見ると現在のトトのようにもおもえますが、スタジオ・ミュージシャンとしての報酬は現在とは違い、ザ・バンドの場合はどちらかと言えばツアー・ミュージシャンとしての色合いが強かったようです。
売れないロックン・ローラー、ロニー・ホーキンスと別れたメンバーは、カナダとアメリカを行き来して地道にライブ活動を展開します。
1964年、彼らの演奏を見た当時のボブ・ディランのマネージャーが、バック・バンドとして採用します。しかし、ボブ・ディランと言えばアコースティック・ギター1本で歌い上げるスタイルが定着していた時期。行く先々でザ・バンドのメンバーは激しいブーイングにさらされることになるのです。
過激なファンのバッシングに耐えられなくなったリヴォンは、一時バンドを離れてしまいます。
ツアーに同行するバック・バンドは今も昔も日雇いに近い労働条件であることが多く、ツアーが終了すると無収入になることが一般的です。
ボブのツアー終了と同時に仕事が無くなるという暮らしを続けていたメンバーは、全員で大きなコートを着てスーパーで食料を万引きしたことさえあったと後のインタビューで語っています。
ただ、この頃の共同生活がバンドの結束を高めていったことは全員が認めており、その後の飛躍につながっていったのです。

成功へ

一時期、彼らの極貧生活を見かねたボブに招かれウッド・ストックにある彼の別荘で共に生活した時期もありました。

通称ビッグ・ピンクと呼ばれる家で毎日のようにセッションを繰り返し、自分たちのスタイルを構築していったのです。
そして1968年、正式にバンド名をザ・バンドと改名。ボブの別荘での音源を元に、アルバム「Music from Big Pink」でデビューします。このアルバムからシングル・カットされた「The Weight」は、当時大ヒットしたデニス・ホッパーとピーター・フォンダによる映画「Easy Rider」の挿入歌としても使われ、ザ・バンドの名前をワールド・ワイドなものにしました。

翌1969年にリリースされたセカンド・アルバム「The Band」は、最終的にプラチナ・アルバムを獲得するヒット作となり、トップ・ミュージシャンの仲間入りを果たすことになるのです。

ザ・バンドの真骨頂はその高い演奏スキルにあり、下積み時代からツアーによって培われてきた即興性は、多くのミュージシャンに一目置かれるところでした。彼らのライブ・バンドとしての実力は、ボブ・ディランとのツアーを記録したライブ・アルバム「Before the Flood」のヒットでも証明されています。1974年にリリースされたこのアルバムは、ビルボード最高3位を記録する大ヒット・アルバムとなりました。
しかし、商業的な成功と共に、バンド内では創生期からバンドをまとめてきたリヴォンと、コンポーザーとしてバンドの成功に貢献したロビーとの間で対立が生まれることになります。

ラスト・ワルツ

リヴォンを始めとするメンバーは、ライブ・バンドとして成功を手にしたザ・バンドは今までどおりの活動を続けていくべきだと主張するのに対し、ロビーはツアーの頻度を落とし、スタジオでのアルバム制作により多くの時間を割くべきだと主張します。
両者の考えが平行線をたどる中、キーボードのマニュエルがストレスからドラッグとアルコールに溺れ体調を崩してしまいます。大規模なツアーの限界を感じたメンバーは、活動休止をするという選択肢に落ち着きました。
また、ロビーはこの時、活動停止イコール解散と捉えており、バンド存続を希望していた他のメンバーとは大きな違いがあったそうです。
1976年11月24日、サンフランシスコのウィンターランドで行われたラスト・コンサートには、多数の大物ミュージシャンがゲストとして参加し、その影響力の高さを証明してみせました。
その後、オリジナル・メンバー全員が揃って演奏することはなく、ここに8年にわたってアメリカのミュージック・シーンを支えてきた偉大なライブ・バンド「ザ・バンド」の歴史は幕を下ろしました。

ザ・バンドのおすすめアルバム

やはり「The Last Waltz」は、ぜひ聴いておきたいアルバムとしておすすめします。ボブ・ディランを始め、マディ・ウォーターズ、ドクター・ジョン、ロン・ウッド、リンゴ・スターなどそうそうたる顔ぶれが集まったこのイベントは、当初マーティン・スコセッシ監督の記録映画として公開され、その後3枚組のサウンド・トラック・アルバムとしてもリリースされました。
満足の行く演奏内容ではないとか、ライブ・アルバムとしては過剰なダビングが目立つといった指摘もありますが、1970年代を代表する音楽イベントの1つとして見れば十分満足できる内容であることは間違いありません。
映画の最後では、ロビーの弾くギブソン10弦ハープギター荘厳なコードで始まるタイトル曲が演奏されます。
次第にフェード・アウトしていくメンバーの姿に被さるようにエンド・ロールが流れ、一夜限りのお祭りの幕が閉じていく表現がなされるわけですが、この曲ではマニュエルがスライド・ギターを、リヴォンがマンドリンを担当し、複数の楽器を演奏できるメンバーのスキルの高さが伺えます。

そして、次におすすめするのもライブ・アルバム「Rock of Ages」です。リリース当時もザ・バンドの高い演奏力が話題になったアルバムですが、収録された曲も良質なものばかりです。「W.S. Walcott Medicine Show」はホーン・セクションが印象的な名曲ですが、リヴォンとリックの特徴のあるボーカル、ロビーがピックを深く持ってハーモニクス気味に弾く特徴的なギター・サウンドなど聴きどころが満載。
曲が終わり観客の歓声が聞こえるまで、ライブであることを忘れてしまいそうなくらい高い完成度になっており、改めて彼らが優れたライブ・バンドであることに気づかせてくれる1枚になっています。

1つの時代の終焉

解散時、ロビーとリヴォンの間に生じた亀裂は長い年月を経ても修復されることはありませんでした。1983年にザ・バンドが再結成された際にロビーの姿はなく、1994年、ロックの殿堂入りの表彰式ではリヴォンは参加しませんでした。
ロビーのいないザ・バンドのツアーの最中、マニュエルが自殺。オリジナル・メンバーの1人が欠けてしまいます。
そして1999年、リックが56歳と言う若さでこの世を去ります。メンバー唯一のアメリカ人でザ・バンドの礎を作ったリヴォンも、2012年に病で亡くなってしまいました。
残ったガース・ハドソンは80歳を超える高齢ながら現在も活躍しており、またロビーも実験的な創作活動を続け、健在ぶりをアピールしています。
すでに5人のうち3人がいなくなってしまった以上、ザ・バンドとしての新しい音源を聴くことは叶いません。
文字通り、「The Last Waltz」が1つの時代の終焉を表していたのでしょう。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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