ラッシュ:カナダが生んだ超絶テクニカル集団

世界的なプログレッシブ・ロック・バンドとして半世紀近く君臨し続け、後進のミュージシャンに多大なる影響を与えてきたラッシュ。母国カナダでは、アメリカのグラミー賞に匹敵すると言われ、もっとも栄誉あるジュノ賞を贈られています。そんな彼らの歩みを見てみましょう。

ラッシュ誕生

カナダのブリティッシュ・コロンビアで生まれたアレックス・ライフソンが、初めてギターを弾いたのは12歳の時。その年の誕生日に父親からプレゼントされたクラシック・ギターで音楽に目覚め、以降独学でギターを覚えていきます。
その後トロントでメンバーを募集し、ベースにジェフ・ジョーンズ、ドラムにジョン・ラトジーを迎えてラッシュを結成します。しかし、ジェフは間もなくバンドを去り、新たにアレックスの旧友でもあったゲディ・リーがベース・ボーカルとして加わることになりました。
バンドはその後長い下積みを経験し、デビューの話がまとまったのはラッシュが誕生してから6年後のことでした。1974年には「Rush」を発表し、アメリカ・ツアーに出発しようとする矢先、今度はドラムのジョンがバンドを脱退します。急遽ニール・パートがバンドに加わり、ここにラッシュのオリジナル・メンバーが揃うことになるのです。

ハード・ロックからプログレッシブ・ロックへ

デビュー・アルバム「Rush」は、ブリティッシュ・ロックの影響を強く受けたハードなサウンドが特徴で、まるでレッド・ツェッペリンの初期のようなアレンジの作品です。
ところが、2枚目のアルバムからはドラムのニールが詩を提供するようになります。彼の詩はとても哲学的で高い評価を受けており、ニール自身も詩人のニックネームで呼ばれることがあるほどです。実際、彼が書いたラッシュの歌詞を分析した書物も多数出版されています。
ラッシュは、ニールの書いた詩をバンドで表現することを考え始めます。文学的な詩に合わせ、サウンドもアレンジも自然とプログレ指向に変わっていったのです。
そしてこのことから、ラッシュを他のバンドと一線を画す存在になっていくのです。トリオという最小単位のユニットでも重厚な音を出すため、シンセサイザーを導入。ゲディはベース・ボーカルの他に、ダブル・ネックでギターを弾いたりキーボードを弾いたりしました。果てはベースを弾きながら歌を歌い、足でフット・シンセをコントロールするといったマルチな才能を見せます。

難解なプログレ・ハードからポップなプログレ・ロックへ

4年で7作というハイペースでアルバムを発表し続け、「2112」、「All the World’s a Stage」などのプログレ・ハードの名作と呼ばれるアルバムもリリースしていきます。
そんな中、初のアルバムをまたぐ形での連作「A Farewell to Kings」、「Hemispheres」は高い評価を受け、全米ランキングでも50位以内にランキングされるヒット・アルバムとなりました。
しかし、1曲が17分を超える楽曲などもあり、ラジオ曲やレコード会社からはあまり歓迎されていなかったのも事実。その後、より親しみやすいプログレを目指しリリースされたのが「Permanent Waves」でした。全米4位という、ラッシュのアルバムの中では過去最高のヒットを記録します。シングル・カットされた「Spirit of Radio」は4分57秒にまとめられたポップでキャッチーな曲ですが、ラッシュらしい複雑なリズムとコードワークが印象的な名曲です。この曲は、彼らの名前を決定的なものにしました。

テクニカル集団

ラッシュの3人は、超がつくほど高いスキルの持ち主です。ギターのアレックスは、現在はケーラーのトレモロ・ユニットが搭載されたギブソン・レスポールとマーシャル・アンプの組み合わせがメインとなっていますが、以前はストラトキャスターにヒュース&ケトナーの組み合わせを好んで使用していた時期もありました。
また、ライブの特徴としてギターとアンプをつなぐシールド上のアクシデントを防ぐために、足元のエフェクター類にはギターの信号が入力されていません。これはアレックスが最初に始めた試みです。エフェクター類は単に音をカスタマイズする信号を発するためのスイッチとして使用しており、同様の取り組みはドリーム・シアターのジョン・ペトルーシなどが行っています。
ベース・ボーカル担当のゲディは、高い金属的な声が特徴。本人曰く「首を絞められた鶏のよう」と例えています。しかし、ボーカルとしての才能、プレイヤーとしてのスキルの高さは誰もが認めるところで、ステージ上ではギター・ベース・キーボード・フット・シンセとさまざまな楽器を弾きこなします。
メイン・ベースは、ベースと12弦ギターの組み合わせのリッケンバッカー4001・ダブルネックタイプで、MIDIでコントロールされたフットベースとの組み合わせで多彩な演奏が披露されました。
その他には、1971年製のフェンダー・ジャズベース、スタインバーガー、自身のシグネイチャーモデルであるフェンダーのベースも使用しています。
ドラムのニール・パートは、世界中の音楽雑誌の人気投票で常に上位にランキングされるほどのテクニックを持っており、多くのドラマーが彼のプレイスタイルから影響を受けたことがわかります。
ニールの特徴は、360度囲まれた要塞のようなドラムセットで、ソロ時には180度回転して専用のドラムセットが出現するようになっていることです。
また、派手なロールを行うのでなく、曲のテーマに合わせた的確なフィルを入れることができるテクニックとセンスがあります。それはドラム・ソロにおいても同様で、シーケンサーを使用して1人でメロディとドラムを演奏するという非常にレベルの高いものになっています。

ラッシュのおすすめアルバム

ラッシュは時代と共に常に進化しており、ファンの間でも好きなアルバムが分かれる傾向があります。また、セールス的に成功とは言えなくてもファンの間では評価の高いものもあり、ベストのアルバムを選ぶことは大変困難な作業です。
まず、8枚目の「Permanent Waves」と次作「Moving Pictures」は、多くの人がおすすめアルバムとしてあげるのではないでしょうか。
それぞれ全米4位、3位と共に大ヒットを記録したこのアルバムには「The Spirit of Radio」、「Tom Sawyer」など長くライブのヘッドセットの中心を担う名曲が収録されています。

プログレ色を強く感じたいと言う方は、4枚目の「2112」や、7枚目の「Hemispheres」など比較的初期の作品の中から選ぶといいでしょう。
セールス的には大ヒットというわけではありませんが、ファンの間では人気のあるアルバムです。ファースト・アルバムのようなハードなラッシュが好みという方は、13枚目のアルバム「Counterparts」をおすすめします。1980年代、世界を席巻したヘヴィ・メタル・ムーヴメントが去った中、あえてヘヴィ・メタル色を強く出した異色作で、全米2位を記録する大ヒットとなりました。
とくに、アレックスの不気味なリフで始まる「Stick it Out」は、ラッシュ史上もっともハード・ロックしているナンバーと言われています。

再始動から終焉へ

セカンド・アルバムから一切のメンバーチェンジを行わず、コンスタントにアルバムを発表してきたラッシュですが、活動停止の危機に見舞われたこともありました。
1997年、ニールの愛娘が19歳という若さで交通事故により亡くなってしまいます。そして翌1998年には、20年以上にわたってニールを支えてきた妻を病気で失ってしまったのです。
全てに対して興味を失ってしまったニールは音楽活動から遠ざかり、「Different Stages」をリリースした後バンド自体も活動休止を発表します。
その後カウンセリングなどを受け、オートバイによる放浪の旅に出ます。9万km近い旅を終えたニールは、再びラッシュに復帰。以後はコンスタントに活動を続けていきました。
2012年、「Clockwork Angels」を発表したあともツアーを行い、新作も期待されていましたが、2018年に入りアレックス、ゲディが相次いで雑誌のインタビューでラッシュとしての活動が終了したことを報告しています。

もともとニールは、持病の腱鞘炎の悪化から2015年に行われたラッシュ生誕40周年記念ツアーを最後にツアーから引退することを発表していましたが、アルバムに関してはリリースを続けていく方向でまとまっていました。
ところが、ここにきてニールはラッシュだけでなく、ドラムをプレイすることそのものからリタイアしたとのことで、アレックスとゲディも今後、ラッシュとしての活動は一切行わないことに決めたようです。
現在、アレックスとゲディによりプロジェクトは進められているようですが、それはラッシュとは全く違うものになるとのことです。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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