ウィッシュボーン・アッシュ:リッチーも認めたツイン・リード

フライングVとストラト・キャスター、異なるギターを使う2人のギタリストを持つウィッシュボーン・アッシュは、偶然ディープ・パープルの前座をつとめたことで未来が変わります。リッチー・ブラックモアが彼らのプレイを気に入り、プロデューサーのデレク・ローレンスを紹介。一夜にしてメジャー・デビューを果たすことになるのです。

ウィッシュボーン・アッシュ結成

1966年、イギリスのデヴォン州にてベースのマーティン・ターナー、ギターのグレン・ターナー兄弟にドラムのスティーヴ・アプトンが加わり、ザ・エンプティ・ヴェッセルを結成。拠点をロンドンに移し、クラブなどで活動を開始します。しかし、活動後すぐにグレンがバンドを去り、後任にテッド・ターナーが加入。さらにもうひとりのギターアンディ・パウエルが加わり、メンバーが揃います。
当時、ツイン・ギターと言えば片方がリード・ギター、片方がサイド・ギターといった具合に、役割分担を明確にしたものがほとんどでした。
例外的なものに、デュアン・オールマンとディッキー・ベッツを擁するオールマン・ブラザーズ・バンドがありましたが、カントリーやブルース色が強いオールマン・ブラザーズ・バンドに比べ、プログレッシブ・ミュージックやクラシックからの影響を強く感じさせるスタイルはとても斬新なものでした。
メンバーが安定し本格的な活動をスタートさせたところで、バンド名をもっと印象深いものに変えることにします。
その頃、ザ・エンプティ・ヴェッセルからタングルウッドに改名していましたが、あまり評判が良くなかったのです。候補として、鳥の叉骨を表すウィッシュボーンと灰を意味するアッシュが候補に上がり、語呂が良かったことから2つを合わせてウィッシュボーン・アッシュと名乗ることにしました。

卓越したセンスと確かなテクニックを持ったアンディとテッドのギター・プレイはすぐに話題となりますが、なかなかデビューできずに4年ほど経過します。バンドの転機となったのは、当時スモーク・オン・ザ・ウォーターのヒットでブレイクしていたディープ・パープルの前座をつとめたことがきっかけでした。
彼らのプレイを見たリッチー・ブラックモアがひと目でアンディとテッドのツイン・リードを気に入り、デビュー・アルバム「Shades of Deep Purple」のプロデュースをしたデレク・ローレンスを紹介します。
1970年、デレクのプロデュースのもと制作された「Wishbone Ash」をMCAからリリースし、念願のメジャー・デビューを果たしました。

ブリティッシュ・ロックを代表するバンドへ

ファースト・アルバムからわずか9ヶ月後、セカンド・アルバム「Pilgrimage」をリリースします。このアルバムでは、有名なソウル・ジャズ・プレイヤー、ジャック・マクダフの代表曲「Vas Dis」を大胆にアレンジしており、彼らのスキルの高さが伺えます。
そして翌1972年、ウィッシュボーン・アッシュの名前を不動のものにした名盤「Argus」をリリース。
アンディとテッドのツイン・リードの完成形とも言われたこのアルバムは、ファンだけでなく業界からも高い評価を受けます。全英チャートで3位を記録し、イギリスの音楽雑誌が主催したロックのベスト・アルバム部門で1位に選出されたのです。
続く1973年には、初のライブ・アルバム「Live Dates」をリリースします。この2枚組のアルバムの中には、これまでリリースされた4枚のアルバムの中から代表曲がピックアップされ収録されています。
改めて高い演奏スキルを世に知らしめたこのアルバムは、ライブ・アルバムとしては異例のヒット作となります。テッドのストラト・キャスターとアンディのフライングVによるツイン・リードと美しいコーラスは、ヨーロッパを中心に広く知られることになりました。
やはりフライングVの使い手として知られるスコーピオンズのギタリスト、ルドルフ・シェンカーもアンディのプレイに触発され使用するようになったと言われるほどです。

アメリカ進出とバンドの危機

すでにイギリス・ヨーロッパでの成功を決定づけた彼らは、本格的にアメリカ進出を図ります。しかし、バンドは最大のピンチを迎えることになるのです。
活動拠点をアメリカに移すことにテッドが賛成せず、バンドから去ってしまいます。ウィッシュボーン・アッシュ最大のセールス・ポイントの消滅は、バンドの魅力を半減させてしまいました。そこで、急遽オーディションを行い、ホームのギタリストであったローリー・ワイズフィールドを迎えます。
ローリーは、使用楽器がストラト・キャスターで細身のルックスもテッドに似ており、ビジュアル的にも違和感はありませんでした。むしろギター・プレイに関しては、テッドよりも高いスキルを感じさせるほど。ウィッシュボーン・アッシュは新たなスタートをきることになるのです。

長い低迷期

アメリカ進出を果たしたものの、バンドは長い低迷期に陥ります。初のアメリカでのスタジオ・アルバム「There’s the Rub」は、ウィッシュボーン・アッシュの原点を感じさせる仕上がりでしたが、その後はアメリカという市場を意識し過ぎたためか、本来のプログレ色の強い野心的な作品は影を潜め、安全運転に徹したようなアルバムが続いてしまいます。
「Locked In」、「New England」とコンスタントにアルバムをリリースするも、アメリカはおろか本国イギリスにおいても商業的な成功には至りませんでした。
そして、14枚目のアルバム「Number the Brave」のリリース後から、メンバー・チェンジが激しくなっていきます。ベースはジョン・ウェットン、トレバー・ボーダー、マーヴィン・スペンスと1作ごとに変わり、ついに15枚目のアルバム「Raw to the Bone」を最後にギターのローリーも脱退してしまいました。
とくに、リード・ボーカルとソング・ライティングに携わり、ウィッシュボーン・アッシュの声そのものであったマーティン・ターナーの脱退は大きかったようです。
後任を務めたキング・クリムゾン、U.K.などで活躍したジョン・ウェットン、元ユーライア・ヒープのトレバー・ボーダー、元トラピーズのマーヴィン・スペンスは、いずれも実力者揃いでしたが長続きはしませんでした。
テッドが去った後、長きに渡ってツイン・リードの一翼を担ってきたローリーの脱退で、バンドは完全に行き詰まってしまいました。

リユニオンと分裂

ここで助け舟を出したのが、初期のウィッシュボーン・アッシュを陰ながら支えてきたマネージャーのマイルス・コープランドでした。
少し前にマイルスは自らの新レーベルを起ち上げており、そこからインストゥルメンタルで構成された初期のような作品をリリースすることを提案してきたのです。
そこで、テッド・ターナー、マーティン・ターナーがバンドに復帰、実に14年ぶりとなるオリジナル・メンバーによるリユニオンが実現しました。
前作から2年ぶりの1987年、「Nouveau Calls」をリリース。同時に大規模なツアーも実施されました。全曲インストゥルメンタルであったこともあり、アルバム自体は成功したとは言えませんでしたが、オリジナル・メンバーによる完全復活ライブは大盛況。新たな成功を予感させました。
ところが、1989年にはデビューからアンディと共にウィッシュボーン・アッシュのリズムを支えてきた、ドラムのスティーヴ・アプトンが音楽業界からの引退を発表。1991年にマーティン、さらに1994年にはテッドが再びバンドを離れてしまいます。
その後はアンディを中心として若手ミュージシャンを起用し、コンスタントにアルバムを発表していますが、2004年、突然マーティン・ターナーがマーティン・ターナーズ・ウィッシュボーン・アッシュを結成。「Argus」の再録音やライブ・アルバムをリリースするなどの活動をしており、現在は2つのウィッシュボーン・アッシュが存在する形になっています。

ウィッシュボーン・アッシュのおすすめアルバム

ウィッシュボーン・アッシュの人気を決定づけた名盤「Argus」は外せません。美しいアコースティック・ギターの音色が印象的な「Time Was」で始まるこのアルバムは、全曲が名曲と言っても過言ではないほど高い完成度に仕上がっています。
遠くから近づいてくるようなマーチを思わせるスネアのリズムと、ワウの効いたギター・ソロで始まる「The King will Come」、荘厳なドラムロールと中世のイギリスを思わせるようなメロディが2本のギターで表現された「Throw Down the Sword」など、どれもブリティッシュ・ロックを代表する名曲と言えるでしょう。
もう1枚おすすめしたいアルバムが「No Smoke Without Fire」です。長い低迷期でアメリカにおける限界を感じたウィッシュボーン・アッシュは、1977年の「Front Page News」を最後に本国イギリスに帰還します。
そして、ともに初期の名盤を作り上げたプロデューサーのデレク・ローレンスを迎え、初心に帰って作られたのがこのアルバムなのです。
オープニングの「You See Red」の重いリフから独特のアルペジオによるバッキングへの変化は、まさに古き良きウィッシュボーン・アッシュ。プログレ色の強いイントロで始まる「Ships in the Sky」は、小曲ながらとても美しいバラードに仕上がっています。
このアルバムでは、アメリカを意識しすぎて迷走を繰り返していたバンドの方向性が再びまとまっており、長らく低迷の原因を押し付けられていたローリー・ワイズフィールドの底力を実感させるものとなりました。
ウィッシュボーン・アッシュは時代によってアルバムの質が大きく変わってしまうことはたしかです。もちろん個人の好みもありますが、初期ならば「Argus」を中心に「Live Dates」までの5枚。中期であれば「There’s the Rub」もしくは「No Smoke Without Fire」といったところではないでしょうか。
ハード・ロック、ヘヴィ・メタルとは一味違う、ブリティッシュ・ロックにおけるツイン・リードをぜひ堪能してみてください。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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