イエス:孤高のプログレ集団

半世紀にわたり音楽シーンの中でプログレッシブ・ロックを具現化し続けているバンド、イエス。複雑なテーマと高難度の楽曲、組曲を思わせるアルバム構成で活動した、後世のバンドに多大な影響を与え続ける存在。一部のファンから神と称され、現在も愛され続けています。

YES生誕

イエスの結成は1968年まで遡ります。クリス・スクワイアが結成したマーベル・グリース・トイショップというバンドにジョン・アンダーソンが参加したことから、1つのプロジェクトが始動しました。
その後、ギターにピーター・バンクス、ドラムにボブ・ハガーを加え4人編成になったところでバンド名をイエスに改名。ロンドンのクラブを中心にライブを重ねていきます。
翌1969年、ドラムにビル・ブルーフォード、キーボードにトニー・ケイを加えた布陣でファースト・アルバム「Yes」をアトランティック・レコードからリリースしました。
当時のアトランティック・レコードは、アメリカ本国のR&Bを中心としたミュージシャンと契約しており、イエスはイギリスのバンドとして初めて契約したことで話題になりました。
ところが、ファースト・アルバム、セカンド・アルバム「Time and a Word」共にアメリカで目立ったセールスを記録することはできませんでした。
音楽シーンの話題は、同時期にデビューし驚異的なセールスを記録し続けるレッド・ツェッペリンばかりだったのです。イエスはジャニス・ジョプリンのツアーの前座などで知名度をあげるという地道な仕事をこなしていました。
転機は1971年、ギターのピーター・バンクスが突然解雇され、後任にトゥモロウやデラニー&ボニーでギターを弾いていたスティーヴ・ハウが加入します。
高いスキルを持つスティーヴが参加したことで勢いを得たバンドは、続け様に2枚のアルバムをリリース。
「The Yes Album」は全英4位で全米40位、「Fragile」は全英7位で全米4位を記録し、一躍トップバンドとして注目される存在になったのです。

オンリーワンの存在へ

1972年、「Fragile」のヒットを受けて作られた5枚目のアルバムは、キーボードにリック・ウェイクマンを迎えて制作されました。当時のLP両面で3曲という長尺の楽曲はプログレ・ファンの心を掴み、全米チャート3位を記録。イエスを代表するアルバムになりました。
しかし、難解なバンド・コンセプトと常にセールス以外のところに目標を置くクリスの姿勢は他のメンバーの反発を招き、頻繁にメンバーチェンジを繰り返すことになります。
激しいメンバーチェンジは長く続き、結局クリス以外の全てのメンバーが脱退・再加入を繰り返し、2枚と同じメンバーでアルバムが作られることはありませんでした。
イエスの大作指向はその後も続き、「Tales from Topographic Oceans」は2枚組のアルバムのそれぞれの面に1曲ずつ、いずれも20分前後の大作であるにもかかわらず、全英で1位、全米でも6位を記録するヒット・アルバムとなりバンドの方向性を決定づけます。

時代に合わせた変化~2つのイエスへ

アルバムが順調なセールスを記録する一方、メンバー間ではあらたに金銭問題による不協和音が生じ始めます。
1980年、「Drama」をリリース後ギターのスティーヴ・ハウが脱退、元キング・クリムゾンのジョン・ウェットン、元エマーソン・レイク&パーマーのカール・パーマー、元バグルスのジェフ・ダウンズらとスーパー・バンド、エイジアを結成してしまいます。
イエス・サウンドの一翼を担っていたスティーヴの脱退により、バンドは一時的に解散状態に陥ってしまいます。
しかし3年後、初の全米No.1を獲得する「Owner of a Lonely Heart」が収録された「90125」で見事復活。イエスらしさを残しつつも当時の流行をうまく取り込んだ楽曲は、どれもコンパクトにまとめられており、もっとも長い曲でも「Hearts」の7分台でした。

懸念されたスティーヴの後任には、ラビッドなどで活躍していたトレヴァー・ラビンが抜擢されます。
アルバムのヒットで新生イエスの船出は順風満帆に思えましたが、ポップ指向の楽曲を中心にライティングするトレヴァー・ラビンと、より高い音楽性を追求したいジョン・アンダーソンの間で軋轢が生まれてしまいます。
結局、ツアーが終了した1988年、ジョンは再びイエスを離れることになってしまうのです。
その後、ジョンはイエスを去ったかつてのメンバーに声をかけ、新しいバンドを作ります。4人の頭文字を取ってABWHと名付けられた新バンドは、全員イエスに在籍していたミュージシャンでボーカルのジョン・アンダーソン、ドラムのビル・ブルーフォード、キーボードのリック・ウェイクマン、ギターのスティーヴ・ハウで構成され、全盛期のイエスを思わせるサウンドで活動を開始します。
1989年にアルバム「Anderson-Bruford-Wakeman-Howe」をリリースすると、ビルボード30位に入るスマッシュ・ヒットを記録します。
その後、イエスの関係者たちはクリス・スクワイア側を「イエス・ウエスト」、ジョン・アンダーソン側を「イエス・イースト」と呼び、二組は法廷闘争にまで発展する泥沼の争いを繰り広げることになります。

リユニオンへ

金銭的な問題も含め、両バンドは和解します。2つのイエスが1つになることで、再び新しいイエスが始動しました。
新生イエスには両方のメンバーが合流する形になり、ボーカルにジョン・アンダーソン、ベースにクリス・スクワイア、キーボードにトニー・ケイとリック・ウェイクマン、ドラムにアラン・ホワイトとビル・ブルーフォード、ギターにトレヴァー・ラビン、スティーヴ・ハウという豪華なメンバーが揃うことになりました。
ツイン・ギター、ツイン・キーボード、ツイン・ドラムという陣容になったイエスは、アルバム「Union」を発表。大盛況のうちにワールド・ツアーを終了しますが、ここでドラムのビルとギターのスティーヴが脱退、さらに次作のレコーディング直前にはリックも脱退し、8人編成のイエスは3年ももたずに終了。結局90125時代のイエスに逆戻りしてしまうのです。
その後も激しいメンバーの入れ替えがあったものの、コンスタントにアルバムを発表していましたが、2005年からツアー、レコーディングを中止し活動停止期間に入ります。
2008年、再び活動を開始。しかし、今度はメンバーの健康的な理由から入れ替えが頻発してしまいます。まず、ボーカルのジョンが病気によりバンドを去り、後釜として加入したベノワ・デヴィッドも健康上の理由から脱退してしまいます。
そして2015年には、イエスの創始者であるクリス・スクワイアが病気のため死去。ドラムのアラン・ホワイトが引き継ぐ形で現在も活動を続けています。

イエスのおすすめアルバム

時代にあった名盤を輩出しているイエスですが、まずプログレッシブ・ロックとして聴くなら初期のアルバムは外せません。
イエスの出世作とも言える「Fragile」と「Close to the Edge」はどちらも名盤ですが、ここではあえてライブ盤である「Yes songs」をおすすめします。
当時3枚組LPとして発売されたこのアルバムでは、イエスの卓越した演奏技術を肌で感じることができます。とくにE面に収録されている18分を超える「Close to the Edge」のプレイは、これぞイエスと呼べる高い完成度を誇っています。
逆に、ポップなメロディが主流になった後期のイエス・サウンドが好みだという方には、「90125」がおすすめです。大ヒットしたシングル「Owner of a Lonely Heart」の特徴的なギターリフは、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

現在のイエス


2018年、イエスは結成50周年ツアーを行っています。しかし、そこにはジョン・アンダーソンやクリス・スクワイアと言った結成時のメンバーは1人もおらず、かろうじてスティーヴ・ハウとアラン・ホワイトの在籍がイエスらしさを演出しています。
アルバムは2014年の「Heaven & Earth」を最後に発表されておらず、今後ニュー・アルバムがリリースされるかは未定です。

ミュージック・シーンに大きな足跡を残したイエス。創設者がいなくなったあともロックの巨人は歩みを止めないのかもしれません。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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