ロジャー・テイラー:クイーンを支えた天才ドラム

音楽作品の販売枚数は、全世界で2億枚を越えているとも言われるモンスター・バンド、クイーン。そのバリエーションに富んだ楽曲を的確なドラム・テクニックと抜群のコーラス・ワークで支えてきたのがロジャー・テイラーです。

クイーン参加まで

ロジャー・テイラーが初めて接した楽器は、8歳の時に手にしたウクレレでした。11歳の時にトルロ大聖堂学校の聖歌隊に加入し、クリスマスや冠婚葬祭のイベントで歌うようになります。この頃の経験は、後にクイーンのサウンドに大きな影響を及ぼしたと言われています。
また、ギターやピアノとさまざまな楽器を経験しますが、彼が一番気に入ったのはドラム。高校時代には、すでにローカル・ミュージシャンのバックバンドでドラムを叩き、自身のバンドではドラム・ボーカルとしてローリング・ストーンズやジェームズ・ブラウンのカバーを演奏し、キャリアを重ねていきました。
その後、歯科技工士の資格を取るためロンドン・ホスピタル・メディカル・カレッジに進学するも解剖学などに抵抗を感じて退学、2年後にノース・ロンドン工芸大学に入学し、生物学の理学士号を習得します。
その頃、インペリアル・カレッジ・ロンドンに通いながらバンド・メンバーを探していたブライアン・メイと知り合い、スマイルを結成。
スマイルはロジャーがドラム、ブライアンがギター、ティム・スタッフェルがベース・ボーカルというトリオ編成のロック・バンドで、ジミ・ヘンドリックスやピンク・フロイドの前座として演奏するなどの活動をしていました。マーキュリー・レコードからシングル1枚をリリースしますが商業的には成功せず、ティムが脱退してしまいます。
そこで、ティムの代わりに加入したのが、イーリング・アート・カレッジでティムのクラスメイトだったフレディ・マーキュリー。その後オーディションによってジョン・ディーコンが加入し、クイーンのラインナップが揃うことになるのです。

クイーンでの役割

クイーンはメンバー全員が作曲することで知られていますが、初期のロジャーはストレートでハードな曲を提供していました。また、1つのジャンルに収まりきるようなバンドではありませんが、ハード・ロック・バンドとして評価されていた点についてはロジャーのコンポーザーとしてのスキルが影響していたとも考えられます。
自身がリード・ボーカルを担当する際は、コーラス時のソプラノとは打って変わってロッド・スチュワートばりのハスキー・ボイスを披露します。
ファースト・アルバム「Queen」の「Modern Times Rock ‘N’ Roll」や、代表的なアルバム「A Night at the Opera」の「Death on Two Legs」は、ロジャーならではの魅力が十分に堪能できる佳曲となっています。
彼がクイーンに与えた影響の中でもっとも大きい点は、巧みなコーラス・ワーク。前述した聖歌隊での経験から、それまでのロック・バンドのコーラスとは一線を画すクラシカルで透明感あふれるソプラノ・コーラスは、フレディの作るスケールの大きい楽曲に無くてはならないファクターとなりました。
特に、「Bohemian Rhapsody」のオペラ調の部分や、「Somebody to Love」におけるハイ・トーン・コーラスはロジャーでなければ表現できなかったパートと言われています。

ドラマーとしてのロジャー・テイラー

オーソドックスながらも、的確なドラム・ワークと複雑なコーラスを同時に行いながらプレイするスタイルには定評があります。ロジャー自身、長いドラム・ソロは必要ないとインタビューで答えていますが、それでもライブのハイライトでは素晴らしいドラム・ソロを披露しています。
初期のライブでは「39」を演奏する時に、ステージ前方でバス・ドラムだけを設置し、タンバリンとバスドラ、それにコーラスを担当するというパフォーマンスを展開し人気を博しました。
また、「Dreamers Ball」ではビッグ・バンド風のスウィング・ドラムを披露し、キャパシティの広さを感じさせてくれました。

ロジャー・テイラーのおすすめアルバム

クイーンとしてではなく、あくまでロジャー・テイラーの魅力が感じられるアルバムをおすすめします。まず卓越したコーラスの美しさが堪能できる「Somebody to Love」が収録された「A Day at the Races」です。このアルバムは、大ヒットした前作「A Night at the Opera」を意識したアレンジが目立ち、オーバー・アレンジとの批判もありますが、完成されたコーラス・ワークは見事と言うしかありません。
また、このアルバムで唯一ロジャーが提供しボーカルも取っている「Drowse」は、ビートルズ時代を思わせる古き良きブリティッシュ・ロックの香りを感じさせる佳曲となっています。

次に、1984年のヒット曲「Radio Ga Ga」が収録された「The Works」もおすすめの1枚です。クイーンは世界でただ1つ、メンバー全員がそれぞれ作曲した楽曲がチャートの1位を獲得しているバンドとして知られていますが、その中でももっとも遅く1位を獲得したのがロジャーの「Radio Ga Ga」です。
後期のライブにおける定番ともなったこの曲は、ポップス界の女王レディ・ガガの名前の由来になったことでも有名です。

最後におすすめするのは、フレディの死後リリースされた「Made in Heaven」。このアルバムに収録された「Heaven for Everyone」は、もともとロジャーのソロ・ユニット、クロスにフレディがゲストとして参加した時に収録されたものでした。クロスのシングルではロジャーがリード・ボーカルを担当していますが、アルバム用にフレディのボーカル・バージョンをテイクしていたため、音源として活用することができたのです。

また、クイーンの全アルバム中、唯一同一曲内でフレディ、ブライアン、ロジャーがボーカルを取った「Let Me Live」では、フレディに続き2番目に独特なハスキーボイスを聴かせてくれます。
美しいメロディと印象的なコーラス、それに「生きさせて、新しいスタートを切らせてくれ」と言った切実な歌詞と全てが揃ったこの名曲は、前述の「The Works」の制作段階でロッド・スチュワートとのセッション中に作られたものです。

クイーン以外の活動

ロジャーはクイーンの活動休止中にザ・クロスと言うユニットでソロ活動をしており、このバンドではボーカルとサイド・ギターを担当していました。ほとんど実験的な試みであったためかセールス的には実績をあげることができず、アルバム3枚をリリースするも、なかには本国イギリスですら発売されなかったものもありました。
フレディが亡くなったあと、再びソロ活動をするもそれほど力を入れていたわけではなく、ブライアンとのクイーン再始動に心は動いていたようです。
その後、さまざまな世界的ボーカリストとセッションを重ね、2004年に元バッド・カンパニーのポール・ロジャースとクイーン+ポール・ロジャースを結成。スタジオ・アルバムとライブ・アルバムを1枚ずつ発表し、2度に渡る大規模なワールドツアーも敢行しますが、ポールのバッド・カンパニーの再結成もありプロジェクトは終了します。
そして、アメリカのオーディション番組がきっかけでブレイクしたアダム・ランバートを加え、クイーン+アダム・ランバートとしてヨーロッパ・ツアーを皮切りに3年にもおよぶワールドツアーを行いました。
アダムを加えたニュー・アルバムが今後発表されるかは不明ですが、ブルース色の強かったポールに比べ、若いながらもさまざまなジャンルを歌い分けることができるアダムの方が、よりクイーンらしいサウンドを実現できそうな気もします。

Queen Official – YouTube

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧