“キビヤック“ 強烈な臭いの伝統食は厳しい土地で生き残るための栄養源

臭いが非常に強烈だといわれる発酵食品、キビヤックをご存知でしょうか?
アザラシの腹に海鳥を入れて発酵させるという、臭いだけでなく見た目にもインパクトがある伝統食です。
ツンドラ地域の寒さの厳しい冬は、野菜や果物などの食料を手に入れることが難しいです。
そのため、ビタミン・ミネラルを補うため栄養豊富な保存食としてキビヤックが伝統的に食べられてきました。
では、キビヤックを食べるのはどのような人々なのか、どのように作るのかご紹介しましょう。

キビヤックとはいったい何?

キビヤックとはグリーンランドのカラーリット民族や、アラスカ州のエスキモー民族の伝統的な発酵食品です。
アザラシの腹に海鳥を入れて発酵させ、海鳥だけを食べます。
発酵に2か月~数年と長期間要することから保存食としても用いられてきました。
栄養豊富なことから滋養強壮効果があるとされ、健康食品のように食べられることもあります。
しかし、基本的には誕生日やクリスマス、結婚式などお祝いの席で出される特別な料理です。
グリーンランドの南部、シベリア州の極北海沿岸部など寒さの厳しいツンドラ気候で食され、臭いが非常に強烈な発酵食品としても知られています。
厳しい寒さから農耕で穀物を作ったり、野山で新鮮な植物や果物を採って食べたりすることができないため、食品から摂取できるビタミン・ミネラルは貴重とされています。

キビヤックを作る際は、アザラシの腹中にアパリアスという海鳥を数十羽から数百羽詰め込みます。
腐敗させず発酵を進めさせるため、空気が入らないようにしなければなりませんから、かなりぎゅうぎゅうに詰め込みます。
アパリアスは黒っぽい色でお腹だけ白く、大きさはハトより小さいくらいです。
春の温かい時期に営巣をするため群れで降り立ちます。数千羽の群れでやってくるため、魚などを取るときに使う網で容易に捕獲することができます。
また、アパリアスはキビヤックに使うだけでなく、ゆでて食べるなど現地の人にとっては身近な食材のようです。

キビヤックはアパリアスを丸ごと食べられる上、熟成させる間にアザラシの脂が染み込んでいきます。
夏の間に仕込んでおけば保存も効き、さらに発酵食品なので、乳酸菌の力によって微量のビタミンCが生成されます。
このような理由から、キビヤックはエスキモーの人々にとってビタミン・ミネラルを摂取できる重要な栄養源だといえます。

材料たった2つ!意外と単純なキビヤックの作り方

キビヤックの作り方はまずアザラシと、アザラシのお腹をギュウギュウにできるだけの数のアパリアスを用意するところから始まります。
数十羽~数百羽が必要と言われています。

  1. アパリアスを捕獲し、内臓が早く傷んでしまわないよう直射日光の当たらない涼しい場所に1日ほど放置します。
  2. アザラシの内臓と肉をすべて取り出し袋状にして、アパリアスをそのまま詰め込みます。
  3. 空気が入らないようにアザラシの腹を縫い合わせます。縫合部にハエが卵を産みつけるのを防ぐため日干ししたアザラシの脂を塗ります。
  4. 地中に埋め、キツネなどの獣に食べられないよう石を積むなどします。
  5. 2か月から数年間放置・熟成させます。
  6. アザラシを掘り起こし、アパリアスを取り出して食べます。

エスキモー民族とキビヤックの関係

どうしてキビヤックのような食品を食べる必要があったのでしょうか。
それはツンドラ地域に住む人々の食と栄養の事情にも関係しています。

カラーリット民族や、エスキモー民族が住むツンドラ気候とはどれほど厳しい土地なのでしょうか。
ツンドラ気候とは、最暖月平均気温が0℃以上10℃未満の土地のことを指します。寒さが厳しく、1年のほとんどが雪と氷に覆われています。
それでもグリーンランド沿岸部のツンドラ気候には、6月~7月頃に短い夏が訪れます。ですが、夏といってもその時期の平均気温は10度以下です。
短い夏の間にごくわずかに植物が生えることがありますが、基本的に農耕で野菜を育てたり野山から植物などの食材を調達したりすることは難しいです。

エスキモー民族を例にお話ししましょう。
エスキモーの人々が昔から住んでいる北極圏では、紫外線などの太陽光線が弱く、太陽光線の皮下取り込み量が不足しがちです。
人は太陽光を取り込むことでビタミンを生成することができますが、太陽光が少ない地域では他の地域に比べてより多くのビタミン・ミネラルを摂取する必要があります。

では、厳しい環境に住む民族たちはどのように生活していたのでしょうか。
エスキモーの人々はその昔、生肉を主食としていました。肉は火を通すとビタミンが酸化し分解されてしまいますが、生のままだと火を通すよりも多くの栄養が摂取できます。
野山で植物の採集や農耕はできませんでしたが、海ではアザラシやクジラを、陸ではトナカイなどを捕獲し食料にしてきました。

しかし、現代ではこのような伝統が失われつつあり、内陸部に移動し近代的な生活をするエスキモーが増えています。
寒さの厳しい沿岸地域に住み続けるエスキモーたちも、近年豊富な食品を調達できるようになったため、肉に火を通して食べる機会が増えました。
このため重大なビタミン不足に陥るエスキモーたちも増えているようで、生肉を食べなくなった今、ビタミン・ミネラルを補うサプリメントなどに頼る人たちもいるようです。

いったいどんな味?捨てるところなし、キビヤックのおいしい食べ方

キビヤックの食べ方をご説明します。
アザラシの腹から取り出したアパリアスの尾羽を手できれいに取り除き、総排出口(つまり肛門)に口を付けて液状化した内臓などの内容物をすすります。
首筋あたりは直接かぶりつき、皮を裂きながら肉も食べることができ、心臓部など血が多く固まっている部分もそのまま食べることができます。
頭部は頭蓋骨を割ると脳みそを食べることができ、骨はガムのように噛んで濃縮された旨味を楽しみます。

においが非常に強烈とされるキビヤックですが、味は果たしてどのようなものなのでしょうか?
食べた人の感想を見てみると、臭いを気にしなければ濃厚な鶏肉のようで美味しいようです。ブルーチーズなどのにおいが強いチーズに似ている、という人もいればヨーグルトのような味、という人もいます。キビヤックも発酵食品なので、発酵食品独特の風味があるのではないかと思われます。
残念ながら、キビヤックを通販などで購入することはできません。
現地に行って食べるしかありませんが、作り方が甘かった場合や、管理が悪い場合などは細菌が繁殖して食すと体調を壊す危険もあります。

まとめ

初めてキビヤックの作り方を見た時は、かなり強いインパクトを受ける方も多いのではないでしょうか。
しかし、キビヤックを伝統食としている人々の食事と栄養事情を考えると、昔からの知恵があったからこそ体を維持し、厳しい環境の中でも生活を続けられたのだとわかります。
普段自分が何気なく食べているものの中にも、世界から見たら驚かれるような食べ物があるかもしれませんね。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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