鋼の錬金術師:現実世界とリンクした概念について

荒川弘による漫画を原作としたアニメ「鋼の錬金術師」。連載開始から間もなく人気に火がつき、2018年までに映画化したりゲームになったりと、幅広くコンテンツを展開させていった。錬金術をテーマにした作品だが、錬金術を扱う上での根本の原理は現実の世界と同じものが用いられている。これが作品にのめりこみやすさに繋がり、読者および視聴者に刺さったのだ。この物語の中で扱われる「錬金術を扱う上での根本の原理」とは一体どういうことなのかを解説していこうと思う。

■等価交換という概念

本作の大きなテーマのひとつは「等価交換」という概念だ。これは現実の錬金術においても根本的な原理で、これをなくして錬金術は語れない。

等価交換とは、等しい価値のものを相互に交換するという意味である。無から有を作ることは不可能であり、何かを作り出したいのなら同等の代価を支払わなくてはならない、ということだ。私たちが生きる世界にはこの概念が当たり前に溶け込んでいる。

等価交換は主に2つの法則に区分される。
ひとつは質量保存の法則で、錬金術を成立させるのに使う原材料の質量と錬金術によって生成された質量は同じでなければならない、ということ。もう1つは自然摂理の法則で、原材料と生成されたものの物質は同じでなければならないというものだ。しかし作中では、現実の化学元素に則った法則と本作オリジナルの化学の法則が混在しているので、現実とは違う物質が生成される場合もある。
以上の2つを基礎とする等価交換は錬金術の基本的な考え方で、主人公のエドも事あるごとに等価交換という言葉を使う。それによって等価交換が重要な概念であることを何度も示している。

本作は様々な年齢層の人々に親しまれているが、少年誌に掲載されていただけあってやはり小中学生に絶大な人気がある。しかし、その年齢層の視聴者に対して「等価交換」というテーマを差し出したところで、果たして理解してもらうことができるのだろうか。作中では頻繁に説明文のような台詞が登場していたが、はっきり言って小中学生にはいささか難しい内容なのではないだろうか。

だが、敢えてこの「等価交換」という概念を重要視しているという事実に注目したい。
少年誌に掲載される漫画の王道パターンといえば、冒険の中で強敵と対峙し主人公が必死で戦ったり、冒険したりしていく中で出会いや別れを繰り広げるというものだろう。本作もこのパターンに沿っているがそれだけではなく、一般的な科学の常識や理論が存分に取り入れられたことが作品を飛躍させた大きな要因ではないだろうか。しかし、ただ難しい内容を盛り込むだけではないし、設定が複雑になればそれで良いわけでもない。現実でまかり通っている常識、理論、概念を取り入れたということが本作のポイントだ。また、作品の設定にリアリティが足されることにより、本作の中だけでの世界観を現実世界に照らし合わせて楽しむこともできるし、子どもたちは自身の知識が増えていくにつれて物語にどんどんのめり込んでいけるようになっていける。子どもが読んでいるからといって子どものレベルに合わせるだけでは、ある一定以上の飛躍は望めないのだ。

本作の中で核となるものは等価交換というテーマだが、テーマは他にも複数ある。しかし、大きなテーマそれぞれが同等に取り上げられてしまうと、作品の面白さが分散されてしまう恐れがあるため、大テーマの中から更にひとつ特別なテーマを見出した。そしてそこに全てを集約させ、さらにそこから物語を生み出していくことで、読者は物語の一番重要な部分を見失うことも、難しい設定に迷うこともなく楽しめるのだ。

本作は物語の骨組みと中心を作ることが非常に巧みだった。だからこそ幅広い年齢層に人気となったのだろう。また、この取り上げている概念が全世界共通のものであったことも功を奏し、世界各国で人気が集まった。

また、現実的な価値観を多く取り入れたとはいえ、それが違和感を持たせぬようにうまく物語のなかに取り込まれたという点が、本作の面白さに拍車をかけたのは言うまでもない。

■七つの大罪

※イタリア、フランシジェナ通りの地獄の石の中世の彫刻、七つの大罪。

主人公エドたちは様々な敵と対峙するが、敵対勢力の一員であり七つの大罪を冠した人造人間、ホムンクルスは特にエドたちを苦しめた。ここに登場するホムンクルスとは、現実の錬金術におけるホムンクルスの要素と、この作品オリジナルの要素の両方を合わせた設定になっている。

七つの大罪とは傲慢(プライド)、色欲(ラスト)、暴食(グラトニー)、嫉妬(エンヴィー)、強欲(グリード)、怠惰(スロウス)、憤怒(ラース)があり、それぞれ人間を罪へと導く可能性のある欲望を表している。キリスト教やカトリック教に伝わるもので、現実世界でも広く知られているだろう。

作品の中ではそれぞれの欲望が人の形をして動いている。以下、簡単にだが1人ずつ紹介していく。

まず「傲慢:プライド」。これは最初に作られたホムンクルスであり、彼らのリーダー的存在である。名前の通り傲慢な態度の持ち主で、冷酷な性格をしている。高圧的な姿勢や他者を見下す精神は正に傲慢そのものだ。身体的特徴はなく人間と同じ見た目をしているが、内に隠された本性は大罪の1つを如実に映し出したものであった。

「色欲:ラスト」はウェーブがかった長い髪、豊満な胸、他者を誘惑するかのようなドレスに身を包んだ女性の姿をしたホムンクルスだ。人間の三大欲求の1つ、性欲を彷彿とさせ敵の中でも中核的な存在であった。また、単独行動が多くミステリアスで魅力的な見た目をしている。7人のホムンクルスの中で唯一の女性キャラという点も、妖艶さを引き立たせていただろう。

「暴食:グラトニー」見た目でも分かりやすい、丸々とした体型が特徴のホムンクルス。常にお腹を空かせており、「食べて良い?」が口癖。マイペースな性格でどこか愛らしさをも感じさせるが、暴走すると凶暴化もする。常に何かしら食べている、非常に分かりやすい固体だといえるだろう。

「嫉妬:エンヴィー」は最も胸を穿つエピソードを展開したホムンクルスだ。一見中性的な見た目をしているが、本当はトカゲのような姿をしている。エンヴィーの嫉妬の根源は、その醜い体にまつわるものだった。体のせいで人類に蔑まれ、その結果人類を憎み下等な存在と決め付けていたのにも関わらず、最終的には同情や哀れみを向けられたのだ。そんなエンヴィーの最期は、敗北を悟り自決するという、悲しさばかりが浮き彫りになるものだった。なので、たとえ敵だとしてもエンヴィーの思いに心を打たれた人も多いのではないだろうか。嫉妬は誰しもが抱く感情であり、私たちにとって実に身近なものだ。他者と自分を比較してしまうことから生まれる嫉妬心のホムンクルス、エンヴィーには、多くの人が自己投影してしまうのではないだろうか。そのためエンヴィーは、敵であっても憎みきれないキャラクターであった。

「強欲:グリード」は実に欲望のままに生きていた。彼は「この世のものは全て俺のもの」と言い張っており、金、富、名声、地位、女、ありとあらゆるものを欲した。もちろんエドらとの戦いでの勝利も。そのため一度は敗北をしたにも関わらず、大国シン帝国の第十二子の少年、リンと交わる形で復活し生き続けている。生への執着が強いというのではなく、完全なる永遠の命を欲していたようで、常に勝気で万物の全てを我が手中にというスタンスは、命を失ってもなお一貫していた。最期は満足感の元に消滅したが、彼の欲深さは確かに大罪級であった。

「怠惰:スロウス」は「めんどくせー」が口癖の、大柄な男の姿をしたホムンクルスだ。動き、思考、感情、反応の全てが鈍く、その緩慢さが恐怖心を煽る。見た目のインパクトこそあるものの、作中ではあまり大きな活動を見せずに最後を迎えた。1つ象徴的なエピソードをあげるとすれば、そもそも彼はホムンクルス1のスピードを備えた男だった。そのスピードは目視不可能な程だったのだが、持ち前の怠惰さから能力を活かすことなく過ごしていた、という逸話がある。

「憤怒:ラース」は軍事国家、アメストリスの大総統キング・ブラッドレイの真の姿。普段は温厚で紳士的な人物だが、胸の内には自身の強さを誇示したくてたまらないという欲望が隠されていた。また、若干60歳にして衰えを知らない身体能力と戦闘能力の高さは、他者を平伏させる。ホムンクルスの中では唯一、愛と呼べるような感情を持っていて、当初は誰もが敵ではないと思っていた。また、本作のキーパーソンでもある。

以上のように、7つの大罪はホムンクルスという形で作品に取り込まれた。誰もが抱く欲望や執着心を具現化したキャラクターの登場はユーモアに溢れ、読者に親近感を抱かせた。欲望を剥き出しに生きることを体現したホムンクルスたちに憧れを抱きそうにもなったが、自身にも当然備わっている欲望たちに目を向けるような感覚も味わえたのではないだろうか。この七つの大罪を登場させたことは、人の心を掴むのに一役も二役もかったことだろう。何故なら自身に身に覚えのある感情ほど、人は惹き付けられるものだから。

自己の欲求に素直になることは意外と困難なものだ。ホムンクルスたちもみな最後は死、あるいは消滅という末路を辿ったことからも伺えるように、七つの大罪を持ち続けるということは、破滅へと繋がる道なのだ。しかし誰でも一度くらいは、欲望に忠実な生き方に憧れてしまうこともある。これを読んだ多感な時期にある子どもや思春期の児童たちにとっては、これから生きてゆく上での教訓として役立つものかもしれない。

■錬成術発動時のポーズ

本作に登場する国家錬金術師ならびに錬金術を行使する者は、練成陣という魔方陣を用いて術を発動させる。一般的には壁や地面等に練成陣を書いて行うのだが、自身の能力や戦闘のときのことも考慮して、特殊な布でできた手袋に練成陣を描き常にはめておくといったテクニックもある。

しかし必須なはずの練成陣を用意せず、特殊なポーズにて錬金術を発動する者もいる。それがエドだ。

エドは胸の前で手を合わせる「手合わせ練成」にて錬金術を発動する。エドは「真理の扉」という、錬金術の禁忌である人体練成を行った者のみが見られる扉の内側を見てしまったため、手合わせ練成が可能となったのだ。

このポーズはたくさんのファンの人々の心に刻まれ、ポーズを真似する人が後を絶たなかった。特にアニメで手合わせ練成のシーンが映し出されたときは、たくさんの小学生や小さな子どもがこぞって真似をした。「鋼の錬金術師」をジェスチャーで表現せよ、という問いがあったら、十中八九、この手合わせ練成のポーズをするだろう。それくらい知名度が高く、本作の人気を示す指標ともなった。

エドは身体的な特徴の多いキャラクターだが、それよりも大きなインパクトを与えたのがこのポーズだ。確かに地味に練成陣を描いて錬金術を発動しても、それほど正直格好良くはない。「パンッ」という手を合わせる音、自信満々のエドの顔、ポーズから繰り出される錬金術というアクション、そしてその錬金術に平伏する敵。これに心を掴まれない者はいないのではないだろうか。他の国家錬金術師もスケールの大きな錬金術を次々と繰り出すが、このエドの手合わせ練成には到底敵わなかった。

ちなみに、エドの師であるイズミも手合わせ練成が可能である。しかしこちらが話題にならなかったのは、やはり「エドがやるから格好良い」ということを如実に物語っていると言える。

■さいごに

鋼の錬金術師の特徴は小難しい理論や概念、現実世界の体系などが豊富に盛り込まれている点である。少々複雑で現実世界ともリンクした設定は多くの人の心を惹き付け、どこか哲学めいた設定は人々の興味を誘う。しかし少年誌らしい一面も適度に描かれているので、ただ難しいだけでなく単純に格好良い、テンポが良い、といった理由でも親しまれた。幅広い年齢層に人気があり、世界でも広く評価されている本作の魅力はその絶妙なバランスにあるのだ。特にアニメ版は、話のテンポが軽快に描かれているので是非ご覧になって頂きたい。

※劇場版アニメ「鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星」PV

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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