アンリ・ルソー:独学で画家となった素朴派の代表

(Public Domain /‘myself’ by Henri Rousseau. Image via Wikimedia commons)

アンリ・ルソー(1844―1910)はフランス北西部のラヴァルという町に生まれた画家です。ルソーは元々パリの税関職員でしたが、仕事をしながら休日に絵画作品を描き41歳でようやく画家としてデビューを果たします。これまでの誰の作品にも似ていなかったルソーの絵は、同じ時代の芸術家には高く評価されたものの、大衆的な需要にはそぐわず不遇の時代が長く続きました。そして、彼の作品が脚光を浴びたのは晩年以降でした。

<不自然さの魅力>

(Public Domain /‘Sleeping Gypsy Woman’ by Henri Rousseau. Image via Wikimedia commons)

1897年に発表されたルソーの代表作「眠るジプシー女」は、129.5×200.7センチメートルのキャンバスに描かれた油彩画で、現在はニューヨーク近代美術館に所蔵されています。
満月の明るい夜、砂漠という不毛な場所で眠る一人の黒人女性の傍に、1頭の大きなオスのライオンが接近しています。しかし、ライオンは彼女を襲わないしあたりには穏やかな静寂に包まれているのではないか、と思わせる優しさが感じられます。ルソーの作品は、まるで夢のような情景を単純化したデザインとひかえめな色合いで丁寧に描くことが特徴です。

ルソーは誰かに弟子入りしたことも美術学校に通ったこともないため、彼の作品はしばしば技術的な拙さを指摘されますが、それがルソーの魅力なのです。ルソーの描く幻想的な世界は約200年も前に生み出されたものですが今なお愛され続けるほど、革新的な技術でした。そして彼のように、美術学校などで絵画教育を受けず独学で画家になった芸術家は“素朴派”と呼ばれます。

「眠るジプシー女」は素朴派ルソーを代表する一枚で、ルソーの画風が特に色濃く表現されています。ルソーは目に見えるものよりも、想像の世界や夢の世界の情景をたくさん描いたのです。そしてそんな彼の作品に、ゴーギャンやピカソ、詩人のジャン・コクトーらは深く共鳴しました。ルソーの絵はなかなか売れませんでしたが、画家や芸術家の仲間には早くから彼の作品の魅力を理解している人が大勢いました。

(Public Domain /‘Douanier Rousseau tour Eiffel’ by Henri Rousseau. Image via Wikimedia commons)
※「眠るジプシー女」と近い時代に描かれた作品「エッフェル塔」

素朴派と呼ばれる画家は絵画の伝統的な技法に囚われないため、ルソーが描く人間はどことなくバランスが悪いのです。また、周囲のモチーフと人間の大きさの比率が不自然だったり、形が歪だったりもします。そしてこの歪さや違和感こそが、彼の魅力の醍醐味に繋がっていると言えるでしょう。ルソーの絵からは懐かしさや、ひたむきに絵に向き合う純真さが溢れていて、単純に絵が上手い下手では測れない唯一無二のレベルの高さを持っています。

<虚言と想像力>

故郷ラヴァエルの市長に「眠るジプシー女」を購入してもらえないと持ちかけますが、断られてしまします。またルソーはときどき現実と妄想の境界が曖昧になることがあり、フランス軍と遠征をした、ジプシー女の買い手が複数いて困っている、などの現実的ではない話をすることがあったそうです。

そしてこの絵は一度行方不明になり、それから約4半世紀後に発見されオークションにかけられアメリカのコレクターに購入されました。
ルソーはモネやルノワール、スーラ、ゴッホやゴーギャンなどの偉大な芸術家たちと同世代です。この時代の主流であった印象派や新印象派でしたが、それには当てはまらなくとも、ルソーは燦然と輝く才能の持ち主であり美術史に残る人物となりました。

<逆境の中でも楽しみを色鮮やかに表現>

ルソーの作品は素朴でありながらデザイン性に富んでおり、鑑賞者を現実とは別の世界へ連れていってくれます。ルソーは絵を描くことを純粋に楽しむという姿勢を大切にしていて、その気持ちは絵の中にしっかりと現れています。

ルソーは1844年にフランス北西部のマイエンヌという小さな町で、板金工の父ジュリアンと母レオノールの第3子として生まれました。ルソーの家は貧しく、父の仕事も徐々に行き詰まり借金返済のために家を手放さなくてはならないほどでした。高校を中退してからは弁護士事務所で働きますが、トラブルを起こしてしまい1ヶ月の禁固刑となります。その後は軍役を経て、パリの税関で働くようになりました。それから税関で22年間も働き続け、そこを辞めるまでは趣味で絵画を描いていました。

(Public Domain /‘War’ by Henri Rousseau. Image via Wikimedia commons)
※アンデパンダン展に出品された作品「戦争」

税関職員だった頃のルソーは休みのたびにルーブル美術館に通い、模写やデッサンをして絵画のスキルを上げました。
1886年からアンデパンダン展に出展するようになり、初めてルソーの作品を見た鑑賞者たちは子どもの絵を見ているようだと馬鹿にしました。しかしルソーは、自分の絵画に対する情熱は生半可なものではないということを再認識し、絵画制作に専念するため1893年に税関の仕事を辞めます。

<ルソーの絵画の特徴>

自然が大好きだったルソーは、とにかく木々や花をたくさん描いてきました。それらの動植物は、植物園やルーブルの絵画の中で見た動物を元にした上で、ルソーの頭の中で再構築され描かれました。

(Public Domain /‘Dream’ by Henri Rousseau. Image via Wikimedia commons)

最後にご紹介するのは「夢」です。これも月の明るい夜、どこかのジャングルでは様々な鮮やかな色合いの木々や草や花が恐るべき生命力を発しています。草陰には虎や鳥たちや像、笛を吹く現地の人が潜み、こちらを見ています。しかしそこにソファが置かれていて、いかにも柔らかそうな肌をした裸の女性が横たわっているのです。

この作品は現在、ニューヨーク近代美術館に所蔵されています。見ている人を幻想的な世界に連れて行ってくれるルソーの絵画は、見ているだけで様々な想像を掻き立てらるのではないでしょうか。特に植物に関しては、葉の細部にまで神経が行き届いているかのようなタッチで描かれていて、植物の質感の全てを表現しようとしている気概を感じずにはいられません。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧