アルフレッド・ヒッチコック:サスペンス映画の巨匠 The Master of Suspense

『The Life and Career of Alfred Hitchcock』

【アルフレッド・ヒッチコックってどんな人?】

アルフレッド・ヒッチコック(1899年8月13日 ~1980年4月29日)は、イギリスのロンドン・レイトンストーン出身の映画監督です。サスペンス映画の巨匠として知られ、その斬新な演出法、映像技術は、今日の映画表現の礎となりました。代表作には「見知らぬ乗客」「ダイヤルMを廻せ!」、「裏窓」、「知りすぎていた男」、「めまい」、「北北西に進路を取れ」、「サイコ」、「鳥」等があります。

※画像はイメージです。

【サスペンス映画の巨匠】

私たちが本物の恐怖に直面した時、額に汗をかき、目を見開き、顔を歪ませて悲鳴を上げ、呼吸は荒く、首筋には寒気を感じ、手足は冷たく震え、ただ心臓だけがその生存を訴えるかのように激しく鼓動します。 

どうして私たちは、好んで恐怖を楽しむのでしょうか?
その答えは、アルフレッド・ヒッチコック(以下、ヒッチコックと記す)が生涯に渡って追及し続けた、映画の様式「サスペンス」にあります。

ヒッチコックは、とても怖がりで臆病な人物だったそうです。人よりも臆病だからこそ、その心理に敏感であり、より分析も行ました。彼には観客の心理がどのように動くのか、手に取るように分かっていたのです。

さて、「サスペンス」とは何なのでしょうか?
誰でも耳にした事はあると思いますが、ここで少し説明していきましょう。

※マダムタッソー館(オーストリア・ウィーン)に展示されているヒッチコックの蝋人形

【サスペンス映画とは】

恐怖を描くクリエイターは、時代を問わず世界中に多数いますが、ヒッチコックの場合、「サスペンス映画:Suspense film」というジャンルに分類されます。

ここで、類似する映画のジャンルについて記します。

  • 『サスペンス映画:Suspense film』…サスペンスとは、緊張や不安、恐怖のある心理が続き、まるで心を宙吊りにされているような状態の事です。その状態を維持し、高めながらストーリーが続き、結末で解放して大団円を迎えます。(スリラー映画というジャンルもほぼ同義)
  • 『ミステリ映画:Mystery film』…ミステリというジャンルは、推理や謎解きに主眼が置かれます。探偵等の主人公の行動を通して、犯人やトリックが解き明かされます。
  • 『ホラー映画:Horror film』…ホラーとは、恐怖そのものを描いています。理屈で説明のつかない超常現象(幽霊や超能力等)自体が恐怖の対象で、時に残酷な描写もあります。

とはいえ、それぞれのジャンルは明確に分類出来るものではなく、それぞれの意図するところはかなり類似しています。(ミステリにもサスペンスの要素があり、サスペンスにも謎解きがあります。また、ホラーにサスペンスの状況は欠かせないでしょう。)

現代の映画は、さらに様々なジャンル(アクション映画、アドベンチャー映画、SF映画、恋愛映画等)の垣根を越え、多面的に作られています。昔ほどシンプルに映画のジャンルを分ける事は出来ません。

サスペンスに話を戻しますと、ヒッチコックの定義では「エモーション」があるかどうかを重要視しています。これは、観客に対して(恐怖や不安をも含んだ)心の昂ぶりを喚起し続ける必要があるという事です。

ミステリとサスペンスの違いについて、ヒッチコックは「ミステリは一種の知的なパズル・ゲームにすぎない。好奇心を強く誘発するが、そこにはエモーションが欠けている。」と言っています。

“謎を隠して観客に推理させる”ミステリに対し、サスペンスとは、(謎解きの要素はあるものの)観客に全ての事実を明かした上で心を揺さぶる「エモーション」の働きです。

例えば、ヒッチコックの映画「裏窓(1954年)」で、車椅子の主人公(ジェームズ・ステュアート)の恋人(グレース・ケリー)が、殺人犯と推測される男のアパートメントへ果敢に潜入するシーンがあります。主人公から見た視点になっており、裏窓からは向いのアパートメント全ての動きを一望出来るのです。

『Rear Window Official Trailer #1 – James Stewart, Grace Kelly Movie (1954) HD』

彼女は梯子を登り、ベランダを伝って窓から潜入します。
(“彼女は落ちないのでしょうか?“ )

なんとか部屋に入り、証拠と思われる「指輪」を探し出そうとハンドバックをひっくり返しました。
(“殺人犯かどうかは分かりません。証拠なんてあるのでしょうか?それより男が帰ってくる前に逃げないと。”)

なんとか指輪を見つけたその時、男が帰宅し、ドアの前まで来てしまいます。
(“もし殺人犯だった場合、見つかってしまったらどうなるのでしょうか?そうでなくても住居侵入罪です。”)

当然、彼女は部屋にいるので気が付いていません。
(“早く逃げないと見つかってしまいます。しかし、主人公に伝えるすべがありません。車椅子で動けず、助けに行く事が出来ないのです。どうすれば?”)

といったサスペンスの働きが(下線部分は観ながら私が思った事です)「エモーション」となり、強烈に観客を惹き付けます。そして、解放される事への期待が高まるのです。

次にヒッチコックのキャリアや作品について、まとめていきます。彼はどのように映画を作っていったのでしょうか。

※レイトンストーン駅

【幼年時代~映画の仕事へ】

ヒッチコックは、1899年にイギリスのロンドン・レイトンストーンで生まれます。気難しい父と、教育熱心な母に育てられました。(母は、息子に一日の全てを報告させ、行動を管理していました。)

幼少期のヒッチコックは、父が依頼した警察署長に(僅か5〜10分程度ですが)留置所へ入れられた経験があります。その時に受けた心理的なショックで警察嫌いとなり、後の作品に見られるスリラーの要素も強く意識するようになりました。聖イグナチウス・カレッジの寄宿学校時代は、体罰による躾が厳しく(硬いゴムの鞭で打たれる等)、何か悪い事をしてしまったのではないかという「恐怖」で、いつもビクビクしていたそうです。

ヒッチコックは、クラスメートと進んでスポーツを行なうような活発なタイプではなく、いつも教室の隅で読書に没頭しているようなタイプでした。また、自分の体型にコンプレックスもあったそうです。

14歳の頃に父親が死去します。そして、ヒッチコックはエンジニアになるため、寄宿学校を辞めて海洋技術専門学校へ通い始めました。そこで、力学・電気工学・音響学・航海術等を学んだ後、W.T.ヘンリー電信会社の技術部門で働きます。

さらに、デッサンを学ぶため、ロンドン大学の美術学科にも通いました。すると、技術部門から広告宣伝部へ転属となり、絵を書く仕事を始めます。

勤務を続けるうち、元々好きだった映画への熱が高まってきました。丁度その時、アメリカ・パラマウント系の映画会社フェイマス・プレイヤーズ・ラスキーがロンドン支社を設置する事を雑誌で知ります。ヒッチコックは、映画のイラストレーション(※サイレント映画では、俳優が声を出さないので、場面によって字幕台詞や解説を描いたタイトルが必要になる)を何枚か持ち込み、その場で採用される事になりました。こうして、彼のキャリアが始まっていきます。

【イギリスでの映画製作】

ヒッチコックは、字幕製作班の主任になりました。彼は、時にイラストレーションを用いて(つまり、挿入される字幕台詞や解説を使用して)、映画そのものの内容を変えてしまうのです。例えば、シリアスなドラマにも関わらず、拙い演出・下手な演技で撮られていた場合、失敗は目に見えていました。こんな時、思い切ってコミカルな台詞に書き換え、風刺喜劇に変更した結果、映画はヒットしたと言います。

フェイマス・プレイヤーズ・ラスキーがロンドン支社を閉鎖し、撮影所がイギリスの映画会社へ譲渡された後、脚本・助監督として何作かを手がけるようになりました。

そして、ついに映画「快楽の園」で、監督第一作目を撮ります。この時、助監督として付く事になったのが妻となるアルマ・レヴィルでした。(二人の間には、一人娘パトリシアが生まれます。)

アルマ・レヴィルは、ヒッチコックが手掛けた何本かの映画で脚本を担当し、公私共に支え続けました。

『Alma Reville: The Last Word on Hitchcock』

三作目の映画「下宿人」は、いわゆる“ヒッチコック映画”最初の作品です。下宿屋に越してきた間借人が、世間を騒がせている殺人鬼ではないか?という疑惑と恐怖を元にストーリーが展開していきます。

結局、間借人は殺人鬼ではなかったのですが、下宿屋の女主人に視点を固定する事で、観客をミスリードする事が出来ました。さらに、最初のシーンにはブロンド髪の若い女性が悲鳴を上げるシーンがあります。しかし、モノクローム・サイレント映画の本作において、どうやって“ブロンド”を印象的にしているのでしょうか?それは、ガラス板の上に女優の頭を乗せて髪をフレームいっぱいに広げさせ、裏から照明を当てるという技術的な工夫が駆使されているのです。

「無実の罪を着せられる」という恐怖は、後の「逃走迷路」や「私は告白する」、「間違えられた男」等で発展していくのですが、その萌芽が本作品で見られます。

また、ヒッチコックにはブロンド美女への強い執着があり、その後のハリウッド作品では数々のヒロインにブロンド美女を配していきました。

「下宿人」から10年で数々の映画を撮影し、イギリス映画界においてその名声を確固たるものにしていきます。そして、1938年には映画「バルカン超特急」をヒットさせました。

(バルカン超特急のあらすじ)

主人公のアイリスは、ヨーロッパにある架空の国・パンドリカからロンドンへ戻る列車内で、老婦人ミセス・フロイと出会います。しかし、忽然と姿を消してしまったミセス・フロイ、他の乗客に至っては「老婦人は最初から居なかった」と口を揃えて存在を否定しました。アイリスと(列車内で出会った)音楽家のギルバートは、列車内でミス・フロイを探し出そうとしますが、そこにはある国際的な陰謀が隠されていたのです。
ミセス・フロイは、どこへ消えてしまったのでしょうか?

『Mark Kermode reviews The Lady Vanishes | BFI Player』

ヒッチコックは、1939年アメリカ・ハリウッドからの招聘を受け、「風と共に去りぬ」等の名プロデューサー、デヴィッド・O・セルズニックと契約を結びました。

【ハリウッドでの大成功】

1940年、渡米後に撮影した映画「レベッカ」で、アカデミー最優秀作品賞を受賞します。しかし、この作品はデヴィッド・O・セルズニックの意向が強く、ヒッチコックとしては自らの受賞作とは見做していません。

ところで、当時のアメリカにおいてサスペンス映画は、(文芸作品等と比べて)一段低く位置付けられていたため、評論家からの評価は芳しくありませんでした。ヒッチコックがイギリス人だという事も関係しているのかもしれません。アカデミー監督賞には5度ノミネートされましたが、1度も受賞する事は出来ませんでした。

1962年、フランス・ヌーヴェルヴァーグの映画監督フランソワ・トリュフォーは、ヒッチコックへの敬意を表し、これまでのキャリアについて長時間のインタビューを行っています。このインタビューは、1966年に書籍「映画術 ヒッチコック/トリュフォー>」に纏められました。ヒッチコックのテクニックや理論について詳細に語られており、現在に至るまで映画製作の教科書として、世界中で読まれています。

『Hitchcock/Truffaut Official Trailer 1 (2015) – Wes Anderson, Olivier Assayas Movie HD』

渡米時、ヒッチコックはすでに40歳を迎えていました。1940年代〜1960年代前半頃には、円熟した素晴らしい作品を次々と送り出しています。そんな代表作の一部をご紹介しましょう。

【めまい】

「めまい」は、1958年に公開されたテクニカラー作品です。
(主演:ジェームズ・ステュアート、ヒロイン:キム・ノヴァク)
妖艶で耽美的な映画ですが、発表当時の評価はあまり芳しくなく、ヒッチコック自身も失敗作と認めていました。しかし、その後の評価では、最高傑作の一つとして数えられるようになります。

(あらすじ)※ネタバレを含みます。

スコティこと、ジョン・ファーガソン刑事は、犯人追跡中の落下事故で同僚を死なせてしまい、警察を退職しました。 (この事故により、高所恐怖症による目眩に悩まされるようになります。)
その後、学生時代の友人・エルスターと再会し、挙動不審で自殺でもしかねない様子の妻・マデリンを見張って欲しいと依頼されます。スコティは、マデリンを追跡するうちにその謎めいた妖艶さに魅かれていきました。スコティは、海に飛び込み自殺を図ったマデリンを救い出し、意識が戻るまで自宅のアパートメントで寝かせます。やがて、二人には禁断の恋が芽生えていきました。

※ロケ地となったアメリカ・サンフランシスコのミッションサンフランシスコデアシス教会

しかし、マデリンが教会の鐘楼から飛び降りようとした際には、激しい目眩に襲われ、救う事が出来ませんでした。

スコティは、マデリンを失った悲しみと良心の呵責によって精神が疲弊し、療養生活を余儀なくされます。妻の見張りを依頼したエルスターは、スコティを巻き込んでしまった旨を謝罪し、去っていきました。

ところがある日、スコティが街に出てみると、死んだマデリンに瓜二つのジュディという女性を見かけます。彼は彼女の後を追って宿泊しているホテルまで行き、強引に食事へ誘いました。

誘われたジュディは苦しみます。というのも実は、ジュディはエルスターに依頼され、妻・マデリンの身代わりをしていたからです。教会の鐘楼から落下したのは、直前で入れ替えられた妻・マデリンの死体。つまり、妻の殺害を自殺にみせかける為、スコティはエルスターに利用されていたのです。もちろん、スコティはその事実を知りません。

スコティは、ジュディにマデリンと同じヘアスタイル、メイク、ファッションになるよう、細かく要求していきました。ジュディは、スコティを騙している事、エルスターの妻殺害計画に関わってしまった事に罪の意識があります。また、マデリンを演じていた自分ではなく、本来の自分を愛して欲しい、スコティを深く愛しているからこそ、余計に苦しかったのです。

しかし、ジュディがマデリンのネックレスを着けたところで、秘密が明らかになります。スコティは、ジュディがマデリンを演じ、自分を騙していたという残酷な真実を確信しました。

二人は、マデリンが転落死した教会へ向かいます。ジュディは鐘楼に上る事を拒否しますが、スコティは彼女を強引に連れて行きました。

最上階に着くと、スコティの高所恐怖症と目眩は消え、ジュディを問い詰めます。(恐らく彼女の罪の意識はピークになります。)
その時、薄暗い中に怪しい人影が映り、驚いたジュディは悲鳴を上げ、あの時のマデリンのように落下してしまいました。怪しい人影の正体である修道女は十字を描き、落下したジュディの冥福を祈って鐘を鳴らします。スコティは茫然自失状態でその鐘を聞いていました。

『Vertigo Official Trailer #1 – (1958) HD』

「美」とは捉えようのない物で、きっと幻の中にしか存在しないのでしょう。真実を明らかにする事で、まるで魔法が解けたかのように美と理想の象徴である幻の女は消失し、現実の女はいやに生々しく、罪を抱えたまま塔の上から落下します。しかし、ジュディは死ぬ事によって、幻の女のままでいたかったのかもしれません。

※ユニバーサル・スタジオ・ハリウッドにあるモーテルのセット

【サイコ】

「サイコ」は、1960年に製作された全編モノクローム映像の映画です。
(ノーマン役:アンソニー・パーキンス、マリオン役:ジャネット・リー)

(あらすじ)※ネタバレを含みます。

不動産会社で働くマリオンは、未来の見えない恋人・サムとの逢瀬に疲れていました。ある時、魔がさしたマリオンは、客が支払った4万ドルもの大金を持ち、サムの町まで出かけてしまいます。その途中で大雨に降られ、旧道沿いの寂れたモーテルへ泊まる事にしました。そこはノーマンという青年が1人で切り盛りしており、離れの屋敷には病気の母親がいるようです。ノーマンと話しているうちに何となく自分の過ちに対して冷静になり、自室へ戻る事にしました。シャワーを浴びようとしたその時、突然何者かに長い刃物で襲われ、マリオンは殺害されてしまったのです。

ノーマンの叫び声から、彼の母親による犯行だと示唆されます。部屋に来たノーマンは、マリオンの死体と4万ドルを含んだ荷物を彼女の車に積み、沼地に沈めて殺害の証拠を隠滅しました。

恋人のサムとマリオンの妹ライラは、行方不明になったマリオンを探しに行きます。私立探偵がモーテルまで辿り着きますが、彼もまた被害者となりました。サムとライラは、モーテルに乗り込みますが、そこで見たものとは。

犯人と思われた母親は剥製にされており、本当に殺人を犯したのはカツラを被ったノーマンでした。彼は二重人格かつ、抑圧されたマザー・コンプレックスを抱えています。彼の中には彼自身と老いた母親が同居しており、息子がマリオンという若い女性に魅かれたので、嫉妬した母親としての自分が殺人を犯したのです。

『Psycho | The Shower Scene』

本作品において、シャワールームでの殺人シーンがあまりにも有名です。ヒッチコックは、45秒のこのシーンになんと7日間も費やしました。暴力的で凄惨なシーンに思えるのですが、よくよく見てみると、恐怖の顔のアップや悲鳴、バイオリンをひっかくような甲高い多重奏、殺人者が刃物を振り下ろす姿、シャワーカーテンのリングが外れる様、倒れる肢体、渦を巻きながら排水溝に吸い込まれる血液、そういった場面のモンタージュで構成されています。女性の身体の際どい箇所も映らず、刃物が肌に刺さるシーンもありません。直接的な表現に制約がある中での演出と映像技術は、天才的です。

※ハリウッド・ウォークオブフェーム、ヒッチコックのスター

【サスペンス映画の巨匠 The Master of Suspenseまとめ】

ヒッチコックの作品を鑑賞する度、新しい発見があります。「裏窓」の冒頭は、何気ないシーンですが、大変見事です。汗をかきながら眠る車椅子の男、脚のギプスに書かれた骨折(broken bones)の文字、壊れたカメラ、負傷の原因と思われるレース事故の写真、報道カメラマンとして撮影した様々な写真、仕事道具のカメラ、女性のネガフィルム(そして、その女性が表紙モデルになった雑誌)等を次々と映していき、「主人公は報道カメラマン、事故で脚を骨折、恐らく美しいモデルの彼女がいる」という人物像を描いています。

映画作りについて問われたヒッチコックは、「サイレント映画を作るために学ばなければ、どんな理論も実践も無意味である」と答えました。制約ばかりの環境下で創作活動を行うのは、大変不自由だったでしょう。一方で、必要に迫られた状況が表現を磨き、現代映画はCGやVFXによる映像の自由が拡がっています。しかし、だからといって、その映画が豊かな物かは分かりません。「感動」とは、実に内的な物だからです。

ヒッチコックは、人間が持つ「恐怖」という本質的な感情を表現の軸とし、エンターテインメントに徹しながらも、一方で映画技術の黎明期において斬新な試みに挑戦してきました。映画監督のフランソワ・トリュフォーは、ヒッチコックを大衆的な商業性と前衛的な実験精神という相反するコンセプトを見事に両立させた映画作家と表しています。

「裏窓」では、恐らく誰にでもある“人の生活を覗いてみたい”という潜在的な願望。
「めまい」では、美しい物が手に入らない痛いくらいの切実さ、隣り合わせの虚無感。
「サイコ」では、青年の中に描かれた異常心理とマザー・コンプレックス。
こういった暗い情念は、ヒッチコックの心内に渦巻いていた物なのかもしれません。

ヒッチコックの映画の中で恐怖に慄く表情が広がる時、私たちも同じような恐怖を体験します。同時に、次の瞬間に訪れるかもしれない恐怖を強く意識させられるのです。本当の恐怖はフレーム外にあり、人一倍怖がりで臆病だったヒッチコックは誰よりもそれを知っていました。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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