ルイ・ヴィトン:ラグジュアリーの申し子

(Public Domain/‘Portrait-Louis-Vuitton’ by unknown. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

ルイ・ヴィトンは、スーツケース職人だったルイ・ヴィトンが創業したファッション・ブランドです。「ダミエ」「モノグラム」などのデザインに代表される旅行用バッグで知られますが、アパレル製品なども幅広く手がけ、現在ではパリに拠点をおく世界最大のファッション企業団体、LVMHグループの中核を成すまでに成長しました。著名デザイナーによるディレクションやコラボレーションによって、モード界でも存在感を放っています。

創業と評価の高まり

(Public Domain/‘Famille-Vuitton 1888’ by unknown. Image via WIKIMEDIA COMMONS)

1854年、フランス出身のスーツケース職人、ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)が、旅行用バッグを専門に取り扱う店をパリにオープンしたのが、世界的ファッション・ブランド、ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton Malletier)の始まりです。特殊な綿素材を使った軽量性に優れたトランクが人気を集め、需要の高まりに応じて1859年にはアニエール=シュル=セーヌ(Asnières-sur-Seine)にアトリエを設けるなど、事業規模を拡大していきます。

1867年に開催されたパリ万国博覧会で高い評価を得たことでさらに注目が集まり、エジプト総督であったイスマーイール・パシャ(Isma’il Pasha)、のちにニコライ2世としてロシア皇帝となるニコライ皇太子(Prince Nicholas Romanov)らがトランクを注文するなど、世界各国の王侯貴族に愛用されることになります。1885年には商圏をロンドンにも拡げました。

1888年、模造品を防止する目的で取り入れられたのが「ダミエ・ライン(Damier Line)」。ベージュとブラウンを格子柄のように配置して銘を入れるデザインは、ルイの息子であるジョルジュ(Georges)のアイデアで、現在でも看板商品の一つとして人気を集めています。

世界的な企業へ

ルイ・ヴィトンの世界展開は、1892年に創業者のルイが他界したあとも積極的に推し進められることになります。「ダミエ・ライン」の類似品が数多く出回ったことを受けて、1896年に新しく「モノグラム・ライン(Monogram Line)」を発表。「L」と「V」をかけ合わせたマークに、複数のフラワーモチーフを組み合わせた柄はやはりジョルジュによるものです。

ジョルジュは1900年のパリ万国博覧会、1904年のセントルイス万国博覧会などに積極的に参加。自社製品の普及に努めるかたわら、スティーマー・バッグ(Steamer Bag)やトランク用の小型バッグを発表するなど、ラインナップの充実をはかります。1914年には、シャンゼリゼ通りにトラベル製品の専門店をオープン。名実ともに世界的な企業へと成長します。

20世紀の後半にはさらにビジネスを拡大。最も大きな出来事として挙げられるのが、1987年にシャンパン・メーカーとして知られるモエ・ヘネシー(Moët Hennessy)と合併し、LVMH モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(LVMH Moët Hennessy)というコングロマリットが誕生したことです。グループは、クリスチャン・ディオール(Christian Dior)、セリーヌ(CELINE)などパリの有名メゾンだけでなく、ロエベ(LOEWE)、フェンディ(FENDI)といった海外ブランド、化粧品や時計メーカーをも傘下におさめる巨大企業へと成長しました。

メゾンに参加したデザイナーたち

1998年からはトラベル製品だけでなく、シューズやアパレル製品の展開も開始。それにともない、ルイ・ヴィトンではデザイナーを外部から招き入れてコレクションを発表しています。最初にアーティスティック・ディレクターに就任したのがマーク・ジェイコブス(Marc Jacobs)でした。彼はニューヨーク生まれのファッション・デザイナーで、1986年に初めて自身のコレクションを発表。翌年のCFDA(アメリカファッション協議会)の新人デザイナー賞を最年少で受賞するなど、ニューヨークを代表するデザイナーの一人といわれています。

マークは、アメリカ人現代アーティストのスティーブン・スプラウス(Stephen Sprouse)を起用し、ストリート感覚あふれるグラフィックをモノグラムに取り入れ、2001年に「モノグラム・グラフィティ(Monogram Graffiti)」を発表。そのほかコラボレーションは数多く、看板商品である「モノグラム」に新しい生命を吹き込むことに成功します。モード界におけるブランドの地位を著しく向上させたとして高く評価されました。

2013年11月にマークがルイ・ヴィトンを去ったあと、ウィメンズコレクションの担当となったのが、フランス出身のニコラ・ジェスキエール(Nicolas Ghesquiere)です。アニエス・ベー(agnès b.)やジャン=ポール・ゴルチエ(Jean-Paul GAULTIER)、トラサルディ(Trussardi)などで経験を積んだのち、バレンシアガ(BALENCIAGA)が業界で地位を取り戻す際の架け橋になったといわれる人物です。歴史を重んじながらも革新を続けるバランスのとれたデザインの評価は高く、現代を代表するデザイナーの一人です。

2011年よりメンズ部門のアーティスティック・ディレクターを担当していたのがキム・ジョーンズ(Kim Jones)でした。イギリス出身のデザイナーで、自身のブランドであるキム・ジョーンズ(Kim Jones)のほかダンヒル(dunhill)やマルベリー(Mulberry)などとコラボしています。2018秋冬のコレクションを最後にルイ・ヴィトンから退任したのち、ディオール(DIOR)のメンズ部門のアーティスティック・ディレクターとして活躍しています(2018年の時点)。

キムの後任として2018年からメンズ・コレクションのアーティスティック・ディレクターとなったのがアメリカ出身のデザイナー、ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)です。自身がプロデュースするストリートファッションブランド、オフホワイト(OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH)の成功で知られ、同年にタイムズ誌の最も影響力のある100人にも選ばれています。

コラボレーションによる新たなブランド価値の創出

ルイ・ヴィトンは、これまでにさまざまなコラボレーションを実施してきました。例えば、1996年には「モノグラム」誕生100周年を記念して、デザイナーにユニークなバッグの製作を依頼。ヘルムート・ラング(Helmut Lang)がDJ用レコード・ケース、シビラ(Sybilla)が傘内蔵のバックパック、アイザック・ミズラヒ(Isaac Mizrahi)が透明なビニールとヌメ革のウィークエンド・バッグをデザインするなど話題となりました。

2014年にも創業160周年を記念して、カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)や川久保 玲、クリスチャン・ルブタン(Christian Louboutin)といったクリエイターとともにコラボレーションを実施しています。

2017年には、若者に圧倒的な人気を誇るアメリカのファッションブランド、シュプリーム(Supreme)とのコラボレーションを実現。

これらの試みは、ファッション界の話題を集めるだけでなく、新たなブランド価値の創造に貢献しているともいえるでしょう。

最後に

19世紀に旅行用バッグの専門店として創業し、現在ではハイエンドなアパレル製品も取り扱うパリを代表するトップ・ブランドに成長したルイ・ヴィトン。クラフツマンシップに根ざした高い品質とモードとが化学変化を起こし、どのような世界観を見せてくれるのか今後のコレクションにも期待が高まります。

出典:
【ウィキペディア】ルイ・ヴィトン 2021.02.03  
【ウィキペディア】Louis_Vuitton 2021.02.03 
【ウィキペディア】Louis_Vuitton_(designer)  2021.02.03 
【ウィキペディア】Kim_Jones_(designer)  2021.02.03 
【ウィキペディア】Virgil_Abloh  2021.02.03 

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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