バレンシアガ:モードの原点であり最先端

バレンシアガは、スペインで創業したラグジュアリー・ブランドです。20世紀を代表するクチュリエでありファッションデザイナーである彼がデザインするレディース・ラインは、シンプルでゆったりとしたシルエットが特徴で、エディターズ・バッグの「City」などが人気です。モードの原点ともいうべき歴史と伝統を継承しながら、パリだけでなく世界のモード界をリードする存在となっています。

孤高のデザイナーの誕生と歴史的オート・クチュール・ブランドの興隆

バレンシアガの創業者であるクリストバル・バレンシアガ(Cristóbal Balenciaga Eizaguirre)は1895年1月21日、スペインのバスク地方にある小さな漁村ゲタリア(Getaria)で生まれました。洋服との出会いは幼少期にあり、縫製を生業としていた母親の手伝いをしていたそうです。早くから技術を身につけていたことから、12歳になると洋裁師の見習いとして働きはじめ、十代のうちから当時町でもっとも高貴な身分にあった伯爵夫人が顧客になったといわれています。

クリストバルは、伯爵夫人の援助を受けてマドリードに赴任し、そこで洋裁師として本格的な修業を開始します。1919年にはサン・セバスティアン(San Sebastián)に初のブティックをオープンしました。その後、マドリード(Madrid)とバルセロナ(Barcelona)にも相次いで支店を置くと、スペインの王室や王侯貴族らがこぞってパトロンになるなど高い評価を受け、スペインのファッション界を先導する存在となります。

ところが、1936年にスペインで内戦が勃発すると、すべてのブティックをたたむことを決意しパリへと移住します。翌年には第8区のジョルジュサンク・アベニュー(Avenue George V)にメゾンを立ち上げ、以後パリを拠点に活動することに。

クリストバルは、1940年代から1950年代にかけて、襟のない上着やチュニック・ドレス(Tunic Dresses)、サック・ドレス(Sack Dress)など、革新的なコレクションを次々に発表。コルセットを使わず体のラインを強調しないスタイルは、モード界に革命を起こしたといわれています。

デザイン、パターン作成、縫製までの工程をすべて一人でこなせる希少なクチュリエとして知られ、「クチュール界の建築家」や「クチュリエの中のクチュリエ」「クチュール界のピカソ」などの異名をとります。比肩するべき者がいない卓越した技術、類まれな才能と作品へのこだわりは、クリスチャン・ディオール(Christian Dior)やココ・シャネル(Coco Chanel)など同時代に活躍した多くのデザイナーの尊敬を集め、1968年に引退するまでパリのオート・クチュール界でリーダー的存在として活躍しました。

ブランドの低迷とメゾンを復活させた天才の登場

クリストバルの引退とともに、バレンシアガはすべてのブティックを閉店。1972年にクリストバルが他界すると、ブランドは香水ブランドとしてかろうじて存続します。その後、ミシェル・ゴマ(Michel Goma)を迎え入れ既製服の製造に乗り出し、さらに1992年にはアントワープ王立芸術アカデミー ファッション学科(Antwerp Fashion Department)出身のジョセフュス・メルキオール・ティミスター(Josephus Melchior Thimister)を招きますが、かつてのような人気を集めることはできず、バレンシアガの名はファッション界において過去のものとなってしまいます。

そうした状況を一変させたのがフランス出身の若きデザイナー、ニコラス・ジェスキエール(Nicolas Ghesquiere)でした。ニコラスは、ジャン=ポール・ゴルチエ(Jean-PaulGAULTIER)で2年間働いたのち、1995年からバレンシアガでアジア向けのライセンス商品のデザインを手がけ、1997年に25歳という若さでクリエイティブ・ディレクターに就任します。

1998年SSコレクションのすべてのデザインと広告を任されたニコラスはわずか4ヶ月でその義務をこなしました。新たなバレンシアガの誕生を印象づけ、モード界の話題を集めることになります。その後も伝統的なスタイルを継承しながら斬新な作品を発表し、VHIヴォーグ・ファッション・アワード(VHI/Vogue Fashion Awards)の「アバンギャルド・デザイナー・オブ・ザ・イヤー(Avant-garde Designer of the Year)」やCFDAの「ウーマンズ・ウェア・オブ・ザ・イヤーWomenswear Designer of the Year」など、数々の賞を受賞。バレンシアガを見事に再興してみせたのです。

2012年にニコラスがバレンシアガを去ったあとは、自身の名を冠したブランドで知られるアレキサンダー・ワン(Alexander Wang)がクリエイティブ・ディレクターに就任。2015年からは、メゾン・マルジェラ(MAISON MARGIELA)、ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)などを経てヴェトモン(VETEMENTS)を立ち上げたデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)が後任を務めています。

バレンシアガのアイテムの特徴

バレンシアガのアイテムは、かつてのクリストバルのスタイルを継承するシンプルでゆったりとしたラインが持ち味。高品質の素材を使い、完璧な美しさが追求されています。

また、バレンシアガのアイコンともいえるアイテムが、「シティ(City)」です。横長で四角いフォルムの本体にスタッズをあしらっているのが特徴で、2001年のデビュー以来爆発的な人気を博しました。高いデザイン性と実用性を兼ね備えることから、エディターズ・バッグの代名詞ともいわれています。

大資本による買収

バレンシアガは2001年、一大企業を形成しつつあったグッチ・グループ(現在のKering S.A.)によって買収されます。当時グッチ・グループは、イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)やボッテガ・ヴェネタ(Bottega Veneta)などの有名ブランドだけでなく、アレキサンダー・マックイーン(Alexander McQUEEN)やステラ・マッカートニー(Stella McCartney)といった振興の新規ブランドを相次いで買収。

このことは、ブランドを復興しようとするバレンシアガにとって追い風となりました。大資本を得たことで、商品のラインナップを大幅に充実。世界の大都市にブティックを出店して世界展開に乗り出すことができたからです。結果的に、パリを代表するメゾンの一つに成長。歴史的なオート・クチュール・ブランドにふさわしい評価を得るにいたっています。

最後に

類まれな才能と卓越した技術によってオート・クチュール界をリードしたクリストバル・バレンシアガによって創立され、紆余曲折を経ながらも21世紀に再びトップ・ブランドとして生まれ変わったバレンシアガ。モードの原点ともいうべき歴史と伝統を継承しながら、最先端のクリエイションによって今後も私たちを楽しませてくれるに違いありません。

出典:
【ウィキペディア】Balenciaga
【ウィキペディア】Cristóbal_Balenciaga
【ウィキペディア】Nicolas_Ghesquière
【ウィキペディア】Kering

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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