ゲイリー・ムーア:孤高の天才ギタリスト!

ジェフ・ベック、エリック・クラプトンといったスーパー・ギタリストに憧れていた少年はやがてフリートウッド・マックのギタリスト、ピーター・グリーンに出会います。彼はピーターのブルースを基本としたハードでメロディアスなギター・プレイに魅了され、故郷の北アイルランドを飛び出し、世界を舞台に活躍するギタリストになっていくのです。

下積み時代

ゲイリー・ムーアがはじめてプロとして演奏したのは、父親が経営するナイト・クラブでした。その後、ベルファストやダブリンのクラブでプレイするうちにスキッド・ロウにスカウトされ3枚のアルバムに参加します。その後、スキッド・ロウのベース、フィル・ライノットが自身のバンド、シン・リジイを起ち上げた際に一時的に参加し、この時のライブにおけるプレイが高い評価を得ます。

フィル・ライノット

シン・リジイでの契約が切れたのち、ゲイリーは自身のバンドを結成するべくオーディションを行い、キーボードにのちにレインボーなどでも活躍するドン・エイリー、ホワイト・スネイクやブラック・サバスにも加入することになるベースのニール・マーレイらとともにジャズをベースにしたバンド、ジャズ・ロック・バンド・コロシアムIIを結成します。

その後、1978年には正式にシン・リジイに加入することになりますが、コロシアムIIでの活動も継続させ、さらにはソロ・プロジェクトも進行させるなど八面六臂の活躍を見せることになります。
ゲイリーの卓越したギター・プレイは一部のファンの間ではすでに有名でしたが、商業的な成功には結びつかず、いずれのプロジェクトも長続きせず、セッションとソロ・ワークを代わる代わる行うという時代が続くことになります。

ブレイク期

そんな彼にも転機が訪れます。UFOなどでキーボードを弾いていたニール・カーターとのコンビで「Victims of the Future」をリリースするとイギリスを中心に大ヒットし、最高12位を記録。7週にわたりチャートに留まることになります。

このアルバムは今までのキャリアの中で、もっともハード・ロックを感じさせる内容で、ゲイリーの素晴らしいギター・プレイとボーカルを堪能することができます。レコーディング時のメンバーもギター・ボーカルがゲイリー・ムーア、キーボードにニール・カーターをはじめ、ドラムがディープ・パープルで活躍していたイアン・ペイス、ベースにオジー・オズボーン・バンドで活躍するボブ・デイズリーと錚々たる顔ぶれでした。

その後もフィル・ライノットとの再度の共演やキッスのドラム、エリック・シンガーとのスタジオ・アルバムが話題を呼び、ギターヒーローとしての地位を確立していくのです。

ゲイリー・ムーアの愛器

曲に合わせてさまざまなギターを使いこなすゲイリー・ムーアですが、代表的なのはフェンダーのストラトキャスターとギブソンのレスポールです。ストラトは1961年以前のヴィンテージ・タイプのものでサーモン・ピンクのフィニッシュがめずらしいギターです。

もともとはキング・クリムゾンのベーシスト、グレッグ・レイクが購入する予定だったギターだったのですが、グレッグが難色を示したためゲイリーの手に渡ることになりました。ゲイリーはこのストラトを大変気に入っており、ライブで演奏するシーンをよく見かけました。また最近ではこのギターを演奏する息子のジャック・ムーアの映像を見ることもあります。

ゲイリーの愛器で一番有名なギターは、1959年製のギブソン・レスポール・スタンダードでしょう。フリートウッド・マックの初代ギタリスト、ピーター・グリーンが一時的に音楽界から引退していた時期にゲイリーに譲られたもので、フロント・ピック・アップの位相が逆に設置されていることが特徴です。
このギターはゲイリーの代名詞的な存在となり、「Parisienne Walkways」などでその素晴らしい音色を聴くことができます。

しかし、このギターは、2006年にツアーのキャンセルが原因で被った高額な賠償費用を捻出するためにオークションに掛けられてしまいます。結果的にこのレスポールは、メルヴィン・フランク氏に200万ドルとも言われる高値で落札されることになるのです。

現在では、世界的成功を収めたメタリカのギタリスト、カーク・ハメットが所有しており、インタビューでフリートウッド・マックの「Oh Well」を弾く姿が動画で公開されています。その他には、1980年後半にはヘリテイジのレスポール・タイプも使用していました。外観的にはレスポールに酷似していますが、シングルカッタ・ウェイの突き出した部分が丸く削られているのが特徴です。ヘリテイジはギブソンやフェンダーなどと比べるとあまり有名なブランドではありませんが、閉鎖されたギブソンのカラズマー工場で働いていた職人たちが起ち上げたブランドで、美しいフィニッシュと洗練されたデザインが特徴のギターです。

その後、ブルースに傾倒するようになってからは、さらに多くのギターを弾いており、ギブソンのエキスプローラーやフェンダーのテレキャスター、ジャクソンのソロイストなどを弾いている映像も確認することができます。

ゲイリー・ムーアのおすすめアルバム

ゲイリー・ムーアはハード・ロック・プレイを聴くか、ブルース・プレイを楽しむかでおすすめするアルバムが違ってきます。ゲイリーの超絶的なハード・ロック・テクニックを聴きたいのであれば1984年にリリースされた「Victims of the Future」がおすすめです。「Shapes of Things」や「Murder in the Sky」といった曲ではゲイリーの神がかった速弾きプレイを楽しめることでしょう。

いやいや、もっと泣きの効いたスローハンドを楽しみたいんだという方には、ソロとして初めてリリースされた「Back on the Street」をおすすめします。ゲイリーのキャリアの後期にはもっとブルースフィーリングのあふれたアルバムもあるのですが、このアルバムには名作「Parisienne Street」が収録されています。
この曲におけるゲイリーのプレイは、まさに泣きのギターの代名詞。ライブでは1分以上にわたって単音を響かせるロングトーンがハイライトとなっています。

最近のゲイリー・ムーア

残念ながら2011年2月6日、バカンスで訪れていたスペインのアンダルシアの滞在先のホテルで心臓発作を起こし、58歳という若すぎる年齢でその生涯を終えてしまいました。彼の死から7年後に発売されたトリビュート・アルバムには生前にゲイリーと親交のあったミュージシャンに加え、多くのミュージシャンが参加し、ゲイリーの人望の厚さが証明されました。

ゲイリーの実の息子であるガス、ジャックに加え、「Victims of the Future」から全盛期のゲイリーとコンビを組んできたニール・パート、それにボブ・デイズリーらを中心に制作されたこのアルバムには、サンダーのダニー・ボウズ、レインボーのドン・エイリー、ショー・リン・ターナー、ディープ・パープルのスティーブ・モーズ、TOTOのスティーヴ・ルカサーなど錚々たるメンバーが集結しています。

中でも注目されたのが、ゲイリー脱退後のシン・リジイを支えたジョン・サイクスの復活でした。ジョンはシン・リジイのあとホワイト・サイクス、ブルーマーダーなどで活躍し、フィル・ライノット亡き後のシン・リジイ再結成にも参加していましたが、2009年の脱退後は音楽業界からも引退していました。

「Still Got the Bluce」ではジョンのスーパープレイを聴くことができます。ちなみに、名曲「Parisienne Street」ではスティーブ・モーズが哀愁あふれるプレイを披露しており、フィル亡き後シン・リジイのボーカルを担当していたリッキー・ウォリックのボーカルとともにこのアルバムのハイライトのひとつとなっています。

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