ユーリ!!! on ICE:プロからも絶賛されたワケとは

2016年に放送された日本のテレビアニメ「ユーリ!!! on ICE」。放送と同時に爆発的な人気となり、多くのファンを獲得。今尚衰えを知らない人気を保持している。

本作が話題となった理由は元フィギュアスケート選手が振付けを行ったこと、世界的に有名なアーティストがアニメ関連では初となる楽曲提供を行ったこと、更に実在するフィギュアスケーターが登場したことなど、豪華な要素が揃った点に起因する。そして完成された演技シーンはプロも絶賛、現役選手や元選手の間でも話題になったのだそう。2018年には平昌オリンピックで劇中曲が使用され、世界中に更なる話題を巻き起こし、ファンも歓喜した。
プロまでもが絶賛し、実際の演技に使用されるまでプッシュされた本作の何がそこまで魅力的だったのだろうか。「完成度の高さ」の一言では片付けられない、その真相に迫る。なお、本記事において勝生勇利は「勇利」、ユーリ・プリセツキーは「ユーリ」と表記する。

■元フィギュアスケーターが全曲振付け

本作では数々の選手らによる演技が描かれている。主人公の勇利を始めヴィクトル、ユーリ、他国のトップ選手たちがグランプリシリーズなど、様々な場面で氷上を舞っていた。その艶やかさとアニメとは思えない本格的な振付けに魅了された人も多いだろう。何より、総勢10数名もの振付けが全く被っていないことが見る者を更に物語に引き込ませたのは言うまでもない。どれもがその人物の個性を如実に表した振付けであり、アニメとは思えぬクオリティの高さはただただ、見入ってしまうものだった。
その振付けを行ったのは「宮本賢二」という人物だ。

彼は日本の元フィギュアスケート選手で、第70回、71回全日本フィギュアスケート選手権で2連覇を果たした選手である。2006年に引退してからは振付師として活躍し、高橋大輔や織田信成、鈴木明子など日本のフィギュアスケート界を牽引したトップ選手たちの振付けも担当してきた。
そんな凄い経歴を持つ宮本賢二が、本作にて描かれた演目、全ての振付けを担当したのだ。その数なんと20曲分。2人のユーリはそれぞれの「愛」を艶美に、情熱的に、ヴィクトルは王者たる風格と貫録、そして世界中の人々を虜にした艶がありしなやかさを活かした演技をしている。この全ての特徴を生み出したのがたった1人の、宮本賢二という人物だったのだ。
3人以外にも、世界各国の代表選手達は個性豊かな演技を披露。例えばスイスの選手、クリストフ・ジャコメッティは男性とは思えない大人びた色気を放つ演技を。韓国の選手、イ・スンギルは鋭い眼光で見る者を釘付けにするような力強い演技を。日本の選手、南健次郎はその明るい性格を表すように、小鳥が飛び跳ねるかの如く軽快で見る者を楽しませるような演技を。どれも個人の性格や胸に秘めた思いなどが前面に押し出されたものであった。そして、まるで本物の人が踊っているような迫力とリアルさがそこにはあった。

このリアルさについては、本作の中でも特に力を入れているポイントである。
既に視聴した人は気付いているだろうが、本作の演技シーンではCGを一切使用していない。全て手描きで起こされているのだ。プロのアニメーターでなくとも、実際の振付けをあそこまで忠実に、そして本物のように絵にすることが難しいことは容易に想像がつくだろう。迫力、躍動感、身体のしなり、目線の動きの一つまで細心の注意を払わなければ、作品の見せどころが意味を成さないものになってしまう。

ならばどうやって細部まで拘り抜いた演技シーンが完成したのか。
実は、宮本賢二が実際に演技を踊り、それをあらゆる方向から撮影し、絵に起こしていたのだ。つまり宮本賢二の動きをトレースして描きだされたのである。撮影時は2週間合宿を行い、その間全20曲を何度も踊ったのだとか。
この情熱は並々ならぬものだ。それ故にあの完成度が生まれたのだが、その裏には制作陣の拘りが詰め込まれていたことに、きっと驚きを感じることだろう。

本作の1番の見どころである各選手たちの演技シーンはこうした努力のもと完成している。是非、1秒足りとも目を離すことなく見てみてほしい。選手ごとの特徴を振付けから感じられるだけでなく、改めてその細やかな描写、そして完成する1つの演技に目を見張ることだろう。

■本作のための書下ろし楽曲の数々

踊りについて触れたところで、フィギュアスケートの演技で欠かせないもう1つの要素に視点を移してみよう。楽曲である。

フィギュアスケートの演技において、楽曲は振付けの基礎となる大きな要素だ。明るい楽曲ならば氷上を翔けるようなステップがよく似合うだろうし、しっとりした楽曲ならば艶やかで、たおやかさのある、流れるような動きが適切だろう。その楽曲が愛を表現したものならば、そこに込められた愛をどのような形で表現するかも焦点となるだろうし、全ての土台となる楽曲は1つの演技をまとめ上げるための重要な役割を持っている。

本作でも勿論、楽曲は重要なポイントとして熱を入れて制作された。
音楽を担当している梅林太郎、松司馬拓の2人は数あるヒット作品の音楽制作を務めた、熱烈なファンもいる人たちである。その2人がタッグを組み、作中で踊られる全ての曲を作り出したのだ。こちらも振付け同様、個々の選手達をイメージした曲となっており、視聴者の心に残る繊細かつダイナミックなものばかりであった。

特に注目を集めていたのが、勇利SP使用曲「愛について〜Eros〜」、ユーリSP使用曲「愛について〜Agape〜」、そして勇利FS使用曲「Yuri on ICE」の3曲だろう。
2人のユーリが躍ったのはどちらも「愛について」と題した楽曲。共にヴィクトルから授かった曲であり、2人を新境地へと導いた大切な代表曲だ。同じ「愛について」だが、この2つは対極的な曲である。

勇利の「〜Eros〜」は読んで字の如くそのまま「エロス」を意味する。
曲自体もエロスを象徴とするような情熱や色気、時には攻撃的なまでの剥き出しの情欲を表したようなものであった。フラメンコの要素を取り入れるなど、多くの人が持つエロスのイメージをそのまま音に反映させるという手法も取り入れられている。どこか身体に絡みつくような、ねっとりとした成熟したエロスはゆったりとしたテンポからも感じ取れるようで、様々な点からエロスを形にして魅せた楽曲だ。

ここでは触れなかったがED、劇中歌ととにかく楽曲に恵まれたことはもうお分かりだろう。確かな世界観を確立するために音楽の力は欠かせない。その役割をしっかりと果たした楽曲たちは、各選手達の演技をより本物に近付け、個性を際立たせることに成功していた。もし今一度、本作を見返す機会があるのなら、その使われている楽曲がどれ程に各選手に見合っているかを吟味してみてほしい。まだ未視聴の方は各演技の音楽に対し、どのような雰囲気を持ったものか感じながら見聞きすることをお勧めする。それらはきっと、あなたにとって作品全体の価値を底上げしてくれる要因となるだろう。

■ヴィクトルから2人のユーリに贈られたそれぞれの愛

これまで振付けや楽曲など、主にフィギュアの演技に係る部分について触れてきたが、ここで内容についても言及していこう。

本作はグランプリシリーズを舞台として各国代表選手が凌ぎを削るスポーツものであるが、その裏には1つ、テーマが隠されている。それが「愛」。愛には様々な形が存在するが、本作では3つの愛がピックアップされていた。というのも、ヴィクトルが2人のユーリに贈ったものが「愛」であり、それが異なる「愛」だったからだ。
上述の通り、勇利には「〜Eros〜」、ユーリには「〜Agape〜」をヴィクトルは授ける。それぞれ自身の特徴や性質と正反対の「愛」を贈られて苦戦をしていたが、この愛をモノにできるかが勝負の分かれ目であると同時に、それぞれの成長を描く根源となって、物語の支柱的要因となっていた。結果は既に述べた通り、どちらも贈られた「愛」の形を見事に氷上で完成させていた。

しかし、完成までに辿ったそれぞれの道のりは長かった。
勇利は元々ガラスのハートの持ち主であるが故に、中々「エロス」を表現できない自分に葛藤しヴィクトルとすれ違う。一方でユーリも自身の中で「無償の愛」とはどういうものかという自問に解を導ききれず、自国に戻って武者修行のようなことをしていた。

実質2人の師となるヴィクトルは、この贈り物をどんな気持ちで授けたのだろうか。
答えは簡単だ。2人を新境地へと誘いたかったからだろう。また、それを見ることによって自身のスケートに立ちはだかった問題を切り開こうとしていたのだ。
この効果はてきめんだったと言えるだろう。2人のユーリは葛藤しながらも進み、グランプリファイナルでは共に高得点を叩き出し、肉体的にも精神的にも新たな何かを手にしていたに違いない。それに触発されるようにヴィクトルも競技への復活を決意し、最後は3人揃って成長した様子が映し出されていたのだから。

と、こういった経緯を物語の中に取り入れるために立てられたテーマ「愛」であるが、何故「愛」だったのだろうか。単に「成長」や「情熱」といった他のテーマでも良かったのではないか。
これにはいくつか見解がある。まず「愛」は多面性を持っている。勇利に授けた性的な意味合いを持った「愛」、ユーリに授けた全てを包み込むような「愛」、他にも友に向ける信頼を意味する「愛」や、憎しみを伴った「愛」もあるだろう。そしてそれらは「与える愛」もあれば「求める愛」もあり、「条件付きの愛」もあれば「無償の愛」もある。とにかく多様な側面を備えているのが「愛」であり、「愛」以外にここまで豊富な形を持った情動はないだろう。そういう意味で、対立する2人の関係を表すのに丁度良かったのではないだろうか。次に、本作にはもう1つ「愛」が登場するから、関連性を持たせたのではないか、と考えられる。それがヴィクトルと勇利の「愛」だ。この2人はコーチと選手という間柄ではあるものの、そこには確かに「愛」が存在していた。その点について少し詳しく述べていく。

上述の通り、ヴィクトルと勇利はコーチと選手という関係である。ヴィクトルは元々選手であるが、作中では一旦前線を離れて勇利のコーチに徹していた。作中ではその関係が伺える描写が多々ある。ヴィクトルは普段のフランクな物腰を見せず、厳しい眼差しで勇利を指導していた。その指導力は周囲も認めるものであり、当然、勇利の大きな成長からもその面を否定することは出来ないだろう。一方で勇利は選手としてのヴィクトルを尊敬しており、自身のコーチになってほしいと直談判。ヴィクトルが正式なコーチとなると、熱心な指導、時に無茶ぶりな要求にも応えるように練習に励んでいた。

しかし、物語が進むにつれて2人の間には確かに「愛」が芽生えてきた。2人は互いにいなければならない存在とまでなり、互いが誰より1番大切な存在となっていったのだ。
その証拠に勇利は「誰より1番、僕のこと信じてよ」という発言をしている。2人の関係がもつれた時に、ヴィクトルが勇利のスケートに対して苦言を呈した場面で放った一言であるが、いちコーチに対してここまでの発言は出ないだろう。それだけ勇利はヴィクトルを欲しており、彼という絶対的存在を自分だけのものにしたかったことが伺える。
また、2人はペアリングの交換まで行っていた。しかも右手の薬指に。ヴィクトルはロシア出身だが、ロシアではエンゲージリングは右手にはめるのが習わしなのだ。このシーンはファンの間でも大いに騒がれ、「実質結婚!」とまで騒ぎ立てられたのだが、コーチと選手以上の「愛」が生まれていなければこんなことにはならないだろう。互いを慈しみ、大切に思い、寄り添う、そんな性別をも超えた「愛」が2人の間には確かにあったのだ。

ヴィクトルが勇利とユーリに贈った2つの「愛」、ヴィクトルと勇利の間に生まれた「愛」。本作はこの3つの愛が物語の根幹であり、そこから羽根を広げていった。でなければ2人のユーリは選手としての成長が果たせなかったであろうし、ヴィクトルと勇利の愛がなければ二人三脚で挑むグランプリシリーズも描きだせなかった。物語に色を添え、飛躍させるテーマとして「愛」が隠されていたのだ。
男ばかりの戦いの舞台で「愛」をテーマに掲げるのは難しいことだっただろう。しかし本作ではしっかりと形にし、演技で、楽曲で、そして人との間で「愛」を表現しきった。これは他のどんな「愛」を掲げた作品よりも美しく、気高く、そして芸術としての価値もあるものとなったことだろう。

■さいごに

一つひとつの要素をバラしてみると、本作が如何に力を入れて作られているかが如実に分かる。見せ場である各選手の演技のシーンは振付け、楽曲共に凝ったもので、選手ごとの特徴も表現するようなものになっていた。また、ただフィギュアの戦いを描くだけでなく、1つのテーマ、本作でいう「愛」を据えることで軸を作り、物語の展開をより幅広いものとしていた。

全ての要素があるから全体として完成度が高くなったのだろうが、1つずつで考えてみてもその完成度の高さは他作品より抜きんでている。描写と演出の細部まで、音の一音まで妥協を許さず、そしてストーリーも緩急をつけていた。日頃からアニメを見ていない層からも支持を集めたというのも納得だ。特に演技全般に関しては、制作陣は心血を注いだ。そのためプロからも認められる出来となったのだろう。

2020年現在、作品内容スケールアップのために公開が延期されている劇場版。
ここではどのような物語が紡がれるのか、心待ちにしているファンも多いだろう。きっとテレビアニメ版と同じく、素晴らしいフィギュアの世界へ連れていってくれるはずだ。再び彼らと会えることを楽しみにしていよう。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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