エルメス:エレガンスの極み

エルメスはフランスを代表するファッションブランドの一つ。ケリー、バーキンなどに代表されるバッグなど革小物を主力商品とし、モード界のトップデザイナーを招いて発表されるエレガンスの極みともいうべき秀逸なプレタポルテ・コレクションも高い評価を得ています。

高級馬具工房としての歴史

(Public Domain /‘ThierryHermès (1801-1878)’. Image viaWIKIMEDIA COMMONS)

エルメスが誕生したのは1837年。ティエリー・エルメスによって、パリ9区のバス=デュ=ランパール通りに高級馬具を製造するための工房として開業されました。ティエリーは、ナポレオン3世などのセレブリティを顧客に獲得。1867年には第2回パリ万博の馬具部門において銀賞を受賞するなど、高級馬具ブランドとして揺るぎない地位を築くことに成功します。
1878年にティエリーが亡くなったあと、息子であるシャルル・エミール・エルメスが後継者となり、同年に開催された第3回パリ万博に出品された鞍が金賞を獲得。1880年にはフォーブル・サントノーレにブティックを移転させ、個々の顧客に対して小売販売もスタートさせました。この場所には現在も本店があります。
1860年ごろにはすでにパリで蒸気自動車が用いられており、19世紀の終わり頃から徐々に馬車文化が衰退し始めます。ティエリーの孫で3代目のエミール=モーリス・エルメスは、やがて自動車の時代が到来するであろうと予見し、事業の多角化に乗り出しました。最初に発表したのが、「サック・オータクロア」と呼ばれる馬の鞍を入れるためのバッグでした。馬具工房として持ちうる技術を結集したエルメスで最も古いバッグとして、現在も「オータクロア」の名で親しまれています。ちなみに、エルメスを代表する人気アイテム「バーキン」は、この「オータクロア」の縦横比を変更したものです。
1900年には三代目のエミール・モーリスが、ロシア皇帝ニコライ2世に馬具や鞄を売り込むなど、その後も国際的な馬具ブランドとして発展を続けますが、20世紀に入ると、婦人向けのバッグなど革小物の製造・販売業に重きを置くようになっていきました。

1945年から使用されるようになったエルメスの商標デザインには、そんな高級馬具工房としてのルーツを持つメゾンならではの意味が込められています。馬と馬車そして従者があしらわれていますが、これは創業当時に主流だった馬車の形態です。このうち馬はブランドを、馬車は各ブランドアイテムを、従者は職人を意味しているといわれています。
実はエルメスの商標には主人が描かれていません。あえて主人不在の構図とすることで、エルメスは最高品質のものを提供するものの、アイテムを選ぶのはあくまでユーザーであることを主張しているというわけなのです。

革小物の製造・販売ブランドへ

エルメスは1920年に本格的にハンドバッグ部門をスタートさせます。2本の針と1本の糸を使って同じ穴にクロスさせながら縫っていくという、鞍作りで培われた縫製技法「クージュ・セリエ」が用いられた革製のバッグは、たちまち人気を集めることに。1920年には「ブガッティ」を発表。当時、走る宝石とも呼ばれた高級車ブカッティの前面に位置するラジエータに形が似ていることからこの名がつけられました。そして1923年には世界初のファスナー付きバッグである「ボリード」を発表。当時のヨーロッパにはファスナーそのものが無く、その革新的デザインと荷物が飛び出ることのない利便性から瞬く間に女性たちの注目を集めました。
1927年には、スイスの高級時計ブランド「ジャガールクルト」と協業のもと、ジャガールクルト社が機械を、エルメスがデザインを担当する形で腕時計を発表。2社の関係は現在も続いています。

1935年、エルメスは「サック・ア・クロア」を発表します。これはいわば「オータクロア」のハンドバッグ版といえるもの。1955年、モナコ公国王妃となったグレース・ケリーは、このバッグで妊娠して大きくなった腹部をパパラッチから隠します。その写真は雑誌に掲載され、すぐさま人気に火がつきました。1956年には正式にモナコ公国の許可を取得し、「ケリー・バッグ」と改名しています。

1937年には今なお人々を魅了し続けるスカーフを初めて発表。エミール=モーリスの次女ジャンクリーヌの夫であるロベール・デュマ・エルメスが4代目となってからは、いよいよスカーフに注力し、シルクスクリーンの技法を取り入れ「カレ」という名でデザイン性に優れたスカーフを数多く製作しました。さらに、1947年には香水部門も立ち上げています。

前述のケリー・バッグと並んで、エルメスの看板商品の一つとして知られる「バーキン・バッグ」が発表されたのは1984年のこと。5代目の社長にあたるジャン=ルイ・デュマが飛行機に搭乗した折、イギリスの人気女性歌手であるジェーン・バーキンがたまたま隣席に。その際、彼女がくたびれた籐のカゴのなかに雑多に物を詰め込んでいる様子を見て、気軽に使えるバッグをプレゼントさせてほしいと申し出たことがきっかけで生まれたというエピソードが残っています。

エルメスの歴代デザイナー

20世紀の後半になると、エルメスはプレタポルテにも進出するようになります。1988年、フランス人デザイナー、ヴェロニク・ニシャニアンがメンズ部門のディレクターに就任。高級素材を使ったリュクスなスタイルを確立し、ブランドの地位向上に大きく貢献したといわれています。
ウィメンズ部門については、エリック・ベルジェールやフランスを代表する女性誌『マリ・クレール』の編集長も務めたクロード・ブルエなどがディレクションを担当。
その後、ベルギー出身の気鋭マルタン・マルジェラや、モード界のトレンドセッターの一人であるジャン=ポール・ゴルチエ。自身の名を冠したブランドやスポーツブランドのラコステなどで経験を積んだクリストフ・ルメールや、メゾン・マルタン・マルジェラやセリーヌでの活躍で名を馳せたナデージュ・ヴァネ=シビュルスキーと、ファッション界を代表するデザイナーたちがエルメスで辣腕を振るっています。

最後に

高級馬具工房としてパリで開業したエルメスは、自動車産業の発展にともなう馬車の衰退を予見し、20世紀に入って婦人向けのバッグなど革小物の製造・販売業に転身し大成功を収めました。ケリー、バーキンなどの人気バッグやスカーフだけでなく、一流のデザイナーを招いて発表されるエレガントで高級感のあるプレタポルテは世界中で高く評価されています。

公式ウェブサイト

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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