マダガスカル:食の歴史と現在の家庭料理

マダガスカルは東アフリカのインド洋に浮かぶ島である。様々な国から移住してきた人が多い影響でその食文化は多種多様なものになっている。マダガスカルの食の歴史は複雑だが、現在では米を主食とし、そこへおかずが付くというのが一般的な食事である。

マダガスカルの食の歴史

≪紀元1650年以前≫

マダガスカルへ最初に移住したのは紀元100年から500年の間に航海でたどり着いたオーストロネシア人とされています。彼らは船の積み荷にイネやタロイモといった多くの作物を載せていました。他にもサトウキビやココヤシ、バナナ、ブタ、ニワトリなどもオーストロネシア人によってマダガスカルへ運び込まれたと考えられています。

600年頃には移住してきた人々は栽培や農耕の土地を広げるために内陸部へ移動し、中央高地の森林を開拓しました。これにより7世紀の100年間のうちに高地一帯の原生林は大幅に減少し、集落や水田、農地が広がる光景に変わりました。

1000年頃になると東アフリカから移住してきた人々によってコブウシやソルガム、ヤギなどが伝えられました。これらの家畜はアフリカでは富の象徴として扱われていたため、重要な儀式の供物として捧げられた後に食べられていました。コブウシのミルクやそれから作られたカードは牧畜を主としている人にとって重要な食糧となっていたようです。

≪1650年~1800年≫

この頃になると太平洋間奴隷貿易が始まり、食品の貿易も行われるようになります。マダガスカルも海外から多くの品を輸入するようになりました。16世紀から17世紀に南北アメリカからサツマイモやトマト、トウモロコシやラッカセイなどがマダガスカルに輸入されました。1735年以降にはキャッサバがレユニオン島より持ち込まれ、瞬く間にマダガスカル全域へ広まりました。レモンやライムなどの柑橘系は島の港で栽培され壊血病対策として船乗りたちを助けていました。

1769年になるとオプンティアというサボテン科の植物がマダガスカル南部に伝わり、牧畜をしている人々にとって重要な植物となりました。オプンティアの実は飲み水の代わりとなり、トゲを取り除けば家畜に栄養と水分を与えることができるのです。オプンティアの普及によりマダガスカル南部では牧畜の効率化と牧畜を生業とする人々の定住化が進み、家畜と人口が大きく増加しました。

≪1800年~1960年≫

この頃になるとマダガスカル王国で海外に輸出するための作物を栽培するためにプランテーションが取り入れられました。それに加えてココヤシやコーヒノキ、バニラの栽培も盛んになりました。

王国の祭りの期間中にはハニンピトゥルハと呼ばれる特別な料理が振舞われていました。フランスの植民地になるとともに祭りはなくなりましたが、この特別な料理は家庭で食されるようになり、その伝統はマダガスカルの家庭料理の中で生き続けています。

1896年にマダガスカルはフランスの植民地となり、それと同時に食文化へも大きな影響を及ぼします。フランスのバゲットやデザートなどがマダガスカルに広まり人気が出ました。マダガスカルで鉄道を建設することになり労働者を募った際、清国より多くの中華系の人々がやってきました。彼らは同時に新しい食文化をもたらし、マダガスカルの食文化と融合していきました。

島の北西部ではインドの商人たちが暮らしており、その人口は30年で4000人にも膨れ上がりました。これにより北西部ではインド人から伝わったカレーとビリヤニが広まることになりました。

マダガスカルの現在の家庭料理

多くの国から移住してきた人々によって様々な食文化がもたらされたマダガスカル。そしてフランスによる植民地化の影響も大きく受けました。そんなマダガスカルの家庭で現在はどのような料理が食べられているのでしょうか?いくつか例をご紹介します。

◇ミサオ◇

お米が主食のマダガスカルですが、フランスの影響かパスタも食べられているようです。ミサオとは炒めたパスタの総称です。マダガスカルでは野菜を加え、カレー風味で味を調えたものが出されることが多いです。

◇アクー◇

アクーとは鶏のことを指します。鶏をトマトで煮たものはアクーソスと呼ばれ、マダガスカル南部ではよく食べられる定番料理です。またトマトではなくさっぱりとしたスープで煮込まれていることもあり、こちらはアクールーと呼ばれています。

◇キスー◇

キスーとは豚という意味です。アクーと調理法はほとんど同じでトマトと一緒に煮込まれていることが多いです。汁と共に提供されるのでキソアソスと呼ばれることもあります。現地の人はキスーと言うこともあればキソアと言うこともあるようです。

◇ラヴィトゥトゥ◇

マダガスカルの郷土料理の代表格とも言える料理です。キャッサバの葉を臼で挽いて細かくし、豚肉と絡めたものです。ごはんと供に食べることがほとんどです。またラヴィトゥトゥに使用されるのはキャッサバの葉に限定されています。

◇プティケーニャ◇

ひき肉をそぼろ煮にした料理です。とてもシンプルですがごはんとの相性は抜群で、ごはんを食べる手がとても進みます。ごはんをよく食べるマダガスカルだからこそ、それによく合う料理として考案されたのかもしれません。

◇モサキーキ◇

お肉を串に刺して焼いただけのシンプルなものです。味付けは塩のみのことが多く、お肉本来の味を堪能することができます。マダガスカルでは様々な種類のお肉が食べられており、食文化の多様性を感じることができます。

◇コンコンブル◇

きゅうりを使用したサラダです。皮を剥いたきゅうりにタマネギとお酢や塩と黒コショウで味付けされています。都市部から離れた地域では鶏や牛の肉料理などを食べることが多いため、こういったサラダは野菜不足にならないためにも重要な役割を果たしています。

◇マサガ◇

マサガはマダガスカル語で牡蠣を指します。マダガスカルのいたるところでマサガの入ったカゴを担いだ商人が歩いており、マサガがマダガスカルの人にとって気軽に食べることのできる食材だということがわかります。

◇ヤウールメゾン◇

マダガスカル語で家庭のヨーグルトという意味で、自家製のヨーグルトのことです。酸味も甘みもそれほど強くなくマイルドで食べやすいヨーグルトです。

様々な食文化が混ざり合って生まれたマダガスカルの食

ここまでマダガスカルの食の歴史と料理を紹介してきました。マダガスカルは多数の国から移住してきた人々の影響を大きく受け、食文化も多種多様な変化を遂げています。東南アジアやインド、中国やヨーロッパといった多方からの移住者はマダガスカルの食文化に様々な影響を及ぼしました。

ですがそんな中でもマダガスカルの人々はごはんを主食とし、それに何かおかずを付け加えるといった食文化を伝統としており現在でもそれは変わりません。最初に移住してきた人々の伝統が受け継がれ、様々な香辛料があるにも関わらず今回ご紹介したような簡素な味付けの料理が今なお好んで食べられている地域もあります。

現在マダガスカルでは幅広い料理を食べることができます。マダガスカルは伝統的な食文化と現在でも新しく入ってくる食文化を受けて、新たな食文化を築こうとしている途中なのかもしれません。今後マダガスカルの伝統的な食文化がどういった進化を遂げていくのか、楽しみで仕方ありません。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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