21世紀の世界の大学に変化をもたらす「専門職学位」ブームの背景にあるものとは?

「修士号(マスター)」「博士号(ドクター)」の学位はかつて、大学教授や研究者になりたい人が取るものだったが、21世紀は「高度専門職業人」になりたい人が取る「専門職学位」がその存在感を増している。世界のどこでも通用する職業技能のグローバルスタンダードで、取得者は各国が奪いあう。分野は知名度の高い経営学修士(MBA)をはじめ、MOT(技術経営)、会計、知財、公共政策、臨床心理など多彩。世界の大学教育を変えそうな存在だが、その背景にはアメリカなど大国の「ソフトパワー」戦略がある。

20世紀の大学大衆化と一線を画した大学院

大学はよく「最高学府」と呼ばれる。「最高学府は大学院ではないのか?」と思う人もいそうだが、大学院のみの大学も存在するものの、あくまでも大学院は大学に併設され、所定の課程を履修すると3〜4年制の学士号(バチェラー)と別の学位が与えられるコースという位置づけである。それが修士号(マスター)や博士号(ドクター)で、称号は全世界共通のスタンダードである。

大学は修士号や博士号を持つことを教員の新規採用の条件にしている。研究機関の研究者もほぼ同様で、そのため大学院には以前から「大学教授(学者)や研究者になりたい人が行くところ」という共通認識があった。工学系の修士を除けば、一般企業の募集は研究部門の研究者にほぼ限定されていた。

卒業すると学士号が授与される3〜4年制の大学のほうは20世紀、先進国では「企業の中核を担う人材がほしい」という社会の要請もあり、大学の数も各大学の入学定員も大きく拡大されて「大衆化」「マスプロ化」した。その流れは60年代後半、フランスの五月革命(1968年)などが起きた「学生反乱の時代」を契機に大学の内部改革が行われると、ますます進行していく。その結果、先進国では現在、大学、短大、大学院などの高等教育修了者が現役世代の3分の1から約半数を占めるまでになり、大学卒(学士)は「ごく当たり前の学歴」になった。

それでも大学院はおおむね中世ヨーロッパ以来の「講座制」を維持し、定員も増やさず教員1人に学生数人という少人数教育を維持した。

ギルドの職人の親方が弟子をとって教え将来の親方候補生を育てるように、大学教授は学士の中から大学院生を選りすぐり、マンツーマンに近い形で将来の教授候補生を育てた。修士号、博士号はたとえて言えば、「この弟子に教えることはみんな教えました」と職人の親方が書いた保証書のようなもので、大学や教授にそれなりのステータスがあれば、学位は世界のどこに行っても通用した。

「専門職学位」は社会の要請から生まれた

それがオールドスタイルの大学院、学位だったが、21世紀はそれと別のニュータイプの学位が勢力を大きく拡大している。「専門職学位(プロフェッショナル・デグリー)」がそれで、原則的に論文の審査はなく、所定の単位を履修すると学位が授与される。

専門職学位には「修士」「博士」とつくものもあるが、取得して目指すのは学者や研究者ではなく「高度専門職業人」である。たとえば企業なら会計や法務などのプロフェッショナルや、各部門の執行役員、CEO(最高経営責任者)、COO(最高執行責任者)、CIO(最高情報責任者)、CTO(最高技術責任者)といった経営トップである。

IT技術者、看護・保健などヘルスケア、心理カウンセラー、教員、政府や自治体での公共政策の立案といった分野でも高度専門職業人が活躍している。そのパスポートが専門職学位で、職業技能のグローバルスタンダードとして世界のほとんどの国で通用し、就労ビザを取得して職を得ることができる。

高度専門職業人も専門職学位も社会の要請によって生まれた。20世紀に大衆化を遂げ、先進国では3分の1から半数もの国民が持つ学士号より何ランクも上で、知識や技能の高度な専門性を保証してくれる学位を、企業や社会が求めたのである。

アメリカでは19世紀から弁護士など法曹を養成するロースクールがあり、経営学修士(MBA)の最高峰と言われるハーバード・ビジネススクールは1908年に設立されているが、専門職養成大学院(プロフェッショナルスクール)が本格的に設立されたのは第二次世界大戦後の20世紀後半だった。「研究学位」と別に専門職の「職業学位」が設けられ、法曹学位やMBA以外では技術者、医師、薬剤師、獣医師、教師、牧師などで職業学位が設けられた。座学よりも実習やケーススタディによって実践的なトレーニングを積み、現場での問題解決を重視する。

ヨーロッパでは21世紀に入って、欧州連合(EU)の方針で各大学が専門職学位取得コースを設けるようになった。英国の修士の学位は「課程学位」と「研究学位」に分かれ、課程学位が専門職学位に相当する。

フランスは18世紀から高度専門職業人の養成を目的に大学とは別の教育機関「グランゼコール」が設けられ、その修了免状は修士に相当する。学士号の上に上級技術者のための「高等教育応用技芸免状(DSSA)」もあり、これも専門職学位に相当する。

ドイツは学士号と同格の「マイスター」「スペシャリスト」の他、修士号と同格の「マギステル」「ディプロム」に専門職学位に相当するものがある。日本では2003年に「専門職大学院」の制度が設けられ、会計、経営学、経営管理、技術経営、公共政策、広報・情報学などの分野で「修士(専門職)」という学位が設けられている。

大学を通じたアメリカのソフトパワー戦略

専門職学位の最先進国アメリカは、独立以前の17世紀から東部のいわゆる「アイビーリーガーズ」などヨーロッパ型の大学が設立されていたが、20世紀になると州立大学や単科大学、女子大学、地域のコミュニティ・カレッジなどが次々と設立され、世界に先駆けて大学の大衆化、マスプロ化が起きて高等教育修了者の層が厚くなった。彼らはアメリカ経済の発展に貢献し、ぶ厚い中間所得層を形成して豊かな消費社会を生み出した。

大学教育のインフラが充実したことで、アメリカは第二次世界大戦後の20世紀後半、ひろく世界から留学生を集める。その結果、アジアで、アフリカで、中南米で「アメリカ留学帰り」の人材が国家や社会の中核的な地位につき、親米的な政権、親米的な社会を支える存在になった。たとえその国で軍事クーデターが起きて反米的な独裁者が権力を掌握しても、アメリカ留学帰りの彼らがいないと政治も経済も回らなくなり政権基盤が崩壊してしまうので、アメリカとの決定的な対立は避けられ、やがて対米関係は修復された。

イラン革命(1979年)で反米国家に変貌したイランは、親米的だったパーレビ国王の前政権でアメリカに留学した人たちを追放することなく原油の生産や精製のような企業活動や国家運営に活かしたので、革命政権は破たんすることなく現在に至っている。その逆だったのがカンボジアのポル・ポト政権(1975〜1979年)で、幹部はみなフランス留学帰りだったが、政権を掌握すると、それまで国家や社会の中核的な地位にあったフランス留学帰りの人たちを活用することなく、ことごとく虐殺した。優秀なので自分たちに取って代わる恐れを抱いたからである。その結果、政権が崩壊してもカンボジアには国家を再建できるような人材が乏しく、国連を通じて外国の全面的な支援を仰ぐしかなかった。

途上国では海外留学帰りの人材は、先進国の国民が想像する以上に、その国家や社会にとってかけがえのない存在である。留学生のほとんどは留学先の国や大学に好意を抱いて帰国する。敵意を抱いて帰国するのは危害を加えられたなど、よほどの場合しかない。

2017年のユネスコ(UNESCO)の各国別統計では、外国からの留学生数のトップはアメリカの97万人で、2位の英国の43万人に2倍もの差をつけている。3位はオーストラリア、4位はフランス、5位はドイツ、6位はロシア、7位はカナダ、8位は中国、9位は日本、10位はマレーシアとなっている。

アメリカは自国の大学への留学生の受け入れを通じて世界各国の政治、経済の中枢に「親米派」を創り出し、結果的に安全保障でも経済でもアメリカに敵対する国を出現させないようにした。それが大学を通じたアメリカの「ソフトパワー戦略」である。

同じことを行ったのがかつてのソビエト連邦で、社会主義国では「ソ連留学帰り」は親ソ的な政権、親ソ的な社会を支えたが、冷戦の崩壊、ソ連の消滅で過去のものになった。英国やフランスは植民地帝国だったので、カンボジアもそうだったように「英国留学帰り」「フランス留学帰り」はアフリカやアジアの旧植民地が独立した後もその国の政治、経済で重きをなし、英国やフランスとの関係の維持に寄与したが、それも旧社会主義国と同様に「アメリカ留学帰り」にとって代わられつつある。アメリカのソフトパワーはそれほどまでに大きい。なぜならアメリカは産業でもそれに関連した学問領域でも「グローバルスタンダード」を握っているからである。

グローバルスタンダードと専門職学位の関係

たとえば経営学でよく使われる言葉の「シックスシグマ」も「サプライチェーンマネジメント」も「バリューチェーン」も「コア・コンピタンス」も、高度な産業国家アメリカで生まれた。最新の経営学を学びたいならアメリカのビジネススクールに留学するのが「グローバルな最適解」である。

アメリカで専門職学位の経営学修士号(MBA)を取得した人材は母国だけでなく、他国からも高給で引く手あまた。国境を越えて企業や政府機関を渡り歩いて活躍している人物もいる。なぜなら、どの国の企業でも、国家経済でも、アメリカ発でアメリカの大学で学ぶものがグローバルスタンダードになっているからである。経営学だけでなくITも、会計も、ヘルスケアも、臨床心理学もそれは同様で、アメリカはそれぞれ専門職学位を用意し、多くの留学生がそれを取得している。これは他の国にはなかなかマネができない。

留学生も大学のキャンパスで、知らず知らずのうちにアメリカの国家戦略に協力する。日米貿易摩擦が真っ盛りの80年代、日本企業から派遣されるMBA留学生は入学基準を下げてでも歓迎されていた。それはアメリカが日本企業の強さの秘密を知りたがったからだった。90年代には今度は中国からのMBA留学が歓迎された。それはアメリカが未知の大国、中国のことをもっと知りたがったからだった。そのように留学生を通じ、アメリカは平和的に世界から情報を収集した。

アメリカの大学を通じたソフトパワー戦略の成功の後を追い、英国でもフランスでもドイツでも日本でも留学生の受け入れを進めており、そのインセンティブ(誘引策)として専門職学位の新増設を進めている。おそらく21世紀後半には学士号より上位の学位授与のほとんどは専門職学位で占められるようになるだろう。その時には大学のあり方も、今と比べてかなりの変化を遂げているはずだ。

※本記事はコロナウイルス感染拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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