Khiev Kanel:カンボジアの注目アーティスト

Khiev Kanelは、1988年生まれのカンボジア・プノンペン出身のアーティスト。写真、動画、パフォーマンスアート、コレオグラフィーといった複数の表現形式を横断し、環境・社会問題から個人の問題まで様々なテーマに基づく作品を制作する。作品は、マレーシア、フィリピン、インドネシア、シンガポール、日本といったアジア諸国のグループ展に出展されており、2018年にはカンボジアのアート賞を複数受賞している。

写真家としてキャリアをスタート。
最近では動画やパフォーマンスアート、コレオグラフィーといった形式も取り入れるなど、常に新しい表現方法を模索し続けるアーティストKhiev Kanel(以下、Kanel)。
取り扱うテーマも、環境・社会問題から、コミュニケーション、個人の感情に至るまで多岐に渡っており、観客を巻き込み、様々な問題提起をするスタイルの作品が特徴的です。
Kanelはこれまでに、アジア諸国で開催されるグループ展に作品を多数出展。
また、2018年には、「Creative Generation Award 2018(JAVA)」、「Best Performance Award 2018(Cambodian Ministry of Culture and Fine Arts) ※共同受賞」といった、カンボジアの優れたアーティストに贈られる賞を受賞するなど、国内外で活躍の場を広げている注目のアーティストなのです。

作品に込めた想いとは?
私生活では会社員でもある彼をアートに向かわせるモチベーションの源泉とは?
インタビューを交えながら、Kanelが作り出す世界観をご紹介します。

監視社会に投じた一石:「Pineapple Eyes」(2018年、25枚の写真によるインスタレーション、4本のビデオ)

写真:アーティストWEBサイトより

ずらりと並んだセキュリティカメラのモニター写真。
すべての画面に映り込む黄色いTシャツの男性は、いずれもカメラをじっと見つめて直立しています。
怒っているようにも、何かを無言で抗議しているようにも見えるこの男性こそが、作者であるKanel。
「現代人は、公私の場を問わず、セキュリティカメラを通して常に誰かに見られています。私達の目にはカメラしか見えませんが、カメラの裏では誰かがこちらを見ている。そのことを認識した時、自分を見失ってしまうような感覚がありました。」
作品中でKanelがカメラを凝視しているのには訳があります。
「カメラ越しに監視している人が、逆に誰かからじっと見つめられたらどんな気持ちになるのか?を問いたいと思ったのです。作品を観る方は、自分があたかも監視者であるかのような気持ちになるはずです。」

写真:アーティストWEBサイトより

「Pineapple Eyes」というタイトルも非常に興味深いところ。
監視社会とパイナップルにはどのような繋がりがあるのでしょうか。
「 “Pineapple Eyes”という言葉の起源は、クメール・ルージュ政権時代にまで遡ります。当時は、社会主義革命の下、一般人の生活はすべて監視され管理されていました。四方八方から見張られている状況を指して当時の人々が造ったのが“Pineapple Eyes”という言葉でした。パイナップルは、無数の目がついているような外見をしていますよね。」

さらに、展示会を訪れた観客を驚かせたのはKanelによる仕掛け。

写真:アーティストWEBサイトより

「作品を観ている方の姿をカメラで捉え、中央付近にリアルタイムで反映されるようにしたのです。」
カメラに映ったKanelを見ているはずだった人が、いつの間にか見られる側に回っているという不思議。
視点を巧みに逆転させることによって、観客は知らず知らずのうちに作品の世界に引き込まれ、自ずと「自分ならどう感じるのか?」を問われることになるのです。

重荷を介した対話が生み出すもの:「The Burden」(2018年、パフォーマンスアート)

写真:アーティストWEBサイトより

シンプルな出で立ちでリュックサックを背負ったKanelが直立しているところから始まるパフォーマンス。
軽装の彼に、観客達はペン、本、ヘルメット、椅子などのアイテムを次々と持たせていきます。

写真:アーティストWEBサイトより

「人は誰でも生まれながらに小さな重荷を背負って生きています。ところが、時が経つにつれ、家族や社会からさらなる重荷を受け取り、それに応えていかなければならないこともあるでしょう。」
次から次へと荷物を持たされてもなお、身動き一つしないKanelですが、途中で抱えきれなくなったペンがバラバラと床に落ちていきます。
「実は、この作品に取り組んだ頃、ちょうど個人的にとても落ち込んでいたのです。身近な人々との関係で悩み、社会からも抑圧されているような感じがしていました。人は重荷を背負い続けるとどうなってしまうのか?ということを体感してみたかったのです。」
増え続ける重荷を抱えながら約1時間立ち続けたKanel。
その間、どのような思いが駆け巡ったのでしょうか。

写真:アーティストWEBサイトより

「物理的な負荷がかかればかかるほど、憂鬱感は増し、抑圧も強まっていくように感じられ、いっそのことすべてを落として強制終了してしまいたくもなりました。私達は時に、自ら重荷を背負おうとしてしまうことがありますが、長く背負い続ければいずれ破滅してしまうでしょう。」
Kanelにかかる負荷はさることながら、徐々に重そうになっていくKanelを見ていた観客側にも心境の変化があったのではないでしょうか。
重いものを持たせることに対し、罪悪感のようなものを抱いた人もいたはずです。
「実際、観ている人達にも問いかけたかったのです。最初は面白がって物を持たせていた人達にも、時間が経過するにつれて何を思うのかを感じてほしかったのです。」

モノとの距離感から環境問題を問う:「One Piece」(2018年、コレオグラフィー、動画)

写真:アーティストWEBサイトより

女性が黒いビニール袋と戯れているような映像が斬新な「One Piece」は、カンボジア人のコレオグラファーと共同制作したもの。
袋の中でもがいていた女性は、格闘の末、ようやく脱出に成功。
その後、まとわりつく袋を女性が払いのけようとするシーンが続きますが、途中からは女性が袋をコントロールしているようにも見えてきます。

写真:アーティストWEBサイトより

「人間とビニール袋との間のコミュニケーションを表現したいと思ったのです。ビニール袋は環境汚染の一因とされていますが、今や私達の日常の一部になっているものです。そこで、改めて問いたかったのです。あなたはビニール袋をどのように使い、どのように距離を取り、どのようにコミュニケーションを取っていますか?と。」
環境汚染は、いまや全世界的な問題。
カンボジアでも、日々たくさんのビニール袋が使用されては捨てられています。
直接的に環境問題を表現するのではなく、人間と消費物との間の物理的・精神的なコミュニケーションという視点から表現しているのがユニークなこの作品。
途中から映像の速度が徐々に早まってくるところも注目のポイントです。

写真:アーティストWEBサイトより

「リズムをつけ、速度を変えることで、観ている人にどのような感情の変化が起きるのかを感じてほしいと思ったのです。初めはリラックスして観ていられた人も、速くなっていくにつれて息がしづらいような感覚になったかもしれません。」
とかく他人事になってしまいがちな環境問題。
「私にとってはどうだろうか?」ということを、各人が個人的な感情を踏まえて問うきっかけを提供しているという点で、啓発的であり、観る人の内面に通じる作品とも言えるでしょう。

アートとオフィスワークの両輪で成り立つ人生

写真:アーティストWEBサイトより

高校卒業後に入学した大学で専攻していたのはコンピューターサイエンス。
初の就職先は銀行のIT関連職。
現在も金融×ITの分野でフルタイム勤務をしながらアーティスト活動を続けている
Kanelは、なかなか異色なキャリアを歩んでいるように見えます。
アートの世界に踏み入れるきっかけとなったのは、どのようなことだったのでしょうか。

「幼少期からコンパクトカメラを持ち歩き、気になったものを何でも撮影していました。その後何年もカメラを手に取らなかったのですが、2013年に自分への誕生日プレゼントとして高性能のカメラを購入したんです。それから、きちんと基礎を学んで表現したいと思い、大学が開催する写真のショートコースに参加したことがきっかけです。」
ショートコース終了後、写真家としてのキャリアを歩み始めたKanel。
「以前は好きなものを撮っていただけでしたが、写真を使ってストーリーを伝えたり、新しいものを創造したりもできるのだと気づいたのです。」

さらに、転機となったのは、マレーシアのペナン島で開催された写真のワークショップに参加したこと。
「海外で活躍するプロの写真家達との交流は非常に刺激的でしたし、カンボジアのアートシーンに対する理解をもっと深めたいと思うようになりました。2017〜18年には国内のワークショップで動画やパフォーマンス、コレオグラフィー等に触れ、写真以外の表現形式も積極的に取り入れるようになったのです。」

アーティスト活動と仕事との両立でハードな毎日にも関わらず、そのモチベーションはどこからくるのでしょうか。
「私の人生は、アートと仕事の両方があってようやく完成するのです。アートは自由を与えてくれるものですが、オフィスワークの時間も大事。仕事からインスピレーションを得ることもあるし、忙しい中で2つのものに追われる感覚が実は好きなのです。」

次なる目標は、アートシーンを活性化する輪づくりと場づくり

写真:筆者提供

新しいものを取り入れることに貪欲なKanelは、毎日仕事が終わると、次なる作品のことを考え、リサーチや制作に時間を割いているといいます。
以前は気になるものを手当たり次第に制作していましたが、最近では初めにキーワードを定め、キーワードから連想される事柄を表現に落とし込んでいくスタイルを取っているそう。
「今、気になっているキーワードがいくつかあります。誰がどんな意味で発しているのか?真の意味は何なのか?といったように、常に頭の中で言葉について探求しています。どのメディアで表現するかについては、言葉の意味を探求しつくした後に検討していく予定です。」

さらに、今後の展望についても語ってくれました。
「2019年のプランとしては、アーティストコレクティブを作りたいと思っています。それから将来的には、アーティストやアート関係者が集えるような場を作りたいですね。展示スペースはもちろん、コーヒーを飲みながら読書やリサーチができるような場所をイメージしています。」

新しい視座と立ち止まるきっかけを与えてくれる作品の世界
アートとコンピューターサイエンス。
右脳と左脳を行き来しながら創作活動に勤しむアーティストKanel。
1つのテーマや形式にとらわれず、次々と新しい領域を切り開いていく彼が生み出す作品は、いつも私達に驚きとともに新鮮な視点と問いを与えてくれます。
彼の作品を見入っていると、いつの間にか目の前の世界へと引き込まれ、さらに自分の内面へと向かわされるような体験をすることでしょう。
過去の作品はアーティストのWEBサイトから閲覧することが可能です。
ぜひKanelが作り出す世界をのぞいてみてください。

Khiev Kanel WEBサイト

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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