南米大陸の2つの自由貿易圏、1つの政府間機構はEUのような統合を指向している

「南米」というと政情不安や財政破綻のニュースがよく伝えられるが、実際は国家を超えた経済統合、政治統合が進んでいる地域だ。「メルコスル(南米南部共同市場)」と「アンデス共同体」という2つの自由貿易圏はお互いに協力しあい、大陸のほぼ全国家が参加する政府間機構「南米諸国連合」はEUを手本に、文化的に共通点の多い南米諸国の国家統合を目指している。成り行き次第では、21世紀後半の南米はアフリカと並ぶ世界の成長センターになっているかもしれない。 

南米大陸の12ヵ国と1植民地の横顔 

 南米大陸は面積1784万平方キロで、人口は4.2億人。人口はアメリカ合衆国の3.2億人より約1億人多く、EU(欧州連合)の5.1億人より約1億人少ない。 
 独立国12ヵ国とフランス領(海外県)の仏領ギアナがある。人口では2億768万人のブラジルがトップで、2位以下はコロンビア、アルゼンチン、ペルー、ベネズエラの順。独立国の1人当たりGDPではウルグアイの1万6941ドルがトップで、2位以下はチリ、アルゼンチン、ブラジル、ベネズエラの順である(IMFの統計)。 
 面積最大、人口最多、GDP最多(2兆551億米ドル)のブラジルが南米の「地域大国」で、アルゼンチン(GDP6375億米ドル)がそれに次ぐ。コロンビアやチリも経済規模は大きい。パラグアイ、スリナム、エクアドル、コロンビア、ペルー、ベネズエラの6ヵ国は1人当たり名目GDPが5000~6000米ドル台でほぼ横並び。最貧国のボリビアも年4~6%台という南米一の経済成長が続き、2013年から5年で1人当たり名目GDPは2550ドルから1.33倍の3412ドルに増えた。このペースが続くと2020年代後半には5000ドルを超え、パラグアイやペルーに追いつく。 

 南米には、アジアのシリアやイエメン、アフリカのソマリアや南スーダン、中米のハイチのような、戦乱や自然災害で経済が破綻状態になり国連機関や他国からの援助に依存するような「失敗国家」がない。かつて対外債務がデフォルト(債務不履行)に陥ったブラジルやアルゼンチンやエクアドルも、天文学的なインフレ率を記録したベネズエラも、失敗国家とは言えない。極端な落ちこぼれの失敗国家がなく、おおむね一定以上の経済水準で揃うと、国家の枠を超えて経済統合を目指す自由貿易圏を結成しやすくなる。 

「メルコスル」と「アンデス共同体」 

 南米大陸には現在、「メルコスル」と「アンデス共同体」という2つの自由貿易圏ができている。この2つは対立しているわけではなく、2003年に自由貿易協定を結び、正加盟国と準加盟国の相互乗り入れのような形でお互いに協力しあっている。 

●メルコスル(MERCOSUR/南米南部共同市場) 

正加盟国:アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、ブラジル、ボリビア、ベネズエラ(6ヵ国) 

準加盟国:チリ、コロンビア、エクアドル、ガイアナ、ペルー、スリナム 

オブザーバー国:メキシコ、ニュージーランド 

面積:1486万平方キロメートル 

人口:約2億9500万人 

発足:1995年 

本部:モンテビデオ(ウルグアイ) 

自由貿易圏構想で、EUのような域内での関税撤廃と域外に対する共通関税の実施を目指している。 

●アンデス共同体(CAN) 

正加盟国:コロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビア(4ヵ国) 

準加盟国:ブラジル、パラグアイ、ウルグアイ、アルゼンチン、チリ 

オブザーバー国:パナマ、メキシコ 

面積:379万平方キロメートル 

人口:約1億人 

発足:1969年 

本部:リマ(ペルー) 

 2006年に関税同盟のアンデス自由貿易圏が成立したが、政策を共通化する国家共同体の性格も帯びる。 
地図を見ればわかるように、メルコスルにもアンデス共同体にも関係していないのは旧英国植民地のガイアナと仏領ギアナだけである。両国の間にある旧オランダ植民地のスリナムはメルコスルの準加盟国になっている。チリはどちらの正加盟国でもないが、両方で準加盟国になっている。チリはアンデス共同体の正加盟国だったが1976年に脱退し、2006年に準加盟国として復帰した。なお、チリとペルーはTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の参加国でもあり、メキシコやカナダや日本やオーストラリアなどと多角的な経済連携協定(EPA)を結んでいる。 

 ガイアナ、スリナム、仏領ギアナを除くと、南米の9ヵ国は「どちらかの正加盟国で、どちらかの準加盟国」という形で、お互いの自由貿易圏に相互乗り入れする。これがメルコスルとアンデス共同体の間の相互協力関係である。なお、ベネズエラはアンデス共同体の正加盟国だったが、2006年に脱退した。 
 メルコスルとアンデス共同体を合わせると南米大陸をほぼカバーし、人口は合わせて約3億9500万人でアメリカ合衆国の人口3億2500万人をしのぐ。EUの8割程度の規模で、中国の3分の1というスケールである。 

「南米版EU」を指向する「南米諸国連合」と「PROSUR 

そんな自由貿易圏構想と連動して、南米では2004年に経済・政治の統合組織「南米共同体(CSN)」が発足し、仏領ギアナを除く大陸の独立国家12ヵ国が加盟した。2007年には「南米諸国連合(UNASUR)」と改称され、本部をエクアドルのキトに置いた。 
 南米諸国連合は国家の枠を超えた政府間機構で、EUを手本とし、「同一通貨、同一パスポート、一つの議会」が目標。欧州議会にならって「南米議会」をボリビアのコチャバンバに、欧州中央銀行(ECB)にならって「南米中央銀行」をベネズエラのカラカスに設置し、ユーロにならって南米共通通貨を発行することを目指した。 
 その目的には「加盟国間の政治的対話の強化」「南米統合の促進」「地域貧困の撲滅」「識字運動」が盛り込まれ、欧州安全保障協力機構(OSCE)にならって安全保障機構の「南米防衛評議会」も設置された。 

 アンデス共同体では2001年、正加盟国の共通旅券(「アンデスパスポート」)がつくられて入国ビザを廃止した。2003年には正加盟国の国民はパスポートを持たなくても身分証明書だけで正加盟国との国境を自由に越えられる制度が始まった。それは「域内の自由通行」を取り決めたEUの「シェンゲン協定」にならっている。 
しかし南米諸国連合は5年間も会議が開かれておらず、2018年にはアルゼンチン、ブラジル、チリなど複数国が参加を中止するなど、組織としては停滞傾向にある。2019年にはチリのセバスティアン・ピニェラ大統領の呼びかけで、南米諸国連合に対抗する新たな地域連合「PROSUR」がサンディアゴで結成されているが、南米全体でのEUのような政治的な統合はまだ先のことになりそうだ。 

そんな中2019年6月にはメルコスールとEUとの間で自由貿易協定(FTA)を結ぶことで暫定的に合意。また同年8月には欧州自由貿易連合(EFTA)ともFTAを結ぶことで暫定合意した。現在、カナダやシンガポール、韓国ともFTA締結の交渉中である。 
南米は若い世代が多く、教育水準も悪くない 

 世界銀行が調査した2017年の65歳以上の人口比率を大陸別に見ると、ヨーロッパは全て10%を超えている。G7のアメリカ、カナダ、日本や韓国、中国、オーストラリア、ニュージーランドも10%をオーバーしている。逆にアフリカには10%を超える国は皆無で、南米もウルグアイ、アルゼンチン、チリ以外は10%を切る。南米は人口構成に占める若い世代の比率が高く、アフリカと並んで将来が楽しみな「若い大陸」である。 
しかもその若い世代の教育水準で、南米はアフリカに対してアドバンテージがある。ユネスコが行った「識字率」の調査(2015年)によると、アフリカ54ヵ国で識字率が90%以上なのは南アフリカとリビアの2ヵ国だけで、80%以上も6ヵ国にとどまるが、南米はガイアナ以外の国では識字率が90%以上で、ヨーロッパの水準に近い。これは、少なくとも子どもに初等教育をしっかり受けさせていることを意味する。 

 若い世代が多く、その教育水準も悪くなければ、経済が成長できる基礎的な「人間力」がある。さらに南米にはヨーロッパやアジアを上回る「文化的な一体性」もある。南米大陸の民族構成は、先住民、16世紀以降の植民地支配層のヨーロッパ系、かつて奴隷として連れてこられたアフリカ系、19世紀の独立後に移民としてやってきたアジア系などが入り交じり、混血も進んで非常に複雑になっている。 
しかし言語はスペインの植民地支配によって、ほとんどの国でスペイン語が日常的に通用する。英語圏、フランス語圏、アラビア語圏に分かれるアフリカとは異なっている。ブラジルはポルトガル語が支配的だが、スペイン語とは兄弟のように似ている言語でお互い通じやすい。ガイアナの英語、スリナムのオランダ語、仏領ギアナのフランス語は、南米全体からみればマイナーなローカル言語にとどまっている。 

 スペイン語とともに南米で文化的な一体性を形成しているのが「ローマ・カトリック教会」で、ヨーロッパとは違ってプロテスタントや正教に対して圧倒的な勢力がある。ガイアナやスリナムのインド人社会ではヒンズー教が信仰されているが、南米には仏教徒やイスラム教徒の数は非常に少ない。その点は、土着の宗教、イスラム教、キリスト教、ヒンズー教などが入り乱れてモザイクをなすアフリカの社会とは様相が異なっている。 
 スペイン語とカトリックという文化的な一体性を背景に「南米市民」の統合意識が高まり、自由貿易圏など経済統合がさらに進行すれば、人口構成が若く教育水準も粒ぞろいの「統一南米」は人口でも経済規模でも成長性でも大きな存在感を示せるだろう。「21世紀後半の世界の成長センターはアフリカだ」と言われるが、南米も今後の成り行き次第では、成長センターに躍り出ても不思議はない。 

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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