【夏目友人帳:夏目友人帳のハートフルストーリーの全貌に迫る】

2007年より日本の少女漫画誌にて連載を開始、2008年にアニメ化を果たした「夏目友人帳」。テレビアニメは2019年現在までに第6シリーズまで放送され、その他OVAや映画なども製作されてきた。長年多くの人々を魅了し、確実にファンを増やしている本作の最大の特徴は心を温かくさせるようなハートフルストーリーにある。主人公の夏目貴志が妖と呼ばれる妖怪と交流を重ね、心の隙間を少しずつ埋めていく。その様子は見る人々の心に溶け込むように馴染んでゆき、郷愁に似たような懐かしさがまたもう1話と、物語へと誘うのだ。そんな物語について、少し触れていこうと思う。.

■心温まるハートフルストーリー

本作の特徴は心温まる物語で構成されている点にある。夏目とニャンコ先生は様々な妖と出会い、繋がりを手にしていく。ときには夏目に危害を加える妖も登場し、危険な場面に出くわすこともある。だが、そうした出来事も含め、夏目は妖と関わり、通じることで心の氷を溶かしていくというのが物語の大きな枠組みとなっている。

夏目は幼少期に両親を亡くしていた。そのため親戚の家をたらい回しにされていたのだが、夏目を真に受け入れてくれる人も家庭もなかった。それは夏目が幼少期から普通の人には見えない「妖怪」が見えていたことに起因する。妖は安全な者もいれば、夏目自身や周囲に危害を加えようとする危険な者まで様々なタイプが存在する。その危険なタイプが夏目に近付き、また、預けられている家や学校の友人に危害を加えようとするなどの悪事を働くことから、周囲からは薄気味悪いと思われ、友達もおらず、預けられた家の人からも距離を置かれていたのだ。そうして小さい頃から1人だった夏目の心は凍り付いてしまった。

しかし、ある出会いをきっかけに夏目の心は動き始めた。
その出会いが妖「斑」。現在では招き猫のようなずんぐり体型の猫の姿を依り代としており「ニャンコ先生」の愛称で親しまれている妖だが、彼との出会いが夏目を大きく変えたのだ。

ある日、夏目は妖たちに追われ、逃げ込んだ先に封印されていた斑を解放してしまう。封印から解かれた斑は夏目を見るや「レイコ」と名を呼ぶ。レイコとは夏目の祖母で、生前は夏目と同じく妖が見える体質から多くの妖と関りを持っていた人物である。斑もレイコとは比較的親しい間柄であったことから、レイコと瓜二つの夏目に興味を抱く。レイコの遺品である友人帳を所有していることを知ると、夏目の死後に友人帳を譲り受けることを条件に夏目の用心棒となるのだった。

友人帳とはレイコが生前に数多の妖たちと何かしらの勝負をし、負けた者の名を奪い書き記したもの。名を奪われた者は、友人帳の持ち主に名を呼ばれると逆らうことができない。すなわち、友人帳の所有者は名の記されている妖たちを統べる立場となるわけだ。その効力から、妖たちの間では友人帳は非常に価値のあるものであり、夏目は度々友人帳を狙われる立場にある。
斑も友人帳には魅力を感じ、欲していることから夏目の用心棒になることに決めたのだ。一方の夏目は友人帳に名を縛られている妖を思い、「名を返す」ことを決めるが、生身の人間だけでは心もとない。そこで自分の死後に友人帳を譲ることを約定し、斑を用心棒にする。

ある種の利害関係の一致から生まれた2人の関係は、その後の夏目の心に大きな影響を与えることとなる。というのも、ニャンコ先生を用心棒に据え安全を確保した上で、友人帳の「名を返す」という行為を始めたことをきっかけに、夏目はこれまでより多くの妖と関係を持つようになったからだ。

妖には優しく害のない者から、危害を加える者、そして凶暴な者まで多種多様。しかし、全員に共通している点がある。それが「何かしらの思い」を持っているということ。
「何かしら」というと非常に抽象的だが、妖は1人ひとり抱えた思いを胸に夏目の前へと現れる。ある者は単純にレイコに奪われた名を返してほしいという思いから、ある者は過去に心を通わせた相手との思い出を秘めて、ある者はひとりぼっちでいることに心を痛め、ある者は亡きレイコを懐かしむように…。それぞれの思いはとても尊く、誰にも汚すことのできないものである。他の者からしたら大したことのない思いでも、当人からしたら何にも代えがたい思いたちばかりなのだ。

その思いは、いつだって夏目の心に揺らぎをもたらす。
その生い立ちのせいか、夏目は他人の顔色を伺う癖があり、どこか一歩引いてしまう。しかし元々とても優しく、他人の心の動きに敏感な性質だ。自分と似た境遇にある者、自分を慕ってくれる人に対して、真摯に向き合ってしまう。そして、相手の思いに強く感情移入してしまうこともある。だからこそ、夏目は様々な妖たちの思いに触れ、多くの感情や回想に触れ、その心をくすぶられる。勿論、夏目がただお人よしであり、だれかれ構わず感情移入するわけではない。相手の優しさや胸に秘めた大切な思いに触れたときのみ、相手が妖であっても慈しんでしまうのだ。

また、妖の強い思いばかりでなく、妖に慕われることも夏目の心をほぐす要因となっている。最初はニャンコ先生のみであったものの、気付けば夏目の周りには慕ってくれる妖が大勢いる。「レイコの孫だから」という邪な感情を抜きに、妖たちは夏目そのものを信頼し、慕うのだ。彼らはときに寄り添い、ときに叱り、ときに力になる。夏目の凍り付いた心を溶きほぐし、他者と触れ合うことの喜びをもたらすのであった。そこには人間や妖といった括りも、立場の違いも存在しない、対等で、平等な関係が確かにある。この一見当たり前の、しかし夏目からすればとても尊い関係は、真っ白な心に染み渡るように夏目を満たし、ひいては視聴者にも伝わる。とても心地の良い、いつまでも浸っていたくなるような夢のように。

そんな素敵な仲間を持った夏目には、人の仲間も増えていく。
筆頭となるのは夏目を引き取った藤原家の両親だ。彼らは夏目の父方の遠縁に当たり、様々な家を転々としている夏目を思い、引き取ることを決意した心優しき夫婦である。その優しさは、確実に夏目の心を満たしていく。2人の夏目を大切にする思いは偽りのない、透徹で、純真な、無償の愛なのだ。
他にも初めてともいえる学友もできる。同じく妖力を持ち、全ての事情を理解してくれている田沼、同じく夏目の能力を把握しているタキ、事情は知らないが夏目の妖に関わる奇行も生い立ちも受け入れた上で、なお夏目を慕う西村と北本。彼らは今では夏目にとってかけがえのない人物となっている。普通の高校生のように明るく楽しそうに笑う顔を見せるようになったのも、彼らのおかげといえるだろう。ときには妖が関係した事態に巻き込むまいと、夏目は1人で背負い込んでしまうが、彼らはそれすらも察知して夏目を怒る。「1人で抱え込むな、相談しろ」と。こうした真に夏目を思う心たちは、夏目に人との関わりの方を教え、素晴らしさを説いていく。

最初はひとりぼっちであった夏目貴志。しかし気付けば多くの人が夏目の周囲にいた。藤原夫妻、ニャンコ先生、田沼、タキ、西村、北本、多くの妖たち。彼らの関わりが描かれた物語は、全てが心に優しく落ちてきて、とても心地が良いものだ。
徐々に柔らかく変化してく表情、友達や藤原夫妻への距離感、言葉遣いなど、随所に夏目の心がほぐされていく描写が見られるが、それは視聴者にも伝播し、永遠にたゆたっていたくなるような雰囲気を生み出している。ときには仲間を大切に思いすぎるが故に自己を犠牲にしてしまうが、それすらも愛おしく思えるような純真な思いは瑞々しい。この余韻は本作の最大の特徴であり、魅力である。一体、これまでに何人がこの魅力の虜になったことだろう。心温まる数々のエピソードは、どれもとても尊いものばかりだ。

■多彩な妖たち

さて、ここで夏目の心を癒す妖たちについてご紹介しよう。
テレビアニメシリーズは現在、第6期まで放送されており、登場した妖は数知れず。複数回登場する妖もいるが、基本的には1度きりしか登場しない。しかし、たった1度きりの登場でも夏目の心に、そして視聴者の心に残るような者たちばかりである。ここでは、その色彩豊かな姿を捉えられるように、メインの者を数人紹介しようと思う。

ニャンコ先生

まず本作のメインの妖、ニャンコ先生。正式な名は「斑」という。
本来は大きな狐のような姿をしており、妖の中では名の知れた上級。強力な妖力を有するため、そこらの妖は簡単に退治することが可能。祓い屋の使う呪符などもさして影響がなく、その絶大な力は夏目を守ることに一役も二役も買っている。備えている力に不足はなく、自身でも「高貴な存在」と謳っているが、普段は太った招き猫のような姿をして過ごしている。というのも、長年封印されてきた際に依り代にしていた、招き猫の身体に馴染みすぎたため。周囲からは「ブタネコ」「インチキ招き猫」といった酷評に曝されている。
基本的な性格はとても陽気で短絡的。食べることとお酒を飲むことが大好きで、いつもどこかしらで宴会を開き、夏目のお菓子を横取りしたりしている。しかし怒ると本来の能力をチラつかせ、周囲の妖たちを制するのが少しズルイ。

夏目の用心棒に関しては放置プレイが基本のスタイルで、気まぐれで助けたり助けなかったりする。夏目の傍から離れることもしばしばで、用心棒としての自覚が足りないとさえ思われるような自由っぷりを発揮。しかし、夏目が本当にピンチのときには「世話が焼ける」と憎まれ口を叩きつつ、必ず助ける。例え相手がどれだけの大物だろうと、怯むことなく夏目の安全を確保するべく行動するのだ。物語が進むに伴い、最初は夏目に対してどこか一線引いた距離感が徐々に狭まっていくと、より夏目を守るような行動が多くみられるようになる。ニャンコ先生曰く「友人帳のため」と言い張るが、確実に夏目に対して心を開いているようで、今では夏目にとっても、ニャンコ先生にとっても、欠かせない相棒となっているようだ。

ヒノエ

艶やかな着物に身を包み、いつも煙管を手にしている、人の姿をした妖、ヒノエ。彼女は呪詛の知識に長けた妖で、階級は不明なものの強力な力を有していることが示唆されている。ヒノエはかつてレイコに助けられたことがあり、それ以来本気でレイコを慕うように。その本気の思いは、自分の名を友人帳に書いてほしいと直訴するまでに膨れるも、あっけなく断られたという過去を持つ。

夏目とは他の妖怪の紹介で知り合い、古くからの仲であるニャンコ先生や、レイコに瓜二つの夏目への義理からなんとなく付き合いを始めるように。しかし、交流を重ねるうちに夏目貴志そのものの人柄を認めると、その後は積極的に夏目の力になるようになった。ヒノエは生粋の姉御肌であり、面倒見の良い性格なので、夏目も信頼を置いている様子。ニャンコ先生とは度々つまらない言い争いを繰り広げるが、それでも夏目らの輪で、陰ながら夏目の手助けや助言を繰り広げているのだ。発端は祖母のおかげともいえるが、それでも信頼に値する味方の1人である。
余談だが、ヒノエはレイコに対して本気で惚れこんでおり、夏目がレイコにそっくりにも関わらず男だという事実に悔しがっているというエピソードがある。

三篠(みすず)

その大きな巨体は、初見の者ならば誰でも臆するもの。顔は馬、身体は人間、右手は馬、左では人間という、馬と人をミックスさせた姿で、かつ、その圧倒的大きさから禍々しさも感じられる妖だからだ。

三篠は友人帳に名を書かれた妖の1人。しかしそれ故にレイコや夏目を恨むわけでなく、現在、唯一夏目に従う妖である。初対面のときは夏目が友人帳を持つに相応しいかを試したりしたが、そうした交流の内に夏目自身を気に入ると、名を返してもらうことを断り、そのまま名を預かっていてもらう決断を下した。そうして信頼と一定の契約下の元、夏目の仲間として関わっている。

根の性格は優しく、夏目のことを大切に思っているが、妖としてのプライドが高く、時々高慢な態度をすることも。しかし、それでも尚、夏目に従い、彼の心に寄り添う妖なのである。

子狐

多くの妖の中でも人気があるのが子狐だ。森に住む狐の子どもの妖で、その力はとても弱い。初登場時も中級妖怪たちにいじめられていた。そのときに夏目に助けられ、以来、夏目を慕うように。力が弱いために自力では人の姿に化けることはできないが、他の妖から人間に化けられる薬を貰うと、1人で森を抜け、電車に乗って夏目に会いに行った。それほどまでに夏目を愛し、慕い、夏目のためになりたいと願っている健気な妖なのである。

アニメ版では登場回数はそれほど多くないが、それでも可愛らしい姿や、愛くるしい行動から根強いファンがいるのが最大の強み。耳と尻尾を生やした可愛らしい少年姿は見る者を魅了してやまない。そして、子狐の所作や夏目を思う気持ちがピュアそのもので、見ているこちらもつい心を掴まれてしまうのだ。そんな子狐の純真無垢な、透徹な思いは夏目にもしっかり届いており、夏目も小さな弟のように彼を大切に思っている。

ちなみに性別は不明とされているが、アニメでは雄のような身体になっている。これがまだ未成熟な身体だからか、それとも中性的に描こうとした結果なのか、はたまた実は雌だったというオチであるかは不明だ。

内容を色濃く映し出すED

彩色豊かな妖と人の子が織りなす心温まる物語の数々。その余韻は到底抗えるものでなく、1度引き寄せられた者はもう後戻りはできない。そんな独特の温かさを備えた本作の雰囲気を底上げするのは物語だけに留まらない。本作の魅力はEDにもある。

物語は基本的にどれも心に染み渡るようなものであるが、中には少し物悲しさを漂わせるものもある。レイコの1人であった過去や、夏目の人から蔑まれるようなエピソードなど、どこか切なさを孕むものなどだ。これら全てをひっくるめて、夏目友人帳という作品は「心に染み渡る」と表現するに相応しい作品といえる。

そうした作品の世界観を、より鮮烈にするのが、上述の通りED。
2008年に第1期が放送されて以来、2017年までに全6期が放送されており、どれもしっとりとした落ち着きのある楽曲が選ばれている。他、OVAや劇場版もあるが、今回はテレビアニメシリーズのみに絞って少々ご紹介しようと思う。

1期のED、「夏夕空」は島国を思わせる曲調に哀愁漂う独特のゆったりとしたテンポの曲となっており、物語の余韻をひときわ立体的なものに変化させる。

2期ED「愛してる」は女性
ボーカルの語り掛けるような言葉の連なり、アコースティックの静かで瑞々しい旋律が本作の所々に垣間見られる物悲しさをそのまま映し出したかのような歌だ。

3期EDは1期EDを担当したアーティストと同じであり、柔らかい男性の歌声の背後から聞こえてくるバイオリンの壮大さに、物語全体の、全てを包み込む雰囲気を思わせてくれる。続く4期ED、曲調だけでなく、歌詞も作品を象徴するような言葉たちで構成されている。物語の温もり、周りの人への気持ちを、ゆっくりとしたメロディと共に楽しめる1曲だ。

5期ED「茜さす」は力強い歌声と、切なさを含んだ曲調が組み合わさっている。それはまるで妖との出会いや別れから生まれる喜びや悲しさ、そして心に残るものを彷彿とさせるようで、夏目の心に迫る曲だといえるだろう。歌詞の「出会えた幻にさよならを」は正に本作を表現する一言、ここに作品と楽曲とのリンクが見られるのが粋だ。

最後の6期ED「きみのうた」は女性の声で歌い上げた恋愛の曲。ただ、この歌詞にでてくる人物を夏目と妖に照らしてみると、その符合具合に驚くことだろう。夏目のまだ癒え切らない心、他者を望む心、しかし確かに積み重なる大切な仲間との思い出、こういった心情と重ねることができるのだ。

これらのEDはどれもゆっくりしたテンポの、心に染み渡っていくような曲となっている。そこに合わさる柔らかく、けれどもしっかりとした声色。そして本作の内容をなぞらえるような歌詞。全ては調和し、夏目友人帳という1つの作品を色濃く反映。物語が終わった後まで、余韻を楽しめるようになっている。

また、EDの映像も注目していただきたい。日常のささいなひとコマを切り出したような映像たちは、楽曲の世界観の邪魔を一切しない。それどころか、雰囲気に合わせたような、どこかほっこりするような映像に仕上がっているのだ。この絶妙なまでのマッチングは、作品内容が曲に合っているからなのか、曲が作品内容に合っているのか、どちらが優位かの甲乙がつけられない。それだけ両点は混ざり合い、相乗効果のように本作の独特の雰囲気を底上げしているのだ。本編だけ見て、EDを見逃しているのならそれは勿体ない。是非最後まで、心にじんわりと広がっていくような快感を味わってほしい。

さいごに

どれだけ多方面からアプローチしても、本作の真髄は「心に染み渡る」この一点に集約される。それだけ、本作のエピソードたちはどれも胸にグッとくるものである。単純に心が温かくなるような夏目と妖の触れ合い、徐々に柔和になっていく交流関係の変化、夏目とニャンコ先生との信頼の形成、レイコの少し寂しい過去、それを慈しむように語る妖と聞き入る夏目。まだまだ多岐に渡るが、いずれも色々な方面から心に何かを穿たれる。その心の動きを感じたならば、きっと本作の魅力は皆様の元に届いているという証拠だろう。

これまで長年アニメ化され続けてきた「夏目友人帳」。まだまだ物語は続き、夏目と妖との物語も紡がれていく。もっとこの余韻に浸り続けていたいという人は、是非今後も本シリーズから目を離さずにいてほしい。そうして時が満ちた時、再び夏目と妖は、あなたの心に温かいものを運んできてくれるだろう。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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