PSYCHO-PASS:3つの主要テーマから広がる魅力について

2012年、ノイタミナにて「PSYCHO-PASS」の放送が開始した。アニメーション制作会社はProduction I.G、脚本とシリーズ監修を虚淵玄が務め、放送するやいなや瞬く間に人気を呼んだ。
本作は主要なテーマを3つ設け、そこから物語は波形のように広がっていく。それらの見事なまでの融合は見る者を惹き付け、2020年の現在に至るまで、人気が衰えることはない。物語の格となる3つのテーマとは何なのか、そもそもテーマを作ることだけでここまで人気となったのは何故なのか。秘密は、それぞれのテーマがどれだけ緻密に作り上げられたかに隠されている。本記事では3つのテーマを軸に、本作の魅力について述べていく。

■3つのテーマ

本作は大きく3つのテーマから成り立つ。「近未来SF」「警察もの」「群像劇」の3つだ。1つずつ見ると全く関係のないテーマにも思えるが、本作では見事にこの3つを融合させた。それぞれのテーマが霞むことなどなく、どれも前面に押し出した内容となっている。以下、それぞれのテーマについて追及していこう。

・近未来SF

作品の象徴ともいえる世界観は近未来SFを設定している。
本作の世界観は、人々の心理状態や精神状態を数値化し、システムによって管理・統制を行うというもの。あらゆる状態を数値化する機能を持つ「シビュラシステム」に社会は依存し、シビュラシステムが唯一絶対として機能している。シビュラシステムの監視の元、人々は測定された数値を指標として過ごすが、中でも犯罪に関しての数値が高く、規定値を超えた場合、例え罪を犯していなくてもその者は「潜在犯」として裁かれる。その裁きを与えるために使用される武器は、シビュラシステムと連動している特殊な拳銃「ドミネーター」。「理想の人生を歩むため」、また、「理想の社会を築くため」に整備された監視社会、そして、その監視をするために開発されたシビュラシステム、これらの要素が本作を象徴する「近未来SF」の代表的な存在だろう。

これだけ完璧に作り込まれた設定ではあるものの、作品の中で「近未来SF」を最も感じられる点は他にある。それが「ドミネーター」を始めとするこの国の管理システムの数々だ。言うまでもなく筆頭を担うのはドミネーターだが、これらシステムは飾りとして、雰囲気を強調するために用いられているのではない。本作の「近未来SF」要素の根幹は、システムを中心としたガジェットにある。
作中でドミネーターやシビュラシステムは非常に重要なアイテムとなるのだが、こちらにテーマの重きを置くことで、作品の世界観が現実から乖離しすぎないものに留めている。あまりに現実世界から逸脱した世界を構築してしまうと、次のテーマ「警察もの」というのがいささか浮いてしまう恐れがあるからだ。また、本作を手掛けたアニメーション制作会社「Production I.G」の代表作「攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX」も同じSFものであることから、差別化を図る意味でも、社会的な側面でなく小物やシステムにSFの要素を大きく関与させたのである。これが本作における「近未来SF」の取り上げ方だ。

・警察もの

上述の通り、この世界では犯罪係数が規定値を超えた者は「潜在犯」として執行される。勿論、実際に罪を犯した者も「犯罪者」として裁かれるのだが、その裁きを与える道具は「ドミネーター」。そしてそのドミネーターを扱うのが執行官および監視官である。彼らは厚生省管轄の警察組織「公安局」に属する刑事たちである。彼らの任務は国の治安維持活動を行うことにあり、潜在犯や犯罪者が存在する場合はドミネーターを使って裁きを執行する。

本作では警察ものに良くあるようなバディものの要素も多少盛り込まれている。公安局メンバーは第1期の時点で主人公の狡噛、常守を含めた6人(※)が該当するが、基本的に2人1組で行動している様子が度々映し出されている。互いの信頼関係を深めながらも犯罪者に迫っていくという王道の展開を含ませたことは、多少難解な設定の物語に対しての取り付きやすさを配慮しているようだ。

本作のテーマ3つの内、最も重要なものは上述の「近未来SF」にあるとされる。
「近未来SF」というと特殊能力や異能の存在が登場することが多い。そしてその能力を駆使し戦闘を繰り広げる、というのが定番だろう。しかし本作ではそういった存在は登場せず、普通の人間の可能運動量の中で戦闘が行われる。そこにドミネーターという特殊武器が用いられることは差し置いても、そのあまりに人間臭い戦闘が本作においての「警察もの」というテーマの大きなポイントだ。

泥臭い戦いの中で鍵となるのが心の読み合い。相手の細かな行動や表情、何気なく発せられた言葉を頼りに真相に迫っていく。元々の知恵も足して、難解な犯罪の実態を一歩ずつ暴こうとする試みは実際の警察に似せたように思える。本物さながらの捜査方法を用いることで物語は現実味を帯び、視聴者は作品に対し親近感を得られるのかもしれない。

※公安局のメンバーについて上記では6名と記載をしたが、正しくは第1期の最後にもう1人増える。しかし本記事では公安局メンバーは第1期当初の狡噛、常守、宜野座、征陸、縢、六合塚の6名として展開することとする。

・群像劇

群像劇とはストーリー手法のひとつとされていて、1つの空間に多様な人物が集まって、そこから物語が展開していくというものだ。それぞれ個別の人物に焦点を当て、完全独立した物語が進行することもあれば、その独立した物語を同時に複数進行させ、最後には1つにまとまるということもある。ただし、個別の人物に焦点を当てていても、世界観や舞台は必ず同一でなければならない。

本作では「シビュラシステムが構築された世界」で、「公安局」に「執行官および監視官」が集い、そこから物語が展開してく、というストーリーになっている。「警察もの」を大テーマに添えた点から考えると、「群像劇」という手法を用いることは非常に適していると考えられるのではないか。
群像劇はその特徴から、多角的な視点を描くことが可能だ。同じ時間に別の場所にいた人物を描くこともできるし、1つの出来事に対して複数人の視点から物語を展開することもできる。この利点を生かすことで、事件の真相にあらゆる面からアプローチすることが可能となる。1人の視点からでは辿り着けなかった結末も、いくつもの視点から検証することで導き出せるようになる、というわけだ。

また、公安局のメンバーは6人いるが、どの人物も1つの事件に対して幅広く捜査に当たっている。今現在、描かれているのが狡噛と常守の場面だとしても、同時刻に違う場所では宜野座や六合塚たちも捜査を進めている。もしかしたら、そちらの面の方が佳境に入っていて、真相により近いかもしれない。そんな場合でも、群像劇ならそれらも全て描くことができる。

この視点の切替えは視聴者にとって、様々な面が見られるというメリットを与えるのみに留まらない。登場人物全員の個性を存分に楽しめる、という点も付与される。特定の主人公を設けてしまうと、物語はその人物を中心に回るようになってしまう。他の登場人物にスポットが当たっても一部となってしまい、その魅力を余すところなく描きだすことは難しくなる。しかし群像劇となると特定の主人公を据えないので、言ってしまえば全員主人公と置き換えることもできるのだ。この恩恵は、全登場人物が同程度クローズアップされ、全員主役級に見せ場を設けることに繋がる。犯罪だけに留まらず、物語の根幹に近付いていけば行くほど、この多角的な視点は有難みを増し、より物語の深みに嵌まっていけるのである。

公安局が追う犯罪者や潜在犯たち、招かれた犯罪、その真相、これらをあらゆる視点から、そしてあらゆる登場人物の行動と合わせて楽しめるのが、「警察もの」と「群像劇」が合っているとする点である。また、「近未来SF」という未知なる世界の魅力や、作り込まれた世界観を「群像劇」という手法によって広く描きだす。大きなテーマ3つの上記2つを際限なく楽しむための手法として「群像劇」はあまりに適した手法だと言えるだろう。だからこそ、本作を視聴すると、そのあまりに異例な世界観でも魅了されてしまうのかもしれない。

■Production I.Gによる迫力ある描写の数々

SF作品にとって大切なことは何か。種々あると思われるが、その1つに「描かれる世界観の完成度」が挙げられる。SFの世界観を映し出すというのは中々難しいことだ。実際には存在しない世界、近未来の独特の雰囲気、そしてそこに登場人物を違和感なくマッチさせなければならない。また、雰囲気をしっかりと掴んで描写しないことには、視聴者にその世界観の奥行は伝わらない。下手をすると物語の根幹を損ねる事態にもなり兼ねない。それ程、描かれる世界観は大切なものと位置づけられている。
考えてもみて欲しい。SFものの作品だと言うのにいざ視聴してみると、ただの日常作品のような風景が映し出されていたとしたら。さぞかし肩透かしを食らうことだろう。しかし「宇宙戦艦ヤマト」のように、圧倒的スケールで描かれ、本当にその世界が存在するような風景が描かれていたとしたら。物語にのめり込む要素が確立されていると確信するだけでなく、作品への期待値ごと上昇することだろう。

そんな大事な役割を担うのがアニメーション制作会社にある。本作は「Production I.G」が制作を担当。同社はこれまでに数々の素晴らしい作品を世に排出してきたが、特にSF作品が得意のようで、その名を一躍広めた代表作に「攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX」が挙げられる。他にも恋愛ものやアクション、スポーツものなど、多彩なジャンルに精通していることが特徴であり、総合的な完成度は非常に高い。先にも記した通り、SF作品を得意とする「Production I.G」が制作したことにより、本作はどこまでも迫力のある、そして臨場感のあるものへと飛躍した。

特に注目してほしいのは、本作に登場する様々な道具やシステムたちガジェット類。視聴者からして強く印象に残っているのは、やはりドミネーターではないだろうか。これは対象の犯罪係数の測定や、犯罪者を裁く用途で使用される大型の銃のことだ。正式名所は「携帯型心理診断・鎮圧執行システム・ドミネーター」。その名の通りの役割を担い、執行官と監視官のみが携帯を許される武器なのである。

ひと目見れば分かることと思うが、この銃から伝わる近未来感は半端なものではない。システム自体もそうなのだが、まず見た目が圧倒的SF感を放っているのだ。黒くてゴツい見た目のいたる箇所から青い電飾を放ち、大型にも関わらずスタイリッシュさが垣間見られるフォルム。その洗練された見た目の銃は、さらに変形までする。
ドミネーターの執行モードには3種類あり、基礎となる第1形態「パラライザー」、第2形態「エリミネーター」、そして第3形態「デコンポーザー」の順になっている。「パラライザー」は犯罪係数が~299までの、まだ軽い感じの犯罪者を対象に使用される。それでも当たり所が悪ければ屈強な人間でも数日間の入院を余儀なくされるレベルの威力がある。次の「エリミネーター」になるとドミネーターの銃身部分がパカッと開き変形。青い電飾も怪しげに光放ち、ある種の禍々しさまで感じられるような形状となるのだ。このモードは犯罪係数300オーバーの所謂凶悪犯で、取り返しのつかない犯罪者に対して執行するときに発動するモードであり、その威力も途轍もない。対象者は内側から膨張するようにして破裂し、肉片となる。あまりに残虐な最後となるが、これは凶悪犯罪者だから当然の報いである、と割り切るしかないのだろう。最後の「デコンポーザー」は「銃」という形からは逸脱した形状となる。このモードの威力は絶大すぎるので人間に対しては機能せず、主な対象は人間以外の危険に対して、となっている。対象が鉄だろうが、どれだけ堅牢な素材だろうがスイカ大の風穴を開けることができる。使い方によっては爆弾など、爆発物の衝撃を相殺することも可能。
たった1つの銃の見た目だけでSFの世界観を匂わせてくれ、さらに変形することで近未来感までも彷彿とさせ、その威力でスケールの大きさを表す。物語の世界を映し出す象徴的アイテムとも言えるドミネーターだが、この素晴らしい機能性を存分に描写できたのも「Production I.G」だからこそ。

また、本作の大きな焦点となる「シビュラシステム」も多くの視聴者の記憶に残っているはずである。テレビアニメ第1期の結末にて、シビュラシステムが目に見える形で登場したが、その想像を遥かに超越した真の姿はSF作品そのものだ。この実態については後の項で記すが、あのスケールを描きつつ、作品の世界そのもの、そして全てを描き上げられたのは他ならぬ「Production I.G」の功績だ。

と、ここまで「Production I.G」のSFや近未来についてだけ触れてきていたが、強みはそこだけではない。同社はアクションシーンも得意とする制作会社なのだ。これまでに制作してきた作品において描かれたアクションシーンはどれも並々ならぬ迫力と臨場感に満ち溢れ、人々の目を惹き付けて離さない。その強みも活かして制作したのだから、とにかく戦闘シーンや敵陣に潜り込むシーンは圧巻の仕上がり。

基本的な人物の動作はカクつくことなく滑らかに動き、アニメならざるリアルな動きになっている。そこに合わさる巧みなカメラワーク。あらゆる角度、視点から「その場」を描きだし、そのときに1番効果的な絵を映し出す。戦闘シーンということから、砂埃やドミネーターの発射時の描写といったエフェクトや演出も存分に取り入れる。かといって、エフェクトや演出に頼ってばかりいるとただ派手なだけになってしまうので、登場人物の視線の動きや身体全体の動きも挟み、実際にその場に蔓延しているであろう空気感を余すところなく表現しているのだ。
この全てをひとつひとつ取り入れることは、どこの制作会社でも可能なことだろう。しかし、これら全てを調和させるとなると、また話が変わってくる。「Production I.G」は、これら全部をその時その時、最も映える瞬間を察知し、融合させながらも1つの効果がハッキリと活きるように活用する。その技術が作品の完成度に繋がり、迫力と臨場感を兼ね備えたアクションシーンとなって誕生するのだ。

SFもの、アクションもの、この2つが融合した「PSYCHO-PASS」に、「Production I.G」ほど適した制作会社があるだろうか。同社が手掛けたからこそ、本作は途方もないクオリティを実現することができたのだろう。1度見たらもう目が離せない、「Production I.G」が織り成すSFの世界観とアクションシーンを是非体感してほしい。

もしどこか一箇所のみを切り取って見たいならば、テレビアニメ第2期の第5話と6話などが良いだろう。これらの話では「ハングリーチキン」という、携帯ゲームの動きが現実にリンクしているという恐ろしいゲームが登場し、常守たちが戦うシーンが広域に渡って描かれている。その戦闘のスケールが大きいこと、敵数が多いことから、SF感もアクションシーンの迫力も、満足に味わえると思われる。多少残酷な描写があるので、視聴する際は自己責任でお願いしたい。とは言っても、本作では残虐シーンなど当たり前に登場するのだが。

■明かされていくシビュラシステムの謎

作品で度々登場する「シビュラシステム」。
物語では大多数の人間がシビュラシステムに対し疑問を抱いていない。シビュラシステムと連動しているドミネーターが計測する犯罪係数だって、元を辿ればシビュラシステムの演算機能によって叩き出された数値である。それを疑いもせず、その数値に則り、公安局の執行官と監視官は刑を執行する。それが例え、実際にまだ罪を犯していない人であっても。シビュラシステムが計測した犯罪係数や色相は犯罪の抑止として作用してもいるので、完全に誤っているシステムという訳ではないのかもしれない。しかし、人々はシビュラシステムが構築した全ての数値を基礎とし、「理想的な人生」を歩もうとしている。既に生活の一部たりえる絶対遵守の定めとしている節さえ見受けられる。それなのに正体も知らず、けれども何ら違和感を抱いていない世界なのだ。

しかし、実際に刑を執行する常守は次第に「シビュラシステムの在り方」について考えを巡らせるようになる。そしてシビュラシステムの秘密を明かそうとする人の手によって、徐々にその全容が明らかになっていく。それは物語の大きなテーマとして取り上げられ、シビュラシステムの元で監視されるということがどういうことなのか、についても迫っていくこととなる。

「シビュラシステム」、名前だけ聞くとスーパーコンピューターなどの無機質な物体を思い浮かべる人もいるかもしれないが、これはこの世界で運用されている社会制度全体を指す言葉である。物語では犯罪係数という数値を元に犯罪者の取り締まりに大きく関与していることから、一見犯罪にばかり比重を置いたシステムなのかと思うことだろう。しかしそもそもの「シビュラシステム」とは、人々の精神状態や心理状態を数値化することにより導かれる深層心理から、職業適性や自己実現のための手段を提供する、包括的生涯福祉支援システムである。つまりは人々にとっての最良の生き方を提供する支援制度、ということになる。その支援は抜かりがなく、あらゆる最善策を提供してくれる。だから上述のように多数の人間からは肯定的に受け止められ、疑問を抱く者が少数なのである。

だがこのシステムが稼働している限り国に完全監視されている。シビュラのやり方は間違っているとして不満を抱いている者も少数ながらいるのが実態だ。その不安を抱く者の多くは、シビュラシステムによって潜在犯、もしくは犯罪者と認定されてしまう。もし反対派の人物がシビュラシステムの秘密を探り暴こうものなら、それはシビュラシステムにとって脅威になるため、抹消しようと予めプログラムされているのだ。
物語ではそういった動きをする者が登場し、大きな犯罪を企てる。そしてその行為を止めようと公安局メンバーは行動し、事件の真相に迫るほどにシビュラの実態に触れざるを得なくなっていくのだ。ここで常守がかねてから抱いていたシビュラへの考えも交わり、展開されていく。

そしてその正体はテレビアニメ第1期の最後にて明かされた。「シビュラシステム」というのは、人間の脳をユニット化して思考力と機能を拡張したシステムであった。第1期時点では247名の脳のうち、常時200名の脳が順番に接続、通信、統合され、稼働している。ちなみにシビュラシステムの一部である脳たちは、サイコパスを計測できない、つまりは免罪体質者の脳を使用している。システムで計測できない本物の「サイコパス」の脳を使用することにより、従来のシステムから逸脱した思考や判断を取り込み、より完璧なシステム構築を目的としているからだ。

このシステムの姿が描写されたときの、何とも形容し難い衝撃は図り知れなかっただろう。広い部屋にいくつもの脳が個別のケースに収容され、それらが次々に動き、接続し、連動している描写が映し出されたのだから。まさか国を動かす社会制度が本物の人間の脳によって、しかも本物のサイコパスの脳によって機能していたなんて、誰が想像したことだろう。目の当たりにした常守自身も驚きと、そして嫌悪を隠せずにいたようだ。しかしこのシステム下で生きる常守にとって、シビュラの在り方や監視官としての公務のやり方を再考するきっかけになったことは確かだったようだ。

ただ漠然と、「この世界ではこういうシステムが機能しています。こういう社会制度が整っています。」だけでも物語としては機能するだろう。しかし本作ではその実態について、徐々に迫っていく。それはその世界の真の姿を映し出す、重要な要素だからだ。そしてそのシステムの元、動いている常守ら公安局の人々の心の葛藤や、システムに縛られた世界での在り方、考え方、苦悩についても描く。根幹に踏み込むことで、ただ犯罪を取り締まる警察ものに新しい要素を足したSFもの、という括りに留まらず、物語を何重にも深いものへと作り上げるためだ。
そしてこの明かされた真実は、続くテレビアニメ第2期、シビュラシステムの真の姿を知った常守の監視官としての立ち回り、考え方、動き方に変化をもたらす。第1期とは違った常守の姿を見られるという点もそうだが、常守の変化は物語全体へも影響を及ぼす。根幹に迫った結果、物語がさらに拡張するという展開には本作のポテンシャルの高さを思い知らされる。もしこの拡張性を視野に入れた上で、第1期でシビュラシステムの真相に迫っていく展開を用意していたとしたら、制作陣の物語への作り込み度合いは並大抵のものではないと断言できるだろう。

■さいごに

あらゆる面で作り込まれたと言える本作の魅力は一概には語れない。
しかし例を挙げるのであれば、上に記した点になるだろうと筆者は考える。勿論、これ以外の点についても作品の魅力を底上げする重要な要素足り得るだろう。もし作品の中でこれら1つのどれかでも欠けていたとしたら。多分、本作はここまで人気となることもなかったかもしれない。
人の心理面を映し出すという点でも、人々の興味を引きやすい題材である。しかし、その興味を遥かに凌駕する内容が詰め込まれている。それが「PSYCHO-PASS」という作品だ。

テレビアニメだけを見て物語を楽しむも良し、もしその世界に惹かれ、よりのめり込みたいというのなら劇場版を視聴するも良し、シビュラシステムと人々の行く末を思いのまま、楽しんでほしい。必ずや、完成度の高さに驚かされることだろう。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

関連記事一覧