Theam’s House:カンボジアの工芸再生と創造の場

Theam’s Houseは、カンボジア・シェムリアップ州に位置し、ギャラリー、アトリエ、ワークショップ、カフェを有するスポット。カンボジア人のデザイナー・ビジュアルアーティストであるLimMuyTheamによってデザインされた、カンボジアの伝統建築と庭園からなる施設である。内戦によって消滅しかけた美術工芸分野の再生・継承と新たなアートの創造を使命としながら、民俗文化の紹介もしている。

シェムリアップの繁華街から車で約15分。
}赤土の道路に民家が立ち並び、素朴で温かい雰囲気が漂う一角に、一際目を引くスタイリッシュな建物が見えるでしょう。

中に入ってみると、息を呑むほど美しいオリエンタルな空間が広がっています。
カンボジアの伝統的な家屋と熱帯植物が生い茂る庭園で構成されたここは「Theam’s House」。

カンボジア人のデザイナー・ビジュアルアーティストLimMuyTheam(以下、Theam)によって創設されたスペースで、ギャラリー、アトリエ、ワークショップ、カフェといった複数の顔を持つ場となっています。

カンボジアの伝統美術工芸の技術を継承しつつ、現代アートのエッセンスを取り入れたTheamの作品はもちろん、卓越したインテリアデザインとキュレーションによって細部までこだわり抜いて創られた空間は見事としか言いようがありません。

カンボジアの芸術・文化・慣習を様々な側面から紹介する「Theam’s House」。
Theamの兄弟であり、広報担当のMs. LimMaddy(以下、Maddy)にたっぷりと案内して頂きました。

カンボジアの民俗文化財を集結させたパビリオン

写真:筆者提供

最初に案内して頂いたのは、Theamのプライベートコレクションが展示された回廊式のパビリオン。

並んでいるのは1970年以降の内戦下でも破壊を免れた美術工芸品の数々。
個人宅で日常的に使用されていた食器や壺などが中心で、今ではもう収集不可能なものとなっています。

さらに進んでいくと、カンボジアにおける仏教信仰や伝統的慣習についての理解を深められるゾーンが。
ずらりと立ち並ぶのは、人々が信仰の証としてパゴダに寄進した仏像を表すイミテーションです。

写真:筆者提供

「寄進者の階級によって、シンプルな木製のものから大型の金製のものまで様々なスタイルの仏像が集まったことを示しています。その昔、多くの仏像を有することは、よいパゴダであることを意味しました。」

続いて現れたのは、カンボジアの伝統的な結婚式の様子を表したゾーン。今もなお受け継がれている伝統衣装やアクセサリーとともに展示されています。

写真:筆者提供

「そもそもこの場所は、『寺院以外にあちこち巡る時間がないビジターでも、カンボジアの民俗的な文化・慣習やライフスタイルを概観できるような場所にしたい』というTheamの想いから生まれたのです。」とMaddy。

幼少期にカンボジア内戦を経験したTheamは、1978年にクメール・ルージュ政権が崩壊しようとしていた時には、わずか9歳でした。1980年に、戦火を逃れて家族とともに難民としてフランスに渡り、青年期のほとんどをフランスで過ごしています。

内戦終結後の1995年にカンボジアに戻り、内戦によって姿を消そうとしていたカンボジアの伝統文化・芸術に関する調査・研究を進めていたTheam。

写真:筆者提供

途絶えかけたカンボジアの美術工芸部門の再建に貢献する働きの中、「Theam’s House」を開設したのは2011年のことでした。

以降、彼自身も建物の2階に住み、展示スペースを徐々に拡張してきたのです。

歴史と現在、不安と強さの狭間を描くビジュアルアーティストTheamの世界

写真:筆者提供

物憂げな表情の中にも強い信念を感じさせる重厚な人物画の数々。
ギャラリースペースでは、ビジュアルアーティストとしてのTheamの作品の世界に浸ることができます。

「Theamは、幼少期から描くことが大好きでした。一族の中で彼だけがアートに強い興味を示したのです。フランスに渡ってからは、現地の学校でインテリアデザインとファインアートを学びました。」

幼少期にクメール・ルージュ政権時代を経験したTheamにとって、内戦の記憶は今もなお深く心に刻まれています。

「Theamは家族から引き離され、強制労働に参加させられた子供達の1人でした。それらの経験によって、長らく戦い続け、傷を負ってきました。描くことは彼にとってセラピーのようなものです。描くことですべての悲しみ、苦しみを取り出す必要があるのです。」

写真:筆者提供

人物画に描かれるのは、戦時を生きた人々であることも、現代の人々であることもありますが、いずれにしても痛みを抱え、それぞれの方法で痛みと向き合っている人々。

過去の悲しい記憶と、前に進もうと鼓舞する気持ちとの間にある曖昧な感情が描かれます。

「戦後生まれの世代もまた、戦争の傷を負って苦しんでいます。両親がおらず、祖父母や兄弟姉妹に育てられたという人々もたくさんいます。真の教育を受けていない人も少なくありません。それでも彼らは自分達で生きていかねばならないのです。」

ボードの上に何色ものアクリル絵具を塗り重ね、紙やすりで滑らかに磨き、ラッカーで光沢を出して仕上げるのが特徴的なTheamの作品。

写真:筆者提供

パゴダ内の壁画から影響を受けたという画法ですが、何層にも織り込まれたアクリル画の質感が、深みのある表情を描き出します。

報道写真のように写実的に見える部分もある一方で、描かれた姿に幾多のカンボジア人の人生が折り重なった創作画にも見えます。

どの作品からも滲み出るのは、人々の芯の強さ。
苦難を抱えてもなお、カンボジアの人々の中心には揺るぎない強さがあるように見えるのです。

人々への優しい眼差しに溢れたデザイナーTheamの手仕事

写真:筆者提供

隣の展示室に移動すると、重厚な人物画の横に柔和な石の彫刻が並んでいます。曲線が多用され、丸みを帯びた彫刻から伝わってくるのは優しさ、愛、平和といったイメージ。

デザイナーとしてのTheamの作品は、ビジュアルアーティストとしての力強いペインティングとはまるで性質が異なります。

「これらは家に飾ることを目的として作られたものです。また、ビジュアルアーティストとして内面と深く向き合う非常に重い作業をしている彼は、一方で美しいものを作ることで精神のバランスを取る必要があるのです。」

眺めているだけで穏やかな気持ちになる彫刻には、母子や父子がモチーフとなっているものも多く、幼くして家族と離れ離れになってしまったTheamの憧憬が現れているようにも見えます。

さらに、実用的なテーブルウェアやオーナメントのデザインも手がけるTheam。

写真:筆者提供

ショップには、ビビッドカラーを大胆に使いながらも上品な製品が並んでいます。
仏教的なモチーフを多用している点など、カンボジアの伝統工芸の要素をふんだんに取り入れつつもモダンであり、どこか西洋的な雰囲気を漂わせている点も特徴的。

どんなインテリアにも馴染みそうな製品は、すべてショップで購入可能です。

40人以上で構成される精鋭職人チームが継承する伝統・スキル・クオリティ

最後にMaddyが案内してくれたのが、販売用の工芸品・グッズが所狭しに並ぶショップ。

写真:筆者提供

製品はすべて、Theamによるデザイン・監修の下、40人ほどの職人達が制作を行っています。

ショップの裏手に見えるのが工房。
シェムリアップ近郊の村出身の女性達が中心となり、活躍しています。

写真:筆者提供

「彼女達は皆田舎町の出身で、ここに来るまでは芸術分野で働いた経験などなかった者達がほとんどです。人手が足りなくなると、信頼できるメンバーの親族や知人を積極的に採用しているので、皆本当の家族みたいなものです。」

Theamは、地方で十分な教育機会を得られず育った人々を雇用し、工芸のスキルを授けていくことに意義を感じているといいます。
ここは学校ではないため、実践を伴うトレーニングを受けた後すぐに、プロとして制作に取り掛かります。
ミス防止や品質維持のため、仕上がりはTheamが逐一チェックしているそう。

「動物のオーナメントは、粘土の採掘で有名なコンポンチュナン州の家族に作ってもらっています。現在、5家族と協力関係にあります。ベースとなる型を彼らに作ってもらい、仕上げをこちらの工房で行っているのです。」

Theamは、工芸品の制作を通じて現地の人々とカンボジアの誇りを共有するとともに、敷地内外で多くの雇用を生み出しているのです。

カンボジアのアイデンティティである民俗文化に光を当てたい

写真:筆者提供

「現在は住居として使用している2階のスペースもリノベーションの上、一部開放する予定です。」とMaddy。

オープンから約8年の歳月をかけて徐々に拡大してきた「Theam’sHouse」。

今後はどのようなことに力を入れていくのでしょうか。

「Theamは、今行なっている活動は継続していきつつも、カンボジアの民俗・大衆文化のパートをよりクローズアップしていきたいと考えています。彼はもっとカンボジアの田舎で暮らしている人々について語っていきたいのです。なぜなら彼は、村の暮らしにこそ、カンボジアのアイデンティティの核心があると考えているからです。」

写真:筆者提供

特に、美術工芸品の発展において自身の役目を認識しているというTheam。

「カンボジアの美術工芸は近代化に伴って衰退しつつあります。品質はますます悪くなっており、市場で売られる製品のほとんどが近隣諸国からの輸入品であるという憂慮すべき状況があります。Theamにとっては、カンボジアの美術工芸分野をサポートすることがとても重要なことなのです。今の粗悪な製品は、カンボジアのアイデンティティやルーツを代表するものではないのですから。」

歴史と現在が交差する趣ある空間へようこそ

写真:筆者提供

カンボジア人としての誇りと伝統に対する敬意、そして伝統を新時代のニーズと結びつける創造力が随所に感じられる場所「Theam’s House」。

アートや工芸品に興味のある方だけでなく、カンボジアの民俗文化・慣習への理解を深めたい方にもおすすめのスポットです。

美術館・博物館のように作品や工芸品をじっくり鑑賞するのも良いですし、カフェでドリンクを頂きながら、手入れの行き届いた庭園・家屋を眺めてくつろぐのも良いでしょう。

Theamの住居でもあるここには、カンボジア人の生きた暮らしが息づいているのです。

写真:筆者提供

Theamのインテリアデザイナーとしての腕が光る調和の取れた空間は、プライベートパーティの開催用に貸し切ることも可能だとのこと。

多彩な楽しみ方ができる「Theam’s House」を、シェムリアップ観光のプランにぜひ盛り込んでみてください。

■Theam’s House
ホームページ:http://theamshouse.com
Facebookページ:https://www.facebook.com/Theamshouse/

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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