ヴァイオレット・エヴァーガーデン:全てが美しく、そして少し切ない物語

京都アニメーションが発行するライトノベルの文庫レーベル「KAエスマ文庫」より刊行された「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」。原作は第5回京都アニメーション大賞「大賞」を受賞し、2018年にテレビアニメ化された。放送前のPVが公開されるとたちまち話題を呼び、あまりにも綺麗な絵からファンたちの期待は膨れ上がる。まるで映画のような仕上がりであったPVのクオリティはテレビアニメでも終始崩れることなく発揮された。本作は自動手記人形、通称ドールという職業に就いているヴァイオレットについての物語。ストーリー、絵、登場人物、世界観、全てが美しく、そして少し切ないこの物語の魅力をお伝えしよう。

■あらすじ

これは、1人の少女が「愛してる」の意味を探す物語である。
4年間におよぶ大陸戦争の戦場に1人の少女の姿があった。彼女は後に「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」と名付けられる。「武器」として戦うことのみを求められ、感情を持たずにただひたすら目の前の敵を倒していく毎日だった。
戦火の中、ヴァイオレットの敬愛する上司ギルベルトから「愛してる」と告げられた。それはギルベルトがヴァイオレットに送った、最後の言葉。しかしヴァイオレットはその意味が分からず、本当の意味を聞けぬままギルベルトとは会えなくなってしまう。
戦争が終わると、ヴァイオレットはギルベルトの元同僚のクラウディアに自身の経営するC.H郵便社に勤めないかと誘われ、自動手記人形、通称ドールとして数々の手紙を代筆していく。そしてヴァイオレットは、ギルベルトの残した言葉の意味を知るために「愛してる」の意味を探していく。

■とにかく作画が凄い

本作が放送前から大きな話題になったのは、PVの作画がとてつもないクオリティであったからだ。

京都アニメーションが手掛けるアニメは例外なく、どれも完成度が高いことで有名である。代表作の「けいおん!」「中二病でも恋がしたい!」「Free!」「響け!ユーフォニアム」など、どれも綺麗で艶のある絵が特徴的で、よくアニメファンの間で語られる「作画崩壊」とは無縁の出来を誇る。丁寧な仕事ぶりが知れ渡っており、全アニメーション制作会社の中でも、とりわけ高評価の会社であろう。だからPVが放送される以前からもファンたちの間では「安定のクオリティを見せてくれる作品となるだろう」と囁かれていた。

しかし放送前のPVが公開されると、その噂は大きく変化することとなる。PVとは本来、作品の宣伝や予告などを行うものであり、長さは1分半程度で構成されている。
そのたった2分にも満たない、本編ではなく、あくまで宣伝のPVの出来が恐ろしくハイクオリティだったのだ。このクオリティをアニメで観られるのか、まるで映画のような出来ではないか、と全アニメファンを興奮の渦に包み込んだのである。これを受けて、アニメファンたちの間で本作は「作画オバケ」などとも評された。不名誉な名誉とは正にこのことである。しかしそれほどにとにかく素晴らしい出来で、放送への期待値は飛躍する。

そして迎えた放送日。
PV時のクオリティが落ちるどころか、話数を重ねるごとにどんどんクオリティが上がっていくようだった。「安定している」と言えばそうなのだろうが、そんな言葉で片づけられないほど視聴者はそのクオリティの高さに吸い込まれていった。

物語は基本1話完結で、毎話ヴァイオレットが様々な依頼をもとに手紙を綴るというもの。依頼者の思い、手紙の相手への思い、その背景、そして各話の舞台となる場所、それぞれが違っており、毎回異なる風景を見られるというのが特徴的である。ときには花が咲き乱れる場所でほろ苦い初恋の思いを綴り、ときには広がる夜空を見上げながら再び出会いたいと思いを馳せ、ときには既に亡き人の面影を追って過去の色彩豊かな思い出が甦り…。どれも色彩と思いに富んだ物語ばかりだった。
その思いや雰囲気を壊さぬよう、毎話物語に沿った鮮やかな背景を描き、登場人物たちの心の動きも見られるよう些細な動作1つも漏らすことなく表現し、幻想的な世界を作り出していた。どれも綺麗すぎて、そしてどれも違った雰囲気が纏われており、その完成度を最後まで保ち続けたのは凄いことだと言わざるを得ない。

演出やカメラワークなどの問題もあるだろうが、これはまさに「作画オバケ」と呼ぶに相応しい。滑らかに動く登場人物、色彩豊かな背景たち、完璧に描き切られた背景たち、全てをその目で確かめてほしい。現代のアニメがここまでのものを作れるのか、と驚嘆することであろう。

■どのエピソードも心に染み渡るような温かさに溢れている

さて、その圧倒的作画クオリティの次は物語について触れていこうと思う。
先程、本作は基本が1話完結で、それぞれ異なる依頼、舞台が描かれていると書いたが、そのどれもが心に染み渡るようなものなのだ。
全13話の中からいくつかご紹介していこう。

第3話

まずは第3話のルクリアとの物語。
この話は、それまで機械的な人間であったヴァイオレットが初めて人間らしさを見せてくれたエピソード。1話の中でヴァイオレットが成長する様がハッキリと見て取れるのだ。

物語は自動手記人形の養成学校に通うことになったヴァイオレット。そこでルクリアと出会うこととなる。2人は代筆の課題を通して接し、ルクリアは両親へ向けて手紙を書こうとしていた。
しかし、彼女が本当に気持ちを伝えたい人は別にいた。
ルクリアの兄は元軍人で、両親を守り切れなかったことを悔やみ、現在は荒れ果てた毎日を過ごしていた。そんな姿を見てルクリアも心を痛めるが、何より、兄に対して思っていたのは「生きていてくれるだけで嬉しい」という気持ちだった。しかし本心を伝えられず、ただ目の前で荒れる兄を見守ることしか出来ずにいた。
その思いに気付いたヴァイオレットは、ルクリアには告げずに1人、代筆に励む。完成するとルクリアの兄の元へ手紙を届けに行き、兄はルクリアの本当の思いを知ったのだった。そうして歪な関係になっていた兄妹は、互いの存在を慈しむように寄り添える、本当の兄妹の関係に戻れるのであった。

ヴァイオレットは物語の最初、機械的な、それこそ軍人が伝達事項を綴ったような手紙しか書くことができなかった。ルクリアもある意味完璧だが、自動手記人形としては全くダメな手紙を前に驚きを隠せなかったようだ。養成所の教官もヴァイオレットに対して適性なしとみなす。
けれどもルクリアの話を聞くと、自分の意志でルクリアの気持ちを書き起こしていく。任務や課題というものに縛られているのでなく、ヴァイオレットの意思で。完成した手紙はまだまだ拙さはあるものの、気持ちを届けるには十分すぎる出来だった。もちろん、ルクリアの兄にもしっかり届き、妹の思い、それに気付けなかった自分の不甲斐なさ、これまでの自分だけしか考えてこなかった立ち居振る舞いに後悔し、これからはルクリアと共にしっかり前を向いて歩いていこうと決意するまでに更生した。
ルクリアもヴァイオレットの行いを知り、溢れんばかりの感謝を抱く。最初は「あのヴァイオレットが」と驚いたようだったが、ヴァイオレットの中に眠っていた人としての温かさや、他人の思いを汲み取るという気持ちが芽生えてきたことに喜んでもいたようだ。

まだまだ自動手記人形としては未熟で、手紙1通満足に書くこともできない。依頼者の気持ちを雄弁に書き綴ることもできない。気持ちの全てを汲み取ることもできない。けれども、ヴァイオレットが人に寄り添おうとしたのは確かで、どれだけぎこちなくとも、自動手記人形として大切なことに気付けたことが伺えた話だった。

第5話

この話ではとにかく瑞々しい恋心が映し出される。その想いはとても綺麗で、少しいじらしくかけがえのないもので、思わず憧れてしまうようなもの。募っていく想いに比例して膨らんでいく複雑な気持ちもあわせて描いているため、女性には広く共感できるような話だったかもしれない。

今回ヴァイオレットが担当するのは王女の恋文。隣国の王子へと送る恋文を代筆するという仕事だった。交わされる恋文を国民に開示するというのは伝統的な儀式であり、王女シャルロッテもその決まりには文句はないようだ。しかし気持ちは晴れず、不安な思いだけがシャルロッテに募っていた。
それは彼女が本気で隣国の王子ダミアンに恋をしていたからである。戦争時に敵対関係であった両国の和平のために行われる婚姻ではあるものの、数年前に交わしたダミアンとの逢瀬が忘れられないのだという。また、手紙からダミアンの本当の想いを知ることもできず、自信がなくなっていたのだ。
そこでヴァイオレットはある提案をする。ヴァイオレットが代筆をするのではなく、シャルロッテ自身で恋文を書くというもの。2人の本当の想い、ありのままの想いで綴られた恋文は着実に2人の心を結び付けていく。そうして2人は初めて出会った庭園で、永遠に結ばれることとなったのだった。
日は過ぎ結婚式当日。シャルロッテは待ちに待った日なのにどこか物悲しい顔をしていた。結婚に何か問題があるのではない、いつでも傍にいてくれた侍女アルベルタとの別れを心から惜しんでいたのだ。たくさんの感謝、たくさんの想いをアルベルタに告げ、アルベルタもこれまで大切に見守ってきた王女の巣立ちを後押しする。2人の別れに涙はなく、ヴァイオレットも晴れやかな思いで結婚式を見守っていた。

前半は恋を患ったからこそのシャルロッテの葛藤が、中盤は純真無垢な恋のやりとりが、後半は長年連れ添った相手との別れが描かれている。1話を通して息つく間もなく、強くて純粋な思いが押し寄せてくる構成には、ただただ見入るしかできない吸引力がある。
第4話でもヴァイオレットと同じくC.H郵便社で自動手記人形をしているアイリスを主人公に恋愛模様が描かれていたが、それとは全くニュアンスの異なる作りになっていたことも惹き付けられる要因かもしれない。第4話はほろ苦く、第5話はとにかく優美で等身大の思いが込められていたようだ。
最後のシャルロッテとアルベルタの別れは、物語を幸せ一色にしたところで、最後に少し切なさを滲ませる。この緩急が非常に上手く、シャルロッテの感謝と寂しさが入り交じった表情は忘れられないだろう。小さな王女の胸の内に秘められた思いが全て分かったような瞬間であったからだ。きっと、彼女が不安に思っていたのはダミアンに対してだけでなく、アルベルタとの別れのこともあったのだろう。そこを拾い上げ、しっかり描いたというのがこの話の本当に良いところだと思う。

そしてちょっとした注目ポイントがある。それはほんの一瞬であったがヴァイオレットが笑ったのだ。これは物語が始まって初めてである。最初は敵対心を前面に押し出すような表情しかせず、それがなくなったと思っても能面のような表情だけ。それなのに、ヴァイオレットは笑った。しかも他人の幸せを理由に。ヴァイオレットに表情が宿ったことだけでなく、他人の喜びを実感できるようになったということである。少しずつ、着実にヴァイオレットは優しくなっていっていると確信できる瞬間だった。

第10話

この話は母と子の愛を描いた話だ。
「家族愛」なんて言葉では済ませられないほどに満たされた愛を知れる。母の子を思う愛、子の母を思う愛、そして全ての事情を知った上で見届けるヴァイオレット、3人の思いがひしひしと伝わってきて、思わず涙がこぼれそうになる。

物語はヴァイオレットが1つの家を訪ねところから始まる。
その家には1人の可愛らしい女の子と、その母が住んでいた。1人娘のアンは母が大好きで、片時だって離れたくなかった。けれども病に伏せている母の元には連日多くの客人が押し寄せ、おままごとをすることも、本を読むこともできない。それに対して少なからずの不満を抱いていた。
そこにやってきたヴァイオレット。彼女はアンの母の依頼によってその屋敷に訪れたのだが、アンはヴァイオレットに対して敵対心を露わにする。ヴァイオレットも母を奪う存在だと思ったからだ。アンの母はそんなアンを説き伏せ、アンには内緒で日々手紙を綴っていく。
物語中盤、ますます母との時間を奪われたアンの不満はついに爆発する。誰に宛てているのかも分からない手紙より、自分と少しでも一緒にいてよ、と。せめて手紙を書いている傍に居させて、と。その願いすら叶えてもらえなかったアンは家を飛び出すと、大声で泣きじゃくり「手紙なんて届かなくいい」と絞るような声で訴える。ヴァイオレットは、今にも消えてしまいそうな小さな女の子を抱きしめ、ただ一言、こう伝えた。「届かなくていい手紙なんて、ないのですよ」。
数日後、ヴァイオレットとアンの母は手紙を書き終え、ヴァイオレットは屋敷を去っていく。最後まで詳しい事情は伏せられたままだったものの、別れのときにはアンのヴァイオレットに対する不信感は消えており、笑顔で見送るのだった。そしてC.H郵便社に戻ったヴァイオレットは涙する。手紙の真相に、母が大好きなアンを思って…。
2人が書いていた手紙は、今後50年、アンの誕生日に毎年届く手紙だった。自分の死期を悟り、大事な1人娘を本当に1人にさせてしまうという現実に直面した母の、最大限できることがこの方法だったのだ。1人でも寂しくないよう、お母さんはちゃんといつも傍にいる、見守っているよと伝えるために。アンは、今後も母の愛情を一心に受けて成長していく。毎年届く、手紙と共に。

あらすじを読んだだけでも、この話がどれだけ愛に満ちているのか分かると思う。自分が亡き後も娘に愛情を伝えるなんて、一体誰ができるだろう。しかも50年も。自分の命が残り少ないというときに、自分のことなど考えもせず、ただひたすらに今後の娘のために余命を使った。毎年毎年、違った文面を考えるのも並大抵のことではないはずだ。けれども、本当に大切に思っているからこそ、アンの母は成し遂げられたのだろう。この母の愛の偉大さには胸が掴まれる。

途中、アンが不満を爆発させるところもリアリティがあって胸に刺さる。
小さい子が母親に相手をしてもらえずに不満を募らせるのはよくあることだ。だがアンはこれまで我慢してきた。どれだけ大好きな母と一緒の時間を過ごせなくても、母のいいつけを守って良い子にしてきた。でもアンは気付いていたのだ。母にはもう残された時間がごくわずかさということに。この事情を知っても尚、ギリギリのところまで我慢をして、ついには爆発してしまったアンの心境にはどれほど苦しいものだったのだろうか。本当に絞り出すような泣き声はいつまでも耳に残り、あの時のアンの瞳は痛烈な印象を持っていた。
そしてアンの言った「手紙なんて届かなくていい」という言葉に、胸に閉じ込めてきた思いの全てが込められているようだった。だからヴァイオレットも多くを語らず、ただ抱きしめて「届かなくていい手紙なんてない」とだけ返答したのだろう。小さな女の子の胸が張り裂けるような悲痛な叫び、きっと多くの視聴者の涙を誘ったことだろう。

そして最後に、ヴァイオレットが泣いたというのも印象深い。
機械だなんだと言われてきたヴァイオレットが、人のために涙を流した。人の幸福に喜び笑みを見せることはあっても、涙という哀しみまでは見せなかった。それが号泣である。大切な人を失う辛さはヴァイオレットも良く理解している。残された者がどれだけ心細く、辛いかも。だからこそ、残されたアンの痛みに強く共感し、反応したのだろう。
ヴァイオレットの心がここまで解放されたということが見てとれる印象的なシーンだ。

■なんだか手紙が書きたくなってくる

作を見ていると、ふと手紙が書きたくなってくる。
これまであらすじと合わせて何話かご紹介してきたが、本作は「手紙」を軸に物語が動いていく。兄弟に宛てたもの、愛する人へ宛てたもの、今は亡き人へ宛てたもの、大好きな娘へ宛てたものなど、実に多様な手紙が登場したが、どれも愛に満ちていた。それを見ていると、自分もこんな手紙を書いてみたい、と思ってくるのだから不思議なものである。IT技術が発達した現代にとって、手紙を書いている人はどれくらいいるだろうか。

現在の連絡手段といえばもっぱら電波を介したもので、携帯電話やPC上でメッセージのやりとりが行われる。メールやチャット以外の連絡ツール、例えばSNS上で連絡を取り合うことも当たり前のご時世だ。

確かにメールは楽だ。気軽に返事が送れるし、時間もさほど気にしなくて良い。送信すれば一瞬で相手の元にメッセージが届き、まるで本当に会話をしているかのような感覚でやりとりをすることも可能だ。写真や動画などのデータのやりとりも可能なため、話により臨場感を持たせることができるのも大きなメリットだろう。
対して手紙はどうか。書くのは時間を必要とするし、完成したからといってすぐ送れるわけでもない。ポストに投函、あるいは郵便局にだしても相手に届くのは早くて翌日。メールと一緒で写真を送ることはできるが、あらかじめ手元に現像したものを用意しておかなければならないし、数十枚単位となると切手代も増えることになる。メールと違って本当にいつ届くかは相手の匙加減によるところが大きいので、待つ方も気長でないと適さないだろう。

それでも手紙という文化が生きているのは、手紙に確かな魅力があるからに違いない。それはまず文を認めるという醍醐味。手紙を送る相手によって紡ぐ文章は異なってくる。相手を思って言葉を選んでも良いし、自分なりの言葉を詰め込んでもいい。そんなことを思いながら言葉を選ぶだけでも十分に楽しそうだ。そして1つの文章にしたとき、どんな手紙になるかを想像するのも楽しいだろう。世界にたった1つだけの手紙が、そこにできあがるのだから。完成度の高さではなく、純粋に相手を思って文章を認める、という行為が素敵なところだと思う。

次に、届くのを待つ時間が手紙ならではの楽しみである。メールだって勿論待つ時間はあるが、毎日ポストを覗いてまだかまだかと思いを募らせる楽しみは手紙でしか味わえないだろう。そうして届いた手紙はまるで宝物のように見えるに違いない。手におさまる1つの便箋がとても愛おしく感じられ、「待ちに待った」という感情と一緒に嬉しさがこみあげてくるはずだ。返事が中々届かなったときは自分がポストに投函した手紙に対して、何か気に障ることがあったのかもしれない、相手に何か起こったのかもしれない、何かしらの事故で届いていないのかもしれない、と色々な不安を抱くこともあるだろう。けれども、そんな不安も手紙ならではで、あのじれったい感覚は初恋のような甘酸っぱさに似ている気がする。この情緒的な感じがあるから、手紙がくれる待つ時間は良いのだ。
最後に、やはり相手が懸命に書いてくれた手紙、という感覚を味わえることが大きな醍醐味だと思う。メールだと無機質なものになってしまいがちだが、手書きの文章だと何故か急に温かみを備える。多少不格好な字でも人柄が伝わってくる感じも良い。どんな便箋を使っているかということからも、自分への思いが秘められているようでワクワクする。1つひとつの工程に時間をかけて、自分だけのために宛てられた手紙。言葉やメールでは再現しえない、大きな愛が込められていることだろう。それを実感できるから、手紙は素晴らしいのだ。
今やメールやチャットで素早く、スピーディーに、が求められるのが当たり前だが、ときには昔のように時間の移ろいをゆっくり堪能してゆくのも素敵な過ごし方だろう。

本作ではそんな手紙の魅力に、溢れんばかりの気持ちを乗せている。その思いがかけがえのない、大切な、嘘偽りのないものだから、手紙っていいなとより思わせてくれたのだろう。言葉では言い表せない思い、伝えきれない思いを手紙なら託せる、という点もあるのだろう。いずれにせよ、大切な思いをゆっくりと、確かに届けたい、そう思わせてくれたから、手紙を書きたくなったのかもしれない。
実は世界には文通相手を募るツールもあるようで、実際に会ったこともない人と文通をしている人が割といるらしい。案外手紙の魅力は広く知れ渡っているのかもしれない。

■ヴァイオレットの成長

全13話を通して、ヴァイオレットは驚くほどに成長した。正直、話数を重ねるごとに変化していくヴァイオレットを見ていると、まるで母鳥が子の成長を目の当たりにしたような、そんな心境を抱いたものだ。

これまでからも分かる通り、第1話のときのヴァイオレットは他人に対して敵対心しか抱いていないような表情を見せていた。安らぎとは無縁の、とにかく誰に対しても鉄壁の表情で、話す言葉も元軍人らしく端的で無機質なもの。コミュニケーションとしての会話というより、伝達という意味での会話をしていたように思える。と同時にヴァイオレットが書いた手紙もそのままの通り、無機質で、軍事連絡そのもののような口調、相手の気持ちを汲み取るというのとは程遠い手紙しか書けなかった。
それが次第にヴァイオレットは他人に対して寄り添うような姿勢を見せていく。人間味のある感情は分からずとも、相手の思いに何かしらの気持ちを抱き行動する、ということが見られるようになってくるのだった。そして気付けば笑顔が見られるようになり、相手を思って涙を流すこともできるようになり、自分の中に眠っていた悲しみや寂しさ、そして憎しみなどの感情も露わにできるようになる。最後には「愛してる」の本当の意味を自分自身で見つけ出し、ヴァイオレットはやっと1人の人間として備えるべき大切な感情を身に付けたのであった。

物語の最初では、この機械のような女の子が手紙の代筆なんてできるものか?と思った人も多いだろう。相手の気持ちをしっかり把握して、それを言葉に変換しなければならないなんて、普通の人にだってちょっと難しい。それを感情を持たないヴァイオレットにできるのか、と。
けれどもそんな考えは杞憂だったようだ。色々な人と接して、色々な思いを聞くうちに、ヴァイオレットは学習し、彼女の速度で身に付けてく。そして人間の色々な感情を知り、実感し、共感し、寄り添うように代筆をしていくようになっていった。その成長は物語にとっても大きな変化であっただろうし、ヴァイオレットにとっても重要な要素であっただろう。見ていてどんどん成長していくヴァイオレットに安堵の気持ちを抱いたのは、そういった点からかもしれない。

■さいごに

放送前から期待値が高かった本作。全13話に渡り手紙を通して様々な人との出会いや気持ちとの邂逅、そしてヴァイオレットの成長を描き、終始しっとりとした雰囲気で進んでいく。手紙に込めたそれぞれの愛も、じんわりと心に染み渡る。その完成された世界観に魅せられた者も多かったのではないだろうか。

物語に大きな展開はない。けれども確かな面白さと、不思議と誘引される魅力が備わっている本作を観て欲しい。最初に作画の圧倒的完成度に驚き、次点で静かで溢れでる愛に心を奪われる、そして最後にヴァイオレットの成長に気付き、視聴後はただ静かな満足感が得られるはずだ。特に落ち着いた物語が好みの人にはお勧めできる作品である。

※本記事はコロナウイルス感染症拡大より以前に執筆・掲載された記事です。

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